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■オリジナル作品:「太陽の飛沫」(目次

「太陽の飛沫」 第4回

 黒人街を過ぎ、公園の鬱蒼とした森を抜け、小学校講堂脇の坂道を上がるとラーチモントの街に入る。ラーチモントは、大きな屋敷が深々とした木立の中にゆったりとした間隔を置いて並ぶ白人住宅街で、手入れの行き届いた庭の芝生が、夏の日を浴びて燦いている。学校前のなだらかな坂を登り、大きな杉木立の下に入ると、爽やかな風が渡った。英二は路傍の石に腰を下ろし、手の甲で額の汗を拭った。どこかの屋敷の手入れを終えた庭師の古ぼけた赤いトラックがゆっくりと眼の前を通り過ぎる。

 石に腰掛けて閑静な街並みを眺めながら、英二は、昨夜峻介の書斎で見た、墨西哥(メキシコ)の遺跡写真のことを思い出した。英二は今まで父親の仕事に殆ど興味を持たなかった。ラーチモントへ越してからは、七番街の店にも顔を出したことがない。しかしそれは峻介の旅行先に関するものなので手に取ってみたのだった。密林に聳えるピラミッド、象形文字の刻まれた神殿などの忘れ去られた古代遺跡の写真に、英二は不思議な戦慄を覚えた。写真集には遺跡の他に、翡翠の人物像や金の首飾りといった美術品も紹介されていた。英二は初めて、今度の父の旅行と旅先で仕入れてくるであろう品に対して興味を持った。

 暫く休んでいると汗が引いたので、英二は立ち上がり再び歩き始めた。住宅街を行き、やがて別の通りに突き当たると、前方一面に雑木林が広がった。石垣の切れ目から林の奥へと続く小径は、英二の自宅に通じる近道だった。通りを渡り小径に入る。積重なる落ち葉を踏みしめながらしばらく林の中を歩くと、程なく自宅の裏庭に歩み出た。正面の岩山の上に立つ宏大な英国風建築の屋敷は、峻介が四年前或る米国人から買い取ったものだ。英二は立ち止まって暫しその屋敷と庭を眺めた。

 岩山の手前、英二の立っている所から見て右手の方角は、広々とした芝生だった。その奥には、秋になると燃えるような紅葉に包まれる三本の楓の巨木が、豊かな深緑の枝葉を耀かせている。正面の岩山を伝わるようにして、白い木製の階段が上のテラスへ続いている。階段に沿って視線を上げると、テラスの奥は食堂で、その上が妹の部屋、さらにその上は客室(ゲスト・ルーム)だった。レースのカーテンに閉ざされた無人の客室の窓は、夏の日差しを映して鈍い光を放っている。

 左へ目を移すと、岩山が途切れたあたりに、昔、聖歌隊が讃美歌をうたったというバルコニーの付いた広い応接間の外壁が聳えている。屋敷は全体が岩山を含む傾斜地に建っているので、応接間は、食堂やテラスと同じ階に属し、前庭正面玄関側から見れば一階部分に当るが、こうして裏庭から見ると、屋敷の二階部分に相当した。蔦に覆はれた外壁は裏庭の芝生に接している。応接間の下は娯楽室になている。娯楽室には両開きの硝子扉があった。扉の前には、サルビアやカンナ、ゼラニウムなどが咲き誇る花壇があった。
 左隣家との境界線に並ぶ木立へと広がる芝生は、なだらかに上方傾斜して、車廻しのある屋敷の前庭へと続いている。英二は芝生の上を歩いて前庭へ回り、玄関の重い扉を押し開いて屋敷の中へ入った。<続く>
「太陽の飛沫」 第4回(2009年10月30日公開) |目次コメント(0)

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