24.社殿完成
三月に入り、有前山山頂の社殿建築は急ピッチで進んだ。桜が咲く月の終りには、小ぶりながら由緒正しい入母屋造りの社殿が、関係者の前にその姿を現した。完成当日山頂の現場を訪れたのは、有前神社の前田宮司と桜岩寺の遂慧和尚、それに浅間大社の遠山宮司の三人である。これを出迎えたのは、工事指揮を取る久岡俊夫と宮大工の二人。前田宮司と遂慧和尚はこれまでも幾度かここに来ているが、遠山宮司は建築が始まって以来初めてだったので、久岡はとくに遠山宮司に社殿本体の細部を丁寧に説明した。
「まだ床や天井、壁紙や神棚などの内装は終っていませんが、構造部分や屋根、壁などの本体工事はこれで終了しました」説明し終ったあと久岡がいった。
「素晴らしい社殿ですね、工事ご苦労様です。この造り、とくに向拝の唐破風などはうちの本宮本殿とも似ています」遠山宮司はそういって久岡たちを労った。前田宮司と遂慧和尚も満足げな表情で頷く。
宮司二人が社殿に参拝し終えたあと、久岡は「これまであった祠は、富士山を正面に拝む見晴らし台のところに移設してあります」といって見晴らし台の方を指さした。六人が見晴らし台に移動すると、正面に多少雲のかかった富士山が見えた。まわりの木々が取り払われているので、富士山だけでなく秩父山地や丹沢山系までも視界に入る。宮司二人は祠にも丁寧に参拝した。
「いやあ、これで来月の竣工式は無事執り行えますな」遂慧和尚が安堵の表情を浮かべていった。
「石段の最上部に据える予定の鳥居はまだですが、そのための地盤工事と石段の補修は終えてありますから、竣工式のときに多くの人が石段を登っても大丈夫です」と久岡。
「それは有難いです。社殿の完成を神様に報告し安全を祈願する式典に、けが人などが出たら困りますからね」前田宮司が笑顔でそういった。
そして四月、いよいよ有前神社例祭の前日がやってきた。その日は朝から晴れ上がり行事に相応しい日和となった。社殿の竣工式は午後の一時からスタート、参道公園の屋台村は午後三時からオープンする予定である。
昼の十二時すこし前より、竣工式に参列する人々が参道公園に集まり始めた。参列の一行はここから踏切を渡って参道を有前山の山頂まで歩くことになっている。そう、埼玉鉄道はこの社殿竣工式の日に合わせて、参道の踏切を再開することにしてくれたのだった。しかも、その再開の第一歩を参列の一行が通る時に合わせてくれるサービスぶり。そのため踏切の脇には鉄道会社の技術者がスタンバイしている。
参列一行の先頭には、白衣に身を包んだ前田宮司が玉串を捧げ持って出発に備えている。その後ろには神社の権宮司や禰宜たち。そしてそのすぐあとに芝山輝夫の姿があった。踏切再開を今日のこの時に合わせて行うことを芝山が知ったのはほんの一週間前のことである。有前神社の前田宮司から「芝山さん、埼玉鉄道さんが踏切の再開を竣工式に合わせて下さるとのことですよ!」と連絡があったのだ。そのときの芝山の気持ちを文字に記(しる)すのは難しい。芝山が参道を一気通貫で繋ぎたいと思ってから早五年。そのためには参道を塞ぐ踏切を再開しなければならない。しかし当時、それは叶わなかった。それでも線路南側に参道公園を作ることが出来、有前川緑道を迂回して参道がかろうじて繋がったのが三年前。そして、それを見た有前神社が有前山山頂の奥宮復活を決めた。その後紆余曲折はあったけれど三年後の今日、こうして念願だった踏切の再開が実現したのである。しかも有前山の社殿竣工式の日に。芝山は目前の有前山にそっと手を合わせた。
社殿建築を請け負った久岡俊夫と宮大工二人、及び当工事関係者たちは、山頂で参列の一行を待ち受けている。彼らは今日の神事が無事執り行われるよう朝から社殿まわりの準備と整備を行ってくれていた。また、有前山の北側にある桜岩寺の遂慧和尚と弟子の叡慧も、山頂に待機している筈である。
参列の一行に戻ろう。芝山の後方には、有前商店会の駒井会長、桑富信用金庫の田辺氏ら町の関係者が出発を待っている。その輪の中には数名の市議会議員の姿もあった。東都新聞の井上記者もカメラ片手に列の中にいた。その後ろには、街おこしに力を貸してくれた森山淳一教授が、隣に立つ県の稲山局長となにやら上機嫌で話している。局長は森山の誘いでわざわざ仕事を休んで来てくれたようだ。安西青年と今井冬実も、農家の人たちと一緒に並んでいる。さらに後方には桑富の市民たちが集まっていた。芝山の妻良子と息子輝樹もそのなかにいる。輝樹の側(そば)には桑富酒造の大村弓子とBBKの大村壮太の姿もあった。そして、参列一行の殿(しんがり)には、<やじこう>の連中四人が控えているのだった。
放射光研究所の富永副所長や伊藤経理部長ら、富永派の悪だくみは今回またも失敗に終わった。次に彼らが何を企むのか、作者としてはゆっくり待つとしたい。桑富産業連合会の方は、規制緩和要請議案の否決を受け、巨大ショッピング・モールと駐車場案から撤退し、規模の小さい『セレクト・モール』なるものを、元の予定地に立てる計画にシフトした。
十二時半、列が動き始めた。先頭の前田宮司が参道公園の北端から踏切のところへ歩み出る。すると、十数年前より閉じたままだった遮断桿がゆっくりと開いた。その瞬間、参列一行のなかから大きな歓声が上がった。芝山キーオが両手を挙げて何やら叫んでいる。
一行が参道を進む中、列の最後尾、<やじこう>の連中四人の会話に耳を傾けてみよう。
「キーオが五年前、参道を繋ぎたい、と思ってくれなかったら今日のことはないのよね」と衿子。
「いやあ、本当にキーオのお陰だよ。あれで参道公園が出来て、屋台村なんかやっていたら、奥宮造りの話がでてきて、そしたら久岡さん経由で森山さんから街づくりのアイデアをいろいろと教えて貰った。半農半Xだろ、農家と商店の連携だろ、歩行者天国だろ」と八ちゃん。
「私たち神道の信者じゃないけれど、山頂の奥宮って川や畑とか自然ととても親和性があるのよね」衿子がいう。
「この町に相応しいというか」
「山岳信仰なんだよな」
「有前川緑道の完成も忘れちゃだめよね」とみつこがいう。
「谷沢市長、やってくれたね今度も」と八ちゃん。
「規制緩和要請議案の否決!」とトツさん。
「それにしても思いを行動に移すって大事よね」とみつこ。
「今回のことで改めて、街づくりって金じゃないんだなと思った」と八ちゃん。
「私もこれまで経済のことをお金だって思い込んでいた」と衿子。
「街づくりに大切なのはマネーじゃなくて<モノ>や<コト>そのものなのよね」とみつこ。
「屋台村の準備も万端整ったし、今日も頑張るぞ!」とトツさんが叫んだ。
……久岡俊夫は山頂から参道を眺めていた。畑の中を進む一行の上に、春の日差しが優しく降り注いでいる。青空を見上げる。久岡は会社を辞めここ有前へ移ってきて本当に良かった、と思った。
(おわり)