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■オリジナル作品:「蔦の館」(目次

「蔦の館」 第3回

「二ヶ月ほど前、礼子さんと娘はそういう名前のクラブへ行ったのです。それは男性が女性客を接待するナイトクラブで、二人は社会見学の為に、一度そういうところへ行ってみたかったそうなんです。私達に電話をした翌日、礼子は文哉さんと一緒にその店へ行き、神戸に同じ名前の店があるかどうかを店員に訊ねてくれました。ところが店員からそんな店は知らないと云われ、早々に追返されてしまったそうです」
「この手紙の筆跡はご本人のものでしょうか?」
「勿論私は日本語が分かりませんが、礼子によると、手紙の文字はアパートにある娘のノートの文字とそっくりだそうです」
「封筒の宛名書きには手紙の文字のような乱れはありませんね。いまそのノートはお持ちではありませんか?」
「いいえ」
「ああそうか、日本へ着いたばかりで、まだ娘さん達が住んでいるアパートへは行ってないのですね」
「今日礼子さんにホテルまで迎えに来てもらって一緒に行くことにしてあります」
「ご一緒させていただいて宜しいですか?」孝二郎は、自らの口を突いて出た言葉に我ながら驚いた。
 レスリーは孝二郎の言葉に顔を輝かせ、「それでは娘を一緒に探して下さるんですね!」と声を弾ませた。
言ってしまったものは仕方がない。孝二郎は「出来るだけのことをしてみます」と答えると、椅子から立ち上がり、部屋の入口近くに置かれた真新しい珈琲メーカーから、朝淹れたばかりの珈琲を受皿付きのカップ二つに注いだ。それをミルク、砂糖壺と一緒に真鍮のトレイに乗せてテーブルへ運び、「どうぞ」と言いながら一つをレスリーに渡す。もう一つを手に持って、孝二郎は自分の椅子へ戻った。呼吸を整えながら。

「娘はやはりナイトクラブ店の誰かに連れ去られたのでしょうか」レスリーは珈琲カップを両手で包むようにして呟いた。
「まだ誘拐と決め付ける訳にはいきませんよ」孝二郎はレスリーを励ますように言った。内心『偉そうに!大丈夫か』と思いながら。「ところで、礼子さんは明日何時にホテルへ迎えに来るのですか?」
「十一時の約束です。長旅のあとだから朝はゆっくり休むように、と云って下さって」
「珈琲で頭をすっきりさせたら、ホテルへ戻って娘さんの友人の到着を待っていて下さい。私も十一時にはホテルのロビーへ行きます」
「失礼ですが謝礼金はどのようにお支払いしたらよろしいですか?」レスリーが訊いた。
「そんなものは要りませんよ。私の好きでお手伝いするのですから」
「そういう訳にはいきません。私の主人は投資会社を経営していて金銭的には不自由ありません。ですから遠慮なく必要な金額を仰ってください」
「調査に掛かる費用だけ支払って貰えればそれで充分ですよ」
しばらく押し問答を繰り返したあと、レスリーは、娘を無事に助け出すことが出来たらそのときは存分に謝礼をさせて貰うという条件で、孝二郎の言い分を受け入れた。
帰り際レスリーは、
「そうそう、娘の写真をお見せするのを忘れるところでした」といって、出発前に慌てて高校の卒業アルバムから切り取ったと思しい、一枚の写真を孝二郎に見せた。そこには顔立ちが母親に良く似た、利発そうな栗色髪の娘の顔が写っていた。

「ミセス・モーガンから連絡があった?」
 妹の佐和子から孝二郎に電話が入ったのはレスリーが帰って間もなくのことだった。
「たった今ご本人が訪ねてきたよ」
「やっぱり必死なのね」
「これから一緒に娘さんのアパートを見に行くことにした」
「手伝ってくれるのね!」
「妹の紹介とあっては放って置く訳にもゆくまい」
「どうせ暇していたんでしょう、机一杯に地図でも広げて」
 事実を見透かされ、面白くない心持で孝二郎が黙っていると、佐和子は、昨夜遅く友人の女性から相談に乗って欲しいと連絡があり、孝二郎の事務所の近くにあるホテルへ呼び出されたのだと言った。「知らない国で、行方が分からなくなった娘を、何の助けもなく探すなんて無茶だわ。だから咄嗟に兄さんのことを思い付いたの。余計なお世話かとは思ったけれど、米国人の娘さんを探し出すのに相応しい人を他に誰も考え付かなかったんですもの」佐和子はそう云った後、「今日の夕方そちらへ顔を出すわ、美味しい仏蘭西料理でも一緒に食べながら作戦を練りましょう」と言った。<続く>
「蔦の館」 第3回(2009年10月16日公開) |目次コメント(0)

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