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■オリジナル作品:「太陽の飛沫」(目次

「太陽の飛沫」 第8回

3 サウス・ハンプトン

 二日後英二は、ロングアイランドの北、サウス・ハンプトンにあるマリーの前夫カルロス・ベルニーニ氏の別荘を訪ねた。その前日、英二はマンハッタン東六十五丁目にあるベルニーニ氏のアパートを訪問し、守衛から、ベルニーニ氏は夏の間サウス・ハンプトンの別荘にいると聞かされたのである。どうしても会いたいと無理をいって守衛から別荘への行き方を教わり、翌日朝早く、英二はラーチモントを出たのだった。マンハッタンで車を雇ってサウス・ハンプトンへ向かう。

 車に乗っている間、英二は優子へ宛てた母親の手紙のことを考えていた。そもそも峻介と直子が離婚した原因に就いて、英二はこれまで詳しいことを誰からも聞かされていない。一体峻介は何故、子供を人質に取ってまで直子及び飯倉家と敵対するのだろう。九月に母親が紐育へ来たら、今度こそ何もかも訊き出そうと英二は思った。

 車がサウス・ハンプトンに着いたのは昼を少し廻った時刻だった。街中をしばらく行くと、やがてベルニーニ氏の別荘が見えてきた。静かな入江に面したニュー・イングランド風の建物で、奥に見える桟橋には小型のクルーザーが舫われていた。海に向かって傾斜した敷地は草に覆はれ、門から玄関まで続く曲がりくねった小道には、白い小石が敷き詰められている。

 玄関に姿を見せた執事に、ベルニーニ氏と会いたい旨を告げると、次に現れたのはブルネットの髪を短く切った二十歳前後の女性だった。水色のブラウスに白いスラックス、素足にサンダル履きという飾らない格好だが、褐色の瞳と明るい笑顔が人を引き付ける。英二が名を名乗ると、自分はカルロス・ベルニーニの娘ソフィアと云い、夏休み期間中父親の別荘に遊びに来ていると言った。英二が改めてカルロス・ベルニーニ氏と会いたい旨を述べると、生憎父親はいま留守だがすぐに戻ると思う、とソフィアが答えた。
「それで、父にどのようなご用件でしょうか?」ソフィアが続けて尋ねた。
「お父様に直接お聞きしたいことなので、差し支えなければ此処で待たせて下さい」
 英二がそう答えると、ソフィアは気を悪くした様子も無く、
「それではどうぞ中でお待ち下さい」と言って英二を家の中に招じ入れた。

 ソフィアは居間のソファーに英二を座らせると、執事に紅茶を運ばせた。居間は広々として、オレンジを主体とした壁の色と、ソファーや肘掛椅子などの家具が落ち着いた調和を醸している。窓からは、澄みやかな入江の景色が眺められた。
 紅茶を飲みながらソフィアは、自分はミラノの大学へ通っているがミラノに比べてサウスハンプトンの夏はとても過ごしやすい、去年の夏はマンハッタンへよく通ったけれど今年は此処で庭仕事をしたり、北のモントーク・ポイントまで遊びに行ったりして過ごしている、などと語った。
「ラーチモントは多分ミラノよりも暑いと思いますよ」
 英二は冗談めかしてそう言ったあと、テーブル上に地図を描いてラーチモントの位置をソフィアに教えた。
「ラーチモントには御家族で?」
「父と妹の三人で暮らしています。母は日本で服飾デザイナーをやっています」
「私もミラノの大学で服飾デザインを専攻しているのよ!」ソフィアが喜んで云った。
「来年の二月、母が紐育でファッション・ショーを開く予定なんです」
「是非拝見したいわ。私もいずれ紐育で服飾デザインを勉強したいと思っているの。何時、何処でショーを開く予定なのか教えて下さらない?」
「日時や場所が分かったら勿論そうします」 
 ソフィアは父親が戻るまでの時間潰しにと、奥からスケッチ・ブックを数冊持ち出してきて、自分の描いたデッサンを英二に見せた。デザインの良し悪しなど分かる由もなかったが、英二はソフィアのスケッチに、時代の先を行く明るさと華やかさを感じた。<続く>
「太陽の飛沫」 第8回(2010年02月19日公開) |目次コメント(0)

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