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■オリジナル作品:「蔦の館」(目次

「蔦の館」 第7回

第三章

 孝二郎はその夜、旅行の準備のために愛車のBMWを運転して東京西郊にある自宅へ戻った。その家は、商事会社に勤めている兄の遼一郎が探したもので、モダンかつシンプルな造りの二階家だった。孝二郎の両親がその家を買ったのは三年前のことで、孝二郎はその時まだアメリカに住んでいた。はじめは娘のために買った物件だったが、佐和子がどうしても都心のアパートを離れたくないと言い張るので人に貸していたところ、息子が戻ってくることになったので彼に明け渡してくれた。一軒家に住めば身を固める気になるかもしれないという淡い期待が母親にはあったようだ。

 その家は、小川とその先に広がる公園を南に見下ろす崖の上にあった。木立に隠れた北側の玄関ドアを入ると、廊下の先が広いワンルームになっている。南側の天井は二階まで吹き抜けで、正面は広々としたガラス戸だった。ガラス戸の外にはテラスが設けてあり、戸を開け放つと、部屋の内と外とが一体化して広々としたスペースが生まれる。
 部屋の西側、即ちガラス戸に向かって右側の壁沿いは、全面造り付けの本棚になっている。本棚一杯に納められた蔵書については、いつかまた触れる機会があるだろう。
 本棚の前には、オフィスにあるものと同じ赤革のソファーがあった。ソファーは孝二郎が帰国してから自分で購入したものだ。家具選びを手伝ってくれたのは、妹佐和子の友人のインテリア・デザイナーで、その女性のセンスが気に入ったので、孝二郎は事務所のインテリアも彼女に任せることにしたのだ。
 部屋の東側は、分厚い一枚板の仕事机が壁に沿って設えてあった。机の手前側は優美な波型の曲線を描いている。この横長の机は孝二郎の発案だ。そして東南の角には暖炉があった。

 さてこの広いワンルームで一番目を引くのは、部屋中央に据えられたジャグジー・バスである。これもソファーや机同様、孝二郎が帰国してから設置したものだ。天気の良い夜、ガラス戸を開け放ち、星空を眺めながらジャグジーに入り、冷やしたシャンパンを飲むのが孝二郎のアメリカ仕込の楽しみである。
 しかし、この贅沢を分かち合う親密な女友達がいないのは残念なことだ。普段は事務所で寝泊りし、珍しく家にいるときはいつも朝早く散歩に出かけ、そのあとも、一日中調べ物をしているような男に対して、たいていの女性は愛想を尽かして遠ざかってしまう。初めに書いたように、孝二郎は、性格は几帳面で探究心があり、思い遣りも充分備えているのだが、女性に尽くすということがない。面倒くさいのである。孝二郎の魅力は、表面的な振る舞いにではなく、その広々とした心持と親切心にあるのだが、忙しい生活を送る女性たちは、往々にしてそれを見逃してしまう。孝二郎も孝二郎で、遠ざかる女性の後を追わないから、関係が早々に終わってしまう(アメリカで惜しいチャンスが幾度かあったのだが)。その意味で、母親の淡い期待は当分かなえられそうにもなかった。

 部屋の北東のコーナーはダイニング・キッチンで、南に向いた流し台の上には鍋やフライパンが掛かっている。孝二郎はあまり料理をしないが、いつもレストランで兄に奢らせている罪滅ぼしのつもりか、ときどき佐和子が訪ねてきて手料理を作ってくれることがあった。鍋やフライパンはそういう時に活躍した。
 トイレと浴室は玄関を入って右側にある。台所と玄関の間は、二階へ上がる階段で仕切られていて、階段の後ろは洗濯機や乾燥機を置くスペースになっていた。ダイニング・キッチン上の二階部分は寝室である。寝室には大きなベッドとサイド・テーブルが置かれている。北側の壁上部にある横長の窓からは、玄関脇の木立の枝葉が見える。寝室は落ち着いていて、大きなベッドは寝心地が良さそうだ。寝室の屋内側に壁はなく、腰の高さの仕切りから下のワンルームを見下ろすことが出来る。<続く>
「蔦の館」 第7回(2010年01月29日公開) |目次コメント(0)

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