21.サプライズ
十二月に入った月曜日、田上幸子は昼休みに石橋所長から呼ばれた。
「おい、芝山君にサプライズがあるぞ!」幸子が部屋に入るなり石橋が言った。
「何のことですか?」幸子が驚いて尋ねた。
机の向こうに座った石橋は笑いながら幸子を手招きし、前の椅子に座るよう勧めた。
「あの新聞記事があっただろう、有前神社の奥宮の件」
「はい」
「あれ、きみがコーディネートしたんだって?高田君から聞いたよ」
「記者を知っているので、話をしたら興味を持って記事にしてくれたんです」
「浅間大社の下宮としても併せ祀るって話、すごいな。それでこの間いっていたお金の件も解決したんだろ」
「はい。桜岩寺の遂慧和尚さんが間に入ってくださったそうです」
「有前神社も驚いただろうが、いい話じゃないか。今の時代、神社もどの宗派だとかじゃなくて信者たちのために手を組むってのは賛成だね」
「信者さんたちだけでなく一般市民も喜んでお参りすると思います」
石橋はうなずくと先を続けた。
「おれもこの週末あの山頂に行ってみたけど、木が伐採されてすっかり見晴らしがよくなったな。富士山がよく見えた。あれ、北斎の富嶽三十六景あたりにあってもおかしくない景色だと思うぜ」
「所長さんもいらっしゃったんですか!」幸子はふたたび驚きの声を上げた。
「そうそう、それで一緒に行ったのがあの棚橋さ」
「埼玉鉄道の?」
「そうなんだ。あいつショッピング・モールの件で子会社の社長がモール経営にまで首を突っ込むって心配していただろ。だから桑富にはこういういわれのある神社があって、参道があって、こんど奥宮も出来るんだってことを教えてやろうと思って、記事の切り抜きを送ったのよ。それにきみから貰った森山先生の『街おこしの実際』という本も一緒に同封した。あれは街づくりの本としてとても面白かったからね」
「わたしも森山先生の講演会にいって勉強になりました」幸子がいった。
「そうしたらやっこさん、桑富のまちづくりはこれだな、なんて電話してきやがった。前の参道公園づくりのときにトンネル工事を前倒しでやってくれたことを覚えていたらしい」
「あのときは助かりました。芝山君も感謝していました」
「だろ、それでこんど一緒に有前山に登ろうや、ということになったわけ」
「すごい、さすが大学同期ですね。社長さんそれでなんと?」
「富士山を見て感動してたよ。そしたら眼下の参道が埼玉鉄道の線路で分断されているのが見えたんだよ。そして公園工事のときあそこの踏切を開いて欲しいっておれがいったことを思い出してくれたんだ」
「たしか道路法で踏切はなかなか新規には作れないと」
「そうなんだけど、すでにあるやつを再開するんだから問題ないだろってそのとき言ったんだけど、金が掛かるとかなんとかいってやめちゃったんだよな」
「そうでしたね」
「それがこんど自分で見たら、考えが変わったんだ」
「何ておっしゃったんですか?」
「踏切があれば一気通貫で参道が繋がるなって。まあ、計算高いやつだから、子会社の社長にモール経営から手を引かせるために、桑富の街づくりの方向は消費一辺倒じゃないほうがいい、古い神社と山岳信仰で街おこしをした方がいい、なんて思い始めたのかもな」
「それで踏切の再開を検討してくださると?」
「そう、再開を検討させるって言い出したんだよ」
「素晴らしいです!」
「理由は何であれな」
「桑富の人たちは、森山先生の勧めで、いま農業の後継者づくりのために“農業半分その他の仕事半分”という形で若い人たちを町に呼び込もうとしています。うちにも“その他の仕事半分”の方の仕事はないかと問い合わせが来ているんですよ」
「へえ、いいじゃないか。農業も大事だよな、古い神社や山岳信仰だけじゃ食えないから。研究棟の方の仕事でもいいならいろいろあると思うよ」
「はい、いま各部署に問い合わせているところです」
「なにか探せるといいな」
幸子はあまり長居をしてはいけないと椅子から立ち上がった。そして、
「踏切の話、芝山さんにしてもいいんですよね?」と所長にたずねた。
「勿論そのつもりなんだが、今日あいつ研究棟の方へ行っていていないんだろ。だから代わりにきみに伝えておこうと」
「あした彼が来たらすぐに伝えます」
「たのむよ、あしたは俺があっちで行き違いになってしまうから」石橋所長はそういうと「まあ、まだ本当に再開できるかわからんが、社長がいえば下は動く。彼にはいい知らせを待ってろっていっておいてくれ」と言って幸子を部屋のドアまで見送ってくれた。
翌日の昼休み、田上幸子は芝山輝夫に所長から聞いた話しをした。場所は外のベンチ。芝山がよく妻良子のつくる弁当を食べるところだ。幸子の話を聞くと、芝山は飛び上がるほど驚いて、
「嬉しいなあ、所長が踏切の事を覚えていてくれたなんて!」と叫んだ。食べかけの弁当箱を横に置く。
「でしょ、わたしも驚いたわよ、埼玉鉄道の社長さんとあの山頂に登ったっていうんだから」
「やっぱり現場をみないとだめなんだね。僕は研究棟へいくとよく試験現場へいくよ、煩(うるさ)がられるけどね」
「煩がられるのはあなたが変なことに首を突っ込むからよ」
「踏切の再開って、でもまだ検討段階なんだろう。喜びすぎてあとでまたショックってことにならなければいいんだけど」
「そうね、静かに朗報を待ちましょう」
しばらく踏切再開の話で盛り上がったあと、芝山が我に返って、
「ところで、道路の延長の方の話はどうなったかな。踏切が再開されても道路が出来たら元も子もない」と呟いた。
「道路の方はわからないわ」
「そういえば、森山先生が知り合いの県の局長さんに言ってくれたらしい、道路延長なんて必要ないって。道路整備局の人ではないらしいんだけどね。その人がこんど町を見に来るんだって。久岡さんが教えてくれた」
「どんな人かしら」
「たしか森山先生の街づくりの研究仲間だって」
「それなら消費一辺倒の街づくりには疑問を呈すると思う。それに道路整備の担当じゃなくても局長さんクラスなら相当発言力があるんじゃない」
「そのときは久岡さんが案内するらしい」
「キーオも一緒に行ったら?」
「そうだね、できれば一緒に行って参道公園ができた経緯や最近の街おこしの動き、それにこんど埼玉鉄道が踏切再開の検討を始めたことなんかを話してみるよ。まず久岡さんに踏切の件を伝えて、局長さんを案内するときは同行したいって頼もう」芝山はそういってベンチから勢いよく立ち上がった。そのせいで膝に接していた弁当箱が真っ逆さまに地面へ落下した。
(つづく)