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■オリジナル作品:「太陽の飛沫」(目次

「太陽の飛沫」 第1回

1 ラーチモント

 一九六三年の夏、ニューロッシェルでも黒人の多く住む住宅街を一人の少年が歩いていた。薄緑色の半袖シャツに白いズボン、よく陽に灼けた腕にバッグを掛け、眩しそうに眉を寄せて歩いている。少年の名前は石崎英二、今年九月で十五歳になる。英二はYMCAのプールから帰るところだった。健康そうに発育した四肢、短く刈った髪、整った顔立ちは実際の年齢よりも大人びて見える。

 通りの両側は煉瓦造りの古い二階家が続き、槲の木立が処々に濃い影を落としている。紐育の夏はうだるように暑く、アスファルトからは陽炎がゆらめき昇っている。暑い盛りなので通りには誰も居ない。歩きながら英二は、一ヶ月後南米旅行から戻る父、峻介の事を考えていた。「マリーと結婚しようと思うんだ。優子には君から上手く話しておいてくれないか、微妙な年頃だからな」峻介はそう英二に言い残して一と月ほど前、一人で南米へ出発したのだった。優子というのは、今年十二歳になる英二の妹である。

 英二の父石崎峻介は東京で敗戦を迎へ、間もなく学生時代に知り合った飯倉直子と結婚した。二人は六年前に離婚し、協議の末、峻介は英二と優子を連れて米国へ渡った。当時米国へ移り住むのは極めて難しかったが、峻介は占領軍の将校が手に入れた日本の美術・骨董品を海外に売り捌く古美術商の「出先人」として、特別に許可が下りた。しばらく峻介は日本から送られてくるそれら美術・骨董品を当地で売り捌いていたが、やがて自分でも骨董の売り買いを始め、数年後にはマンハッタンの七番街に店を構える程の財を築いた。峻介は半年程前、マンハッタンで開かれた美術品のオークション会場で、マリー・レンヌと出会ったのだった。

 マリー・レンヌは数年前に伊多利の富豪と離婚し、その慰謝料で気ままに暮らす三十過ぎの高慢な女だった。一度だけ、英二は峻介に誘われてマリーと三人で食事をしたことがある。妹の優子が友達の家に呼ばれて留守だった週末の夕刻、峻介は英二をラーチモントの古いヨットクラブへ連れていった。そこはマリーが所属するヨットクラブで、彼女は二階の食堂で二人を待っていた。色白で肉付きの良い体に白と紺の縦縞のホルター・ドレスを着、鍔の広い赤色の帽子を被ったマリーは、英二を頭のてっぺんから爪先までじろじろと眺めると、峻介にむかって「十四にしては増せてみえるわね」とだけ言い、英二には碌に挨拶もしなかった。食事中、彼女は峻介を相手にオークションや旅行の話題に終始し、マリーが英二に話かけた言葉といえば、彼の前に置かれたバターの皿を取って欲しいということぐらいだった。三人で食事をした後、いつもは付き合っている女性について何も言わない父親が「彼女とは打ち解けるまで時間がかかるんだ、あれで結構やさしいところもある」と言い訳をしたのを、その時嫌悪感で一杯だった英二は気に留める余裕もなかった。

 優子は、英二が父親の再婚について話すと、すぐに「日本へ帰りたい」と言った。二人が一週間ほど前マンハッタンのプラザ・ホテルで叔母の良子と会ったときも、優子は同じ台詞を繰り返した。迂闊なことに、英二は今まで、峻介がいずれ日本へ帰るものと思い込んでいた。父親にその気がなかったことと、あの高慢な女を母親と呼ばなければならないことを考え併せると、優子の言う様にいっそ日本へ帰ってしまいたい気持ちになる。だが一方、急に日本へ帰るといっても、六年間もの米国生活に慣れ親しんだ自分が、友達も居ない日本でやってゆけるかどうか不安でもあり、心の整理がつかぬ日々が続いているのだった。(続く)
「太陽の飛沫」 第1回(2009年09月10日公開) |目次コメント(0)

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