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■オリジナル作品:「蔦の館」(目次

「蔦の館」 第9回

第四章

 翌朝、レスリーと文哉、孝二郎の三人は、予定通り新幹線で神戸へ向かった。新神戸駅へ着くと、三人はさっそくタクシーで、北野異人館街近くにある目的のホテルへと向かった。

 ホテルの建物は近代的な造りでロビーも広々としていた。孝二郎が受付で来訪の趣旨を告げると、年配の支配人が「お待ちしておりました」といって三人をロビーのソファーへ案内した。孝二郎たちが支配人と一緒にソファーに座ると、昨日電話で応答した担当者と思しい若い男性が小走りにカウンターの奥から出てきて三人に挨拶し、支配人の隣に腰を下ろした。

 レスリーがさっそくナイルの顔写真を見せる。「確かにこの女性です」とその若い担当者が答えた。「二人連れのお客様のうち、この女性の方がチェック・インの手続きをなさいました。後ろに居た男性は野球帽を被り、ぶ厚いジャンパーの襟を立てていたのでお顔はよく見えませんでした。手続きをしている最中、その男性が女性の背中を突いて脅かしているように見えたので、大丈夫ですかと女性にお尋ねしたところ、笑顔で『大丈夫です』と仰ったので、そのまま手続きを進めました。上手な日本語のご返事だったことが特に印象に残っていて、それで昨日電話を戴いた際すぐに思い出したのです」
「その後一度、お二人が廊下で争っているところを別の従業員が目撃しています」支配人が、担当者の話を引き取って云った。「そして、お客様の部屋にこれが落ちていたそうです」支配人は、ポケットからマッチ箱を出して三人に示した。「ベッドの下に落ちていたそうで、清掃の女性が取っておいたのです。廊下で争っているお二人を見かけたのもその清掃員です」
 支配人が三人に見せたのは、あの「蔦の館」と書かれた濃紺のマッチだった。
「やはり娘は此処まで男に連れて来られたのですね!」レスリーが震える声で言った。
 孝二郎は、礼子から預かっているマッチ箱を鞄から取り出して、支配人が示したそれと比べ、二つが同一の物であることを確認した。
「これでクラブとの関連が濃厚になりましたね。恐らくナイルが手掛かりとして部屋に残したのでしょう。お手数ですが、その清掃の女性に会わせていただけますか?」孝二郎が支配人に聞いた。
「今日は生憎非番で休んでいます。明日は朝六時に出勤する予定です」
「それでは今晩此処に泊まらせていただけるでしょうか?」
「部屋はご用意出来ますのでどうぞお泊りください」支配人が答えた。
「有難う御座います。一仕事終えたあと戻ってチェックインすればいいですね。それと、差し支えなければナイルが記入した宿泊カードを見せて貰えますか?」
「警察以外の方に宿泊カードをお見せするわけには……」支配人が答えた。
「二人はその日何時ごろホテルへ着いたのですか?」孝二郎は担当の男性に訊いた。
「夕方の六時ごろだったと思います」
「その日の夜、二人が部屋から出た可能性はありますか?」
「お二人が出かけるところを目撃した従業員はいないようです」支配人が答えた。「ホテルからの出入りはすべて受付の前を通ることになっています。しかし、担当者が何かの用で受付から一寸離れる場合がありますから、その隙に、お二人が外へ出られた可能性はあります」
「記録によると、お二人は部屋で食事をお取りになっていません」担当の男性がいった。
「宿泊はその日一晩だけですか?」
「はい、翌朝早くチェックアウトされました」
「二人がここから何処へ向かったか分りますか?」
「特にお伺いしませんでした」担当の男性が答えた。
「廊下で争っている二人を従業員の方が見たのはいつのことでしょうか?」
「チェックアウトされた日の朝のことです。その従業員は朝から昼過ぎまでの勤務ですから」支配人が答えた。

 質問を終え、職場に戻る支配人と受付担当者に礼を言うと、孝二郎は横にいるレスリーに、「ナイルの足取りが少し見えてきましたね」と言った。
レスリーは少し落ち着きを取り戻したようだった。「娘は私たちが此処へ来ることを予期していたのでしょう。だから部屋にマッチを残していったに違いありません」

 そのあと孝二郎たちは、マッチが出てきた事実と、受付の男性の証言をもとに、兵庫県警察本部へ行って行方不明者の届出をした。県警本部の担当刑事は捜査を約束したが、届出の内容が雲を掴むような話なので戸惑っている様子だった。孝二郎は担当刑事に、あとでホテルにきて一緒に宿泊カードを見て欲しいと頼んだ。

 警察署を出ると、文哉は東京での用事を思い出したとのことで、二人と別れて新幹線の駅へ向かった。孝二郎とレスリーは、管轄の郵便局へ行って、ナイルから礼子に宛てた手紙の消印を調べた。そして例の手紙が、確かにここの郵便管轄から出されていることを確認した。

 孝二郎とレスリーはいったんホテルへ戻った。ホテルでは、先程の若い担当者が、二人の為に廊下を挟んで向かい合わせの部屋を用意してくれた。チェック・インを済ませてから、孝二郎は、レスリーと連れ立って近くの異人館方面へ行ってみることにした。ナイル達がホテルの部屋で食事を取っていないとすると、やはりその晩、受付が不在の隙に二人で外出した可能性が高い。ホテルの担当者の話では、食事をしに外出するとすれば、やはり異人館方面へ行くだろうとのことだった。そのとき担当刑事がホテルに顔を見せた。孝二郎は支配人に宿泊カードを刑事に見せて欲しいと依頼した。
 ロビーにいる刑事と孝二郎たちのところへ支配人が宿泊カードを持ってきた。見ると、氏名欄には「ナイル・モーガン」とあり、住所欄には、東京のアパートの住所が記されていた。男性の氏名欄には「タケシ・ヤマベ」と記されていた。孝二郎は、タケシ・ヤマベという名前にどこか聞き覚えがあるように思ったけれど思い出せなかった。
「男から脅迫されているというのに、なぜナイルは宿泊名簿に本名や住所を書くことが出来たのでしょう?」孝二郎が言った。
「もし脅迫があったとしての話ですけど、脅迫していた男は、名前なんかどうでも良かったのではないですか」刑事が答えた。「どうせホテルには一日しか泊まらないのだし、パスポートの提示を求められた際などに、名前や住所は本物のほうが怪しまれませんからね」<続く>
「蔦の館」 第9回(2010年04月23日公開) |目次コメント(0)

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