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■オリジナル作品:「蔦の館」(目次

「蔦の館」 第13回

第七章

 翌日の昼過ぎ、孝二郎とレスリーは長崎空港に着いた。二人はタクシーで市内へ入り、オランダ坂近くにあるホテルにチェックインした。今回は神戸の時と違って何の目撃情報もないので、二人はナイルの手紙の文章を頼りに、グラバー邸を始め、大浦天主堂や唐人屋敷通りの店、中華街のレストランなどを回って聞き込みをしたが、その日は何の手掛りも得られないままに終った。

 翌日二人は、長崎の市街地図を手に、平和公園や浦上天主堂の方まで足を伸ばしてみたが、やはり何の手がかりも掴めなかった。次の日、異国の街を連日歩きまわって疲労が頂点に達したレスリーがとうとう体調不良を訴えたので、孝二郎はレスリーをホテルに残し一人で外出した。

 そしてその日午後遅く、ロビーで身体を休めていたレスリーの元へ、孝二郎が戻ってきた。孝二郎は、レスリーをホテルの最上階にある眺めの良いレストランへ誘った。軽い飲み物を注文すると、孝二郎は眼下に広がる長崎湾の景色を眺めながら、
「どうやら娘さんはサンフランシスコに居ますよ」と言ったのである。
「何ですって?」レスリーが驚きの声を上げた。
「娘はサンフランシスコまで連れて行かれたのですか?」
「いえ、彼女が自分の意思で行ったのです」
「どういうこと?」
「兎に角、今すぐサンフランシスコへ戻りましょう。そうすれば全てがわかりますよ。勿論私も御一緒します」孝二郎はそういってレスリーに微笑みかけた。
「今日、グラバー邸の庭で港を見下ろしながら考えを巡らせていたとき、謎が解けたのですよ」驚きのあまり言葉もないレスリーを前に、孝二郎がおもむろに話し始めた。

「今度のことを本当の誘拐事件と考えるには、そもそもおかしな点が多く見受けられました。神戸のホテルでのあまりに都合の良い目撃談、レストランの店員が証言したナイルのちぐはぐな行動、途中で帰ってしまった文也君の腑に落ちない態度などです。そのことは神戸から戻ってすぐに兄や妹には洩らしていたのですが、再び長崎からナイルの手紙が来たとことで、この推理は一旦振り出しに戻ってしまいました。しかし、彼女が本当に長崎にいるかどうか、私は依然半信半疑でした。

 そして長崎へ来てから新たな不審点に気付き、妹から受け取った「蔦の館」の報告と考え併せ、ナイルが長崎に居ないのでは?という私の推察は再び強まりました。そうなんです、東京のホテルで私達が食事をしたあと、妹は礼子さんと一緒に例のホストクラブへ行ったらしいんですよ、無謀にも。その日の夜遅く連絡がありました。そして今日、私の推察が確信に変わったのです。二日間長崎市内を歩き回っても何も掴めなかったのも道理です。そもそも本人がここに来ていないのですから」

 飲み物が運ばれてきた。日が傾いて建物の影が長くなった。数艘の漁船が静かな湾を横切ってゆく。孝二郎はウエイトレスに軽く会釈してから話の先を続けた。

「今日私は再びグラバー邸を訪れ、庭園のベンチ座って、どうしたら、自分の居ない場所から手紙を出すことが出来るかについて考えていました。そのとき、どこかの団体客の一群が、旅行会社の引率員に導かれて私の目の前を通ったのです。先頭を行く女性の引率員が団体の印(しるし)らしき旗を掲げ持っている。それを見たとき、私は思わず『そうだ!』と叫んでしまいました。大きな声でね。あまりに大きな声だったので、団体客の皆さんが驚いていました。勿論すぐに引率の女性に謝りましたよ。

 もし自分のいない場所から手紙を出せたとすると、神戸の時と同じペンや封筒を使っているところから、長崎で投函された手紙は、ナイルが事前に用意した上で誰かに依頼した可能性が高いと推測できます。どこか別のところで長崎の人を探し、その人に長崎に戻ってから手紙を出して貰う。しかも出来るだけ早く。目の前の団体客を見て、私は、そういう都合の良い人と知り合うには、観光客を捜すのが一番早いことに気付いたのです。そのためには、空港やホテルなどに居る団体客を探すのがもっとも確実でしょう。しかも、長崎から来た日本人団体客が出発ロビーにいれば、長崎へ戻ってすぐに手紙を投函して貰える。

 このことに気づいた私は、長崎市内の旅行代理店を片端から回ってみました。そうしたらなんと、最後に訪れた店で、二十人ほどの団体客が、最近サンフランシスコから戻ったばかりだと聞かされました。事情を説明して係りの男性に、団体の代表の方に電話を掛けて聞いてもらったら、なんとその団体客の中に、空港で若い女性から手紙を投函するように頼まれたという年配の女性が見つかったのです。まあ、奇跡ですね。

 ナイルはサンフランシスコにいるのですよ。神戸では本人が手紙を投函したと思しきことから、長崎からの手紙も本人が出したと我々は思い込んでいたのです。だからここ長崎で時を無駄にしてしまいました。彼女はサンフランシスコの空港で、長崎から来た団体旅行客の一人に、『長崎に戻ってから投函して欲しい』とあの手紙を託したのですよ。

 世の常識では、そのようなことを頼まれても、封筒の中になにか怪しいものが入っているのではないかと考えて依頼を断るでしょう。しかし日本人の多くは、人が良いからあまり疑わない。とくに若い女性から、なにか特別な理由付きで頼まれれば、多くの日本人は素直に協力してしまうのではないでしょうか。書かれた文章までは見せなかったでしょうが、もしかしたらナイルは信用して貰うために、相手に封筒の中までは見せたかもしれない。手紙しか入っていないことが確認できるように。

 これでお分かりでしょう。ナイルは長崎には来ていなかったのです。神戸からアメリカへ戻ったのですよ。あとでご主人に電話してみましょう。何かご存知かもしれません」孝二郎はそう言うと、晴れ晴れとした表情でグラスをレスリーに向けて掲げた。<続く>
「蔦の館」 第13回(2011年04月08日公開) |目次コメント(0)

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