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■オリジナル作品:「蔦の館」(目次

「蔦の館」 最終回

第九章

 翌日、レスリーと孝二郎は飛行機で長崎から一旦東京へ戻った。その日の午後、孝二郎は妹の佐和子と宗方礼子をオフィスに呼んで事情を説明した。驚きと安堵で興奮している二人を東京に残し、次の日、孝二郎とレスリーは空路サンフランシスへ向かった。

 サンフランシスコへ着くと、入国ロビーの柵の向こうに写真で見た栗色の髪の娘が、父親と思しき白髪の男性と並んで立っていた。ナイルとモーガン氏に違いなかった。レスリーの側に娘が駆け寄った。
「お母様御免なさい!」ナイルは母親を抱き締めた。
 孝二郎は、ビル・モーガン氏と思しき男性に歩み寄り、レスリーを無事に連れ戻ったことを改めて告げた。男性は感謝に耐えないという表情で孝二郎と握手を交わした。レスリーと抱き合ったままのナイルに声をかけると、ナイルは照れくさそうに向き直り、孝二郎の手を握った。

 空港で車を借り、孝二郎はモーガン氏の運転する車のあとを、郊外のロスアルトス・ヒルズにあるモーガン邸へと向かった。インターステイト・ハイウエイを南下して、ページ・ミルの出口で下りる。車はやがて、ロスアルトス・ヒルズの閑静な住宅街へ入った。まもなく二台の車は、杉木立に囲まれたモダンなモーガン邸に到着した。

 一同はモーガン邸の客間のソファーに落ち着いた。明るいカリフォルニアの陽が窓から差込んでいる。モーガン氏が飲み物を作り、皆にグラスを手渡した。ナイルとモーガン氏は、事件のあらましを次の様に語った。長崎からの国際電話の内容と概ね同じだったが、金融詐欺グループの実態など、新しい内容も含まれているのでここに整理しておこう。

 ……カリフォルニアの隣、ネバダ州のリノに拠点を置く「アルカディア」と名乗る金融詐欺グループは、違法に入手した銀行の顧客リストから、投資家のビル・タウンゼント・モーガン氏のことを知った。ビル・モーガン氏は、そのグループ・リーダーの内縁の妻タミー・モースの前夫だった。タミーは、別れる時モーガン氏から多額の慰謝料を受け取っていた。またタミーには、ビルと別れてからすぐ別の男との間に出来た二十五歳になる息子があった。

 グループ一味は、モーガン氏の経営する投資会社にかなりの資産が眠っていること、後妻レスリーとの間に出来た一人娘が今海外に留学していて、ロスアルトス・ヒルズの家にはモーガン夫妻二人しかいないことなどを調べ上げた。そして、この偶然を上手く利用すべく計画を練った。

 一味はまず、言葉巧みにモーガン氏を誘導し、アルカディアが募集する戦略投資ファンドに投資させた。投資ファンドといっても、リストに名を連ねるのは実体のない企業や架空名義ばかりだった。投資家のモーガン氏がファンドの利潤の高さに目が眩んで調査をおろそかにしたのは、まったくの手落ちである。暫く経ったところで、ファンドの元本割れが起きる。モーガン氏があわてて資金を引き揚げようとすると、一味はタミーの息子を、二十五年前、別れる前に二人の間に出来た子供と偽って氏を脅迫した。ビルはその脅しに乗ってしまった。一味はモーガン氏から追加投資を引き出すことに成功した。それでも勇気を出して氏が警察に届けようとすると、今度は妻のレスリーを誘惑すると脅した。

 モーガン氏が娘ナイルに相談したとき、アルカディア一味は油断しており、ナイルの素早い行動を見抜けなかった。彼らが気付いたときには、ビルの妻レスリーはすでに国外へ発った後だった。

 カリフォルニアへ戻ったナイルは、父親と相談しながら、恩師が紹介してくれた地域金融に詳しい人物の手を借りて「アルカディア」の実態を暴き、事実関係を警察に届けた。警察は別の金融詐欺事件でアルカディア一味を追っていたので、間もなく居場所を突き止め、ビル・タウンゼント・モーガン氏の事件を含む複数の金融詐欺容疑で一味を逮捕したのである。……

「レスリーには心配を掛けた。これからゆっくりと埋め合わせをさせて貰うよ」事件のあらましを述べたあと、モーガン氏が妻に言った。「二人して私を騙したのね」レスリーはまだ疲労と困惑から抜け出せない様子だった。しかしそのあと「でもナイルの無事な姿を見ると、怒りよりも安堵の気持ちが先に立つわ」といって夫にその過ちを許す気持ちを伝えた。

 両親が抱き合う姿を隣に見ながら、ナイルはばつの悪そうな表情を浮かべ、「どうやって私のトリックを見破ったのですか?何故私が長崎に居ないと思ったのですか?」と孝二郎に尋ねた。
「手紙の文面に“ホテルの窓から”とありましたが、長崎の街に、窓から丘の上のグラバー邸が見えるホテルなど存在しなかったのですよ」
「余計な一言を書いたためにトリックを見破られてしまったのですね」ナイルが言った。
「それで長崎にあなたが来ていないと確信し、グラバー邸で団体客を見て……」孝二郎はホテルのレストランでレスリーに話したことをナイルに説明した。
「ところで、どうして誘拐先の地に神戸と長崎を選んだのですか?」今度は孝二郎がナイルに訊ねた。
「神戸は以前行ったことがあったので自分で選びました。長崎は、たまたま空港で見つけた団体客がそこから来たグループだったからです」
「なるほど。ところであなたは長崎へ行ったことはありますか?」
「いいえ、ありませんでした」
「だから一言余計なことを書いてしまったのですね、手紙を本物らしく見せようと」

「何で手紙にナイトクラブの名前を使ったの?」今度はレスリーが娘に訊ねた。
「蔦は英語でアイビーというでしょう、詐欺グループが募集した投資ファンドの名前が『プリンストン・インベストメント・ファンド』といったの。プリンストンから東部の大学のアイビー・リーグを連想し、事件に多少謎めいた色彩を出す必要も感じていたので、以前礼子と行ったことのあるホストクラブの名前を使うことを思いついたの」
「あのトリックにはみな振り回されましたよ」孝二郎が言った。
「でも、神戸のレストランで文哉とお酒を飲んだら、一瞬お芝居をしていることを忘れてしまって」
「文哉くんはなかなかの役者でしたよ。でも居心地が悪かったのか、せっかく神戸まで一緒に来たのに早々に一人で引き揚げてしまった。そのことがかえって私の注意を引きました」
「行方不明と聞いて身を削る思いだったでしょうが、話を聴くとあなたのことを慮って仕組んだことが分かりました。娘さんを許してあげていただけますか?」孝二郎がレスリーにそう尋ねると、レスリーは席を移りナイルを抱きしめながら幾度も頷いた。

「娘が計画した事とはいえ、この度のことはもともと全て私の責任です。大変ご迷惑をお掛けしました。妻をここまで無事に導いていただいて感謝の言葉もありません」モーガン氏が改めて孝二郎に礼を言った。「会社の方ですが、アルカディアにつぎ込んだ金は戻りませんが、幸い全て失う前に娘に助けて貰いました。お礼は充分させてもらいます。これからは地道な投資活動に戻ろうと思います。そして、儲けよりも社会の為になる投資を優先するつもりです」
「あなたが巻き込まれた事件が解決して本当によかった。ひょんなことでこの私が娘さん探しに駆り出されましたが、何もなくて本当に良かった。いいえ、お礼などいりませんよ。必要経費はこれまで奥さまに全て出していただいています」
モーガン氏は、遠慮には及ばないという風に首を横に振ると、となりに戻ったレスリーの手を取って「ところで、これからどうするお積りですか?」と孝二郎に尋ねた。
「せっかくサンフランシスコへ来たのですから暫くゆっくりしていきますよ。去年まで住んでいたパロ・アルトはここからすぐ近くですし」孝二郎はそう答えると、モーガン夫妻に向かって微笑みながら、「それにしても頭の回転が速い娘さんを持って、お二人は幸せですね」と言った。<完>
「蔦の館」 最終回(2011年12月24日公開) |目次コメント(0)

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