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■オリジナル作品:「太陽の飛沫」(目次

「太陽の飛沫」 第17回

11 マリーの館

 峻介の帰国当日、どうしても出席を拒む優子を家に残し、英二は昼頃エルビーラの運転する車でレンヌ邸へと向かった。墨西哥からの飛行機到着は昼過ぎで、峻介は飛行場から直接レンヌ邸へ来ることになっていた。

 マリー・レンヌの屋敷は、ラーチモントの入江やヨットクラブからほど近い小高い丘の上に在った。車を降りると、英二は出迎えた執事に自分の名を告げて屋敷の中に入った。玄関ロビーの先にある応接間には、既に客が大勢集まっていた。しかし、英二の顔見知りは一人もいないようだった。マリーの姿を探したがそれも見つからなかったので、英二は海でも見ようと、執事に断って一旦表に出、建物の横手にある幅広の石段を二階の露台へと上がった。

 露台は一方が海に向かって開き、残りの三方は壁や窓に囲まれていた。英二は、石の手摺に凭れて海を眺めた。澄んだ空気が遠くの島影をくっきりと浮かび上がらせ、海峡に秋の到来が近いことを告げていた。英二は海の景色をぼんやりと眺めながら、この夏の出来事をひとつひとつ思い返した。

 ……父親峻介から南米出発前にマリー・レンヌとの再婚を打明けられたのが事の始まりだった。既に二ヶ月も前のことだ。妹優子は英二から話を聴くと即座に日本へ帰りたいと言った。叔母良子とのプラザ・ホテルでの再会と、母親直子から優子への手紙。その手紙で、英二は母親がずっと以前から子供たちの帰国を峻介に求めていたことを知った。
 マリーとの離婚の理由を知るために前夫カルロス・ベルニーニ氏を訪ね、英二は逆に自分の生き方を質された。もっともそれに気づいたのは、後日ベルニーニの娘ソフィアと話したときのことだ。ソフィアは、将来何をしたいのか、それこそ英二がこれから考えるべき大切なことだと忠告してくれた。
 心臓発作から生還したエメリー女史を祝うロレンス家でのパーティー。そこで英二は、エメリーから、敬虔さに基づく自立の精神を教えられた。
 そして母親から届いた英二宛の手紙。その手紙に書かれた「いづれ紐育へお店を出したいと思っているけれど、この調子だと随分と先のことになってしまうかもしれません」という箇所と、ベルニーニ氏やエメリー女史の言葉、そして本で知った岡倉天心のことなどが呼応して、英二の今の決心、母親の紐育出店を自らの手で実現させよう、という決心が生まれたのだった。……

 英二はふと、なんの脈絡もなく、父親の書斎で読んだアステカの翼を持つ蛇・ケツアコアトル神のことを思い出した。フェルナンド・コルテスがアステカに姿を現したとき、モンテスマ王はコルテスをケツアコアトルの再来と信じたという。勿論コルテスは本物の神ではない。とすると、本物のケツアコアトル神は一体どうしたというのだろう?

 気がつくと、マリーがシャンパン・グラスを手に露台への石段を上がって来た。髪をアップに整え、両肩を露出した白のパーティードレスを着ている。グラスを持つのと反対の手でドレスの裾を摘み、マリーはゆっくりと石段を上がってくる。

「こんなところに居たのね。執事があなたらしい子を見かけたと教えてくれたので探しに来たのよ」マリーは英二の隣に立ち、シャンパン・グラスを手摺の上へ置いた。
「予定通り盛大なパーティーになりましたね」英二がいった。
「秋の結婚披露宴にはもっと大勢招待するつもりよ」
「紐育中の金持ちを招待するつもりですか」
「招待を受けて嫌がる人はいないものよ。そうそう、今日の日本人の招待客についてはあのリストのままだけれど、あとで文句が来てもそれは貴方のせいよ」
「それでかまいませんよ」
「ところで、貴方の探偵ごっこはどうなったのかしら?」マリーの声が皮肉さを帯びたものに変わった。
「何のことですか」
「カルロスの所を訪ねたそうね。彼から聞いたわ」
「ええ、行きましたよ。いろいろと為になりました」
「何が?」
「それにしても此処からの景色は悪くないですね」英二はマリーの問には答えず話題を変えていった。

 入江には、色とりどりの帆のヨットが浮かんでいた。左手の岬の先端に、先日妹と立ち寄った遠見所が見える。眼下にはラーチモント・ヨットクラブがあった。木立の中にクラブハウスが見え隠れしている。
「あの手に負えない娘の面倒を見ることを約束するのなら、此処に住まわしてあげても良いわ」マリーはグラスを手に取り、シャンパン越しに海を眺めながら言った。
「住むところくらい自分で探しますよ」
「遠慮することはないわ。そういえば、あの生意気な妹は今日どうしたの、何故此処へ連れて来なかったの?」
「妹はあなたの所へは来ませんよ」
「まあ呆れた。私達が結婚したら勝手な真似は許しませんからね」マリーの声が刺のあるものに変わった。
「僕は母がマンハッタンへ店を出すのを手伝います」英二は思い切って自分の決心を口にした。
「なんですって?」
 英二は、母親が来年のファッション・ショーをきっかけにしてマンハッタンに店を出したいと手紙に書いてきたこと、母親の紐育出店を実現させることこそ自分のやるべき仕事ではないかと思うようになったことを、マリーに説明した。
「日本人の作った服が、この国で受け入れられると思っているの?」マリーの声がふたたび皮肉さを帯びたものに戻った。
「あなたに母のデザインが分るとは思わない」
「まあ、威勢のよいこと」マリーはグラスを手摺の上に戻すとおどけた様に両の手のひらを上に挙げた。ふたたびグラスを手にすると、マリーは「ところで、峻介は今度の旅行でまたがらくたを買い集めてくるのでしょうね」と嘲るような口調でいった。
「がらくた?」
「そうよ、あんなもの。この間七番街の店の帳簿を見たけれど、まったく商売になっていないじゃない」
「父からそんな話は聞いていません」
「まあそれはどうでもいいけれど。あなたは所詮彼の子供だから、母親を手伝うといったって何が出来るか疑問だわね」
「どういう意味ですか?」英二はマリーの言葉に怒りを覚えていった。
「どうもこうもないわ。峻介の息子、しかもまだ大学へ行く歳にもなっていない子供が母親の仕事を手伝うなんて、せいぜい荷物運びぐらいが関の山でしょうに。いいわよ、いつでもお母さんの服を見てあげるわ。でも日本人が紐育にお店を出すなんていくらなんでも無理な相談ね」マリーはそう言うとシャンパンを飲み干した。
「それは作品次第でしょう。僕は何でもするつもりです。店を出すための勉強は今からでも決して遅くないと思います」英二はできる限り感情を抑えて答えた。
「そう、だったらよく勉強なさい。でもあなたが考えているほど世の中が甘くないことはすぐに分かるわ。峻介が今日戻ってきたら、息子が考えていることを話すことにする。儲からない骨董店といい洋服店といい、イシザキというのはよっぽど非現実的なことが好きな家系なのかしらね」マリーはそう言い放つと、高笑いしながら石段を下りていった。<続く>
「太陽の飛沫」 第17回(2013年01月20日公開) |目次コメント(0)

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