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■オリジナル作品:「太陽の飛沫」(目次

「太陽の飛沫」 第13回

7 水泳大会
               
 その週末、ニューロッシェルのYMCAでは、予定通り夏休みの練習成果を競う水泳大会が開かれていた。競技は、自由形、平泳ぎ、背泳の種目別に、短距離百米、長距離二百米の二種類で行われた。英二は自由形短距離予選を勝ち抜き、決勝戦を前にしてプールサイドで身体を休めていた。夏の日はまだ高く、強い日差しが二十五米プールを赫然と照らしている。ほかの予選競技を眺めながら、英二は先日偶然知った、或る日本人のことを想い起こしていた。

 ―――自宅にある英二の部屋は、玄関ロビー正面の螺旋階段を上がり、優子の部屋と峻介の寝室との間にある狭い廊下を突き当たった奥に在る。部屋は広々としているが殺風景で、真中に寝台が一つ、西側の窓下に勉強机と本棚があった。寝台のヘッド・ボードの上、南側の壁中央に、一幅の大きな絵が掛かっている。その絵は大西洋の荒磯を描いた作品で、以前父親がボストン美術館を訪れたときに購入したものだった。

 その日YMCAから帰った英二は、寝台にバッグを投げ出すと椅子に座り、それとなく荒磯の絵を眺めた。力強い筆致で描かれたその絵を暫く眺めているうちに、ふとこの画家について何か手掛かりを掴みたいと思い立ち、英二は父親の書斎へボストン美術館の案内書を取りにいった。部屋へ戻り、椅子に座って案内書のページを捲ると、荒磯のページにたどり着く前に、「岡倉天心」という日本人について書かれた文章が英二の目にとまった。

 岡倉天心は、一九〇四年から死去する一九一三年まで、初めは美術顧問として、一九一〇年以降は美術部長としてボストン美術館に在職し、米国に於ける日本及び東洋美術の普及に努めたという。その間、天心は幾度も日本及び亜細亜大陸と米国間を行き来し、美術品の収集に当たった。日本の作品は平安・鎌倉時代の仏像、仏画を始め、多くの水墨画や屏風絵などがある。天心はまた、「茶の本」などの著作を英文で発表し、米国に於ける東洋文化の啓蒙を図った。案内書には、天心が中心となって集めた美術品の写真と共に、「茶の本」からの引用文が載っていた。

 英二はまず美術品の写真を眺めた。「秋月山水図」と題した墨画がある。蕭然とした月が、岩の迫る山間を照らしている。英二は、その画とよく似た掛軸を大森の家で見た覚えがあった。祖父眞一郎を看取った和室の床の間にその画は掛かっていた。大森での生活を思い出しながら、英二は「茶の本」からの引用文を読んだ。

 「……茶の原理は普通いわれている意味での単なる審美主義ではない。というのは、茶道は、倫理と宗教とともに、人間と自然とについて我々の一切の見解をそこに表現しているからである。茶道は清潔を旨とするがゆえに衛生学であり、複雑で贅沢なもののうちよりは簡素なもののうちに充足があると教えるがゆえに経済学であり、また宇宙空間に対する我々の比例感を定義するがゆえに精神幾何学でもある。茶道は、すべての愛好家を趣味の上で貴族にすることによって東洋民族主義の真髄をあらわしている。……
……東西両大陸がたがいに警句を投げあうことは止めにして、各半球の相互理解によって、よし賢明にならずとも、もっと真剣になろうではないか。われわれ両者は、たがいにことなった線に沿って発展してきたのではあるが、相互に補い合うことが当然ではなかろうか。諸君は進展を遂げたが心の安定をうしなった。われわれは、侵略にたいして無力ではあるが、一つの調和を創造した。諸君は信ずるであろうか、東洋はある点では西洋よりもまさっているということを。……」

 英二は引用文全体読み、日本人である天心が、西洋の友人に対して両半球の相互理解を呼びかけたことを知った。英二は、太平洋の荒磯を描いた画家のことなどすっかり忘れてしまい、「茶の本」からの引用文を繰り返し読んだ。―――

 プールサイドで体を休めている英二の心に去来したのは、この岡倉天心という人物を知ったときの衝撃だった。天心は今からおよそ六十年前に米国に渡り、この国に於ける日本及び東洋美術の普及に努め、東洋と西洋の相互理解を呼びかけたのだ。自分は今同じ米国で何が出来るのだろうか、と英二は自問していた。

 米国は世界の縮図であり強い者だけが勝ち残るというカルロス・ベルニーニ氏の言葉、エメリー・フォスター女史が話して呉れた自分がどう生きるかが大切なのだという信念、ソフィアの言う自分の将来をよく考える必要性、それと岡倉天心が六十年前この国で成した仕事、これらのことが英二の頭のなかで渦巻いていた。しかし歯がゆいことに、それらはまだなかなか一つの考えに纏まらない。……

 百米自由形決勝の笛が鳴った。英二は、自分は米国で何が出来るのだろうか、という問いをしばし脇に置き、他の選手と共にスタート台へ向かった。朝から始められた競技はこの百米自由形決勝と、次の二百米自由形決勝とを以って終幕を迎える。すでに競技を終えた仲間達がプールサイドに集まってきている。

 スタート台に登ると英二は横に並ぶ選手たちを見渡した。予選の成績が三位だったので、自分のコースは中央より一つ左のレーンだ。予選成績第一位で通過した中央のマシュー・ローガンと、その右レーンにいる二位のジョン・スポンティーニは、共に手強い相手だった。自分が出来る息継ぎは右側からなので、この位置では最後の二十五米の間、マシューやジョンとの距離を確認することが出来ない。だから勝つ為にはできるだけ前半から先行しなければならない。

 見上げると、夥しい太陽の光が英二の瞳を射た。英二は、先日ニューロッシェルの市営プールでのことを思い出した。あの日、暑さに耐えかねてプールに飛び込んだとき、太陽の飛沫に包まれたような不思議な感覚を味わった。その感覚を思いだしたとき、英二は太陽の光の中に一瞬、あの翼を持つ蛇・ケツアコアトル神の姿を見たように思った。

 プールサイドの声援が一段と高まった。前屈姿勢を取って三つ数えるとピストルが鳴った。思い切りプールに飛び込む。次の瞬間、英二の身体は水中の深い沈黙に包まれた。自分の心臓の音が、内耳に大きく響く。

 水を蹴って水面に浮上すると、四回目のストロークでようやくスピードに乗った。五回目の右ストロークで、息継ぎの為に水面に顔を半分出す。まだ英二は右側の二人に遅れを取っていない。

 腕と足で水を後ろに押しやる。ストロークを重ね、二十五米の折り返し時点で、僅かながら右側の二人に先行を許したことが分った。

 五十米ターンの段階で、英二は中央のマシューから身体半分離された。その向こう側、ジョンの身体もすこし先方にある。充分にスピードに乗れないことをもどかしく感じながら、力の限り腕と足で水を後ろに押しやる。

 七十五米の折り返しでは、マシューからは身体ひとつ離されたけれど、ジョンとはほぼ並んだ。

 重たい水の塊を後ろへ後ろへと押しやっていく。息が苦しくなり、腕と足の筋肉が悲鳴を上げ始めた。ストロークに乱れが生じて体が少し横に流れる。体の向きを調製してもとへ戻す。やがてプールの底に見える横線を過ぎた。英二は最後の十米を息継ぎせずに夢中で泳ぎ切った。

 ゴールにタッチして顔を上げる。すでにマシュー・ローガンの姿が右にあった。次の瞬間、ジョン・スポンティーニが派手な水飛沫を上げてゴールした。そのことで、英二は自分がマシューに続き二位に入ったことが分った。予想以上の健闘だ。全力で泳いだあとの爽快感に包まれ、幾度か肩で大きく息を吐いた。英二はそのときはじめてプールサイドの歓声に気付いた。中央レーンへ移動してマシュー、ジョンと握手を交わす。そのあいだにも選手が次々とゴールしてくる。自分のレーンへ戻ると、英二は満足して、再び輝く太陽を見上げた。<続く>
「太陽の飛沫」 第13回(2011年03月11日公開) |目次コメント(0)

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