22.議案提出
年が明けた一月、桑富市の産業連合会は、ショッピング・モール建設予定地東側の市街化調整区域の規制緩和について、今年度中に市議会に要請議案を提出することを決めた。当初は、来年の市長選挙で連合会が推薦する候補(島谷健)が当選してから議案を提出する算段だったが、ここのところ森山某という街おこしコンサルタント(らしき人物)が桑富の農家を扇動し、それに影響された農家や商店街の若者たちが「農業と商店街の連携システム」やら「農業の後継者づくりのための労協」やらをつくって、連合会の「消費と効率によって町を発展させる」というビジョンとは異なる方向を模索し始めたので、それらの動きが活発化する前に、規制緩和の議案だけは通しておこうと考えたのだった。ショッピング・モールは車のアクセス問題を抱えている。しかし予定地東側に大きな駐車場をつくりそこまで県道を延長すればその問題は解決する。県道延長については、すでに連合会と誼を通じた県議を通じて県庁の道路整備局に話をしてある。正式には市から県道延長要請を出すことになるが、駐車場が出来てしまえば道路延長はスムーズに運ぶだろう。だからまずは市街化調整区域の規制緩和なのである。
産業連合会が去年の六月、七月に行ったヒアリングでは、候補地の農家40戸のうち、
<土地を手放してもよい>:20戸
<条件次第で手放しても良い>:11戸
ということで、多くの農家が土地の売却に前向きだった。森山某の扇動が始まったのは去年の夏以降だから、これらの農家も意見を変えた可能性があるけれど、去年のデータとして要請議案に添付しても虚偽ではない。独自の調査ではあるがそれを行った調査会社は第三者機関である。
桑富市議会の議員構成は、
桑富町:議員数4名(谷沢派2、島谷派1、その他1)
新桑富町:議員数5名(谷沢派1、島谷派4)
有前町:議員数5名(谷沢派3、島谷派1、その他1)
柿本町:議員数4名(谷沢派2、島谷派1、その他1)
有先町:議員数2名(谷沢派1、その他1)
合計:議員数20名(谷沢派9、島谷派7、その他4)
となっている。谷沢市長を擁する谷沢派は産業連合会と対立しているので賛成は望めないが、島谷派が7人いることから、議案を通すには「その他4人」の議員を説得できればよい。そうすれば過半数の賛成票を得ることができる。「その他4人」は政党のバックを持たないから金で動かすことが出来るだろうということで、この一月から連合会による工作が始まった。協力は本件限定、来年の選挙時に連合会が(匿名で)一定額の資金を援助するというのが説得材料。一月中旬の報告では、4名とも感触良好とのことだった。
さて一方、例の県局長の桑富視察。それは一月末の日曜日に実現した。当日の朝、久岡と芝山は有前駅で稲山恵一総務部都市政策局長を出迎えた。稲山氏は痩せた温厚な雰囲気の紳士で、出迎えた二人に丁寧に頭を下げた。
「今日はよろしくお願いします。森山さんにいわれて来ることにしたのですが、天気が良くていい一日になりそうですね」
「こちらこそよろしくお願いします」久岡はそういって自己紹介し、次に芝山を紹介した。「芝山さんは桑富の研究所にお勤めなのですが、参道公園づくりにかかわるなど、桑富の街おこしに多大な貢献をなさっているので今日お呼びしました」
「それはどうも。いろいろと話しを聞かせて下さい」稲山はそういうと、自分の街づくりへの関心は森山教授の「街づくり研究会」に入ったことによるものだといった。「森山先生のお話はダイナミックで、県としてもいろいろと参考に出来るんじゃないかということで続けています」
「都市政策って街づくりそのものですものね」と芝山がいった。
「ええ、大きくはそうです。県レベルでやるのはどの地域に何を造るかとか都心の緑化とか、他県との調整・連携などが多いから、なかなか現場の街づくりと接点が持てないのですが」
「道路整備は別の部署ですよね」
「道路整備局の望月さんとはよく話をします。でもうちは道路のことに特化している部署ではありません」
「鉄道は?」
「私鉄さんは県の道路整備局が見ているんじゃないかな」
「埼玉鉄道とか」
「そうそう」
「芝山さん、まず今日の行程案をご説明しましょうか」久岡がそういって稲山に今日の行程を書き込んだ桑富市の地図を手渡した。それを見るとまず参道を通って有前山山頂へ行き、そこから北の有先町へ行ってそこで昼食を取り、そのあと有前川緑道を通って桑富町に戻り、桑富酒造で一休みした後、有前町の「新島食堂」で地元野菜を使った料理を食す、という行程である。
「なかなか盛りだくさんですね。料理やお酒のプランもあるようですが、接待享受になるといけないからちゃんと料金をお支払いします」と稲山は言った。
その出来事は、一行が有前山山頂を経て有先町へ行った先の食堂で起こった。久岡が選んだ食堂は、伝統野菜の有先なすを使ったてんぷらが人気メニューの店だったのだが、そこの店主の弟が有先町選出の市議会議員、そう、産業連合会が狙う「その他の4人」のうちの1人だったのである。県の局長さんが来るという連絡を事前に受けていた店主は、その場に弟を呼んでいた。名刺交換が行われる。稲山局長はそこまでの行程で久岡や柴山の街づくりに関する主張に充分理解を示していた。市議会議員の弟は、久岡や柴山が街づくりに関わっていることは知っていたが、稲山局長が有先なすを褒め、桑富は消費と効率ではなく生産と効用によって街づくりを考えるべき、というのを聞いて、桑富市に関して県がその政策として久岡や柴山の考えを支持しているものと勘違いした。そしてその場合、産業連合会の支援を(匿名でも)受けるのは、来年の選挙に不利になると思ったのである。稲山局長の話は単に個人的な考えに過ぎなかったのだが。名刺の威力というべきか。
産業連合会作成の市街化調整区域の規制緩和要請議案は、島谷派議員の手によって二月の定例議会に提出された。連合会の読みでは、賛成11票、反対9票で議案成立となる筈だった。しかし実際は、賛成10票、反対10票となり、議長が裁決権を行使して議決を決定することとなった。議長の中川基介は民和党選出議員(谷沢市長派)だった。而(しこう)して同議案は最終的に否決された。
(つづく)