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■オリジナル作品:「蔦の館」(目次

「蔦の館」 第14回

第八章

 その夜、孝二郎とレスリーは、時間を見計らって、ホテルの部屋からモーガン邸へ電話を入れた。数回の呼び出し音の後、電話口に出たのは、なんとナイル本人だった。

「お母様御免なさい。長く騙しているつもりはなかったのよ!」ナイルの消え入りそうな声がスピーカー・フォンから聴こえた。ナイルに続いて男性の声がした。レスリーの夫、ビル・モーガン氏だ。ナイルの声を聴いて孝二郎の横に座ったレスリーの喜びようは尋常ではなった。孝二郎は自己紹介の後、これからレスリーとふたりでサンフランシスコへ向かうことを告げ、可能ならば今この電話である程度事情を説明して欲しいと言った。

「一ヶ月ほど前、父親から手紙が来て、仕事上のトラブルに巻き込まれた、警察へ届ければレスリーを誘拐すると脅されている、どうしたら良いか、という相談がありました」ナイルが神妙に話し始めた。
「佐和子さんが目にした手紙ですね」孝二郎が訊ねた。
「そうです。でもあのときは内容を話せなかった」
「私は個人の小さな投資会社を経営しています」モーガン氏が話を継いだ。
「私はこれまで長年、インデックス・ファンドなどを中心に、安全第一の方針で資金を手堅く運用してきました。一年ほど前、今から思うと魔が差したとしか思えませんが、ふとしたことで知った戦略的投資ファンドに金をつぎ込みました。私が投資していたそれまでのファンドは、安全ではありましたが大きな利益を生みませんでした。慢心していた私は、これまでの安全第一主義を捨て、ここらで大きく稼ごうと考えたのです。その為に、投資先を、多少リスクがあってもリターンの大きい戦略ファンドに振り向けることにしたのです」モーガン氏の言葉が一旦途切れ、小さな溜息が聴こえた。
「続けてください」孝二郎が先を促した。レスリーは驚きの表情で夫の話に聴き入っている。

「そのファンドは初めのうちこそ順調だったのですが、半年たったころから損が広がり、元本も目減りし始めました。二ヶ月ほど前、いよいよ見切りをつけて手を引こうとすると、幹事会社を名乗る若い男が私に連絡してきました。男は私を脅し、ファンドの解約を拒んだばかりか、さらに投資額を積み増すように指示してきたのです」
「断ればよかったのでは?」孝二郎が話を遮った。
「断れない理由を付けてきたのです。レスリーとは二度目の結婚なのですが、脅しの電話を掛けてきたのは、二十五年ほど前に別れた前妻の息子と名乗る男でした。男は母親、つまり私の前妻と一緒に暮らしているといいました」ビル・モーガン氏が言った。
「どうしてそれを奥様に話さなかったのですか?」孝二郎が訊ねた。
「電話の男は、あたかも私がその男の父親であるような話を仄めかしたのです。そんな話を妻にしたらどれほど驚くか。男が私の息子である可能性はゼロではありませんでした。情けないことに私はすっかり気が動転してしまい、お金の事で心配を掛けたくなかった気持ちと相まって、男の話を妻に打ち明けることができませんでした。結局、私は彼らの要求に応じました。しばらく経ち、意を決して警察へ届けようとすると、相手は、警察へ届ければレスリーを誘拐すると脅してきたのです。私は驚愕しました。どうして良いか分らず、一月ほど前、思い余って日本にいる娘に相談したというわけです」

「結局その男は父の子供でもなんでもありませんでした。悪質なファンド・グループが父の弱みに付け込んで、そういう芝居を打ったのです」ナイルが話を引き取って続けた。
「私は父から手紙を受け取ると、すぐ助けに戻ると父に返事をしておいてから、一所懸命にシナリオを考えました。そして母を誘拐から守るためには、どこか遠いところ、たとえば日本へ呼び寄せてしまうのが一番安全だと思いました。相手も日本までは追ってこないだろうと考えたからです。
 私自身は、父を助ける為にアメリカへ戻ることにしました。それで、内緒で大学の友人の文哉に相談しました。その結果、母親に脅迫の事実を知らせることなく直ちに日本へ来させる為には、私が行方不明になったことにするのが手っ取り早いという結論になりました。今から考えれば浅知恵ですが」
「なぜ親友の礼子さんに事情を打ち明けなかったのですか?」孝二郎が訊ねた。
「父の手紙には、まだ母に打ち明ける決心が着かないとありました。母親の世話を頼めるのは親友の礼子しかいません。父が母に全てを打ち明ける決心がついていない以上、私も同じように礼子にそのことを隠すほかないと考えました」
「それであのようなトリックを思い付いたのですね。しかし、お母様や礼子さんの気持ちを考えるとまったく浅はかなことでしたね」と孝二郎が言った。
「あのときはそうするしかないと思い込んでしまい、母や礼子の気持ちにまで頭が回りませんでした。文哉が、事件が解決するまで、礼子と一緒に母親の面倒を見てくれると約束してくれたので、それほど長い間ではないからと自分を納得させて、計画にのめり込んでしまいました。
 でも、私が元気にしていることだけは母に知らせようと思い、礼子宛に日本の何処かから無事を知らせる手紙を出すことにして、差出人はサンフランシスコの飛行場で団体客を見つけることにしました。飛行場にはそれと分る団体客が大勢居るのを知っていましたし、日本の人は親切だから、あまり詮索もせず、私の代わりに手紙を投函してくれるだろうと思ったのです。

 私は一方で、大学図書館の電子メールを使って、恩師の教授に父親の事件のことを相談しました。教授から力になってくれるという返事が来たので、あの日、計画を実行に移すことにしました。文哉と二人で神戸へ行ってアリバイを作り、私はそのまま大阪から飛行機でアメリカへ戻りました。初めの手紙は文哉が神戸から投函してくれました。

 サンフランシスコの飛行場から父に電話で計画を説明すると、最初は驚いていましたが、母親を守る為、という私の説得に応じてくれました。それで、私の手紙が礼子の手元に届き、礼子からアメリカへ電話があったとき、父は、自分は行けないからと言って母を日本へ送り出したのです」
「今から思うと、妻に何もかも話してから飛行機に乗せるべきでした。しかし一味の手が迫っている中、話したらかえって私のことを心配するあまり、此処を離れてくれないのではと思い、娘の説得に応じた次第です。愚かな事でした」モーガン氏が付け加えた。

 ナイルが先を続けた。「母が日本へ発って間もなく、文哉から、綾木孝二郎という人が、行方不明になった私の捜査に乗り出したことを知らされました。母親が日本で私立探偵を頼むなんて計算違いだったけれど、シナリオを変える余裕も無かったので、そのまま計画を続けました。やっと警察の協力でこちらのトラブルが解決したので、父と一緒に礼子のところへ説明の電話を入れようと思っていた矢先、こうしてお電話を戴いたので、いま全てをお話しました」

 そのあと、レスリーと家族とのやり取りはしばらく続いた。孝二郎は頃合を見計らい、あとはサンフランシスコへ着いてからということにして、長い国際電話を切った。<続く>
「蔦の館」 第14回(2011年06月17日公開) |目次コメント(0)

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