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■オリジナル作品:「続・記号のような男」(目次

「続・記号のような男」 第二十回 

20.山散歩

 十一月、久岡は娘のしほりと有水山系へのハイキングを計画した。以前、しほりが来た時に芝山親子と有前山に登ろうと話していたことを覚えていたので、久岡は芝山に声を掛けた。久岡はさらに、桑富酒造の大村弓子が山歩き好きだと言っていたのを思い出し彼女も誘った。皆のスケジュールが整った日曜日、午前十時に五人は参道公園に集合した。よく晴れた日で皆元気そうである。

 芝山が輝樹を皆に紹介した。「息子の輝樹、悪戯好きの七歳児です。この参道公園が出来た時にはまだ四つでしたが子供が育つのは早いもので」
「よろしくね!」しほりがそういって輝樹のあたまを撫でると、「おねーちゃん、よろしく!」と輝樹が勢いよく返答した。
「もう小学生よね」弓子がたずねると「うん、一年生だよ!」と輝樹。
「今年有前小学校に入りました」と芝山が補足した。
「今日は輝樹くんのペースに合わせてあまり無理せず低山ハイクということで行きますね」久岡が今日のコースを説明した。「ここからまず有前川緑道を歩いて有前山の麓まで行きます。そこから西の有水山系に入っていきますが、山道が整備されているところを辿って、見晴らしのいいところに出たらお昼にします。各自持参したお弁当を食べながらゆっくりしましょう。トイレも所々に設置されていますから心配ありません。午後は北側の山道を歩いて有前山の方へ戻り、そのまま有前山の山頂に登って休みます。まだ建設中ですが僕が指揮を取っている社殿をみなさんに見て貰いたいと思います。今日はいい天気だから見晴らし台から富士山が正面に見える筈です。そのあと山を下りて畑の中を僕のトレーラー・ハウスまで歩いてもらいます。ハウスに着いたら庭でBBQをやりましょう。食材は昨日買ってあります。ちょっと早いですが歩いた後でみなさんお腹がすいているでしょうから早目の夕食ということで」
「わあ、楽しみ。十二月からは仕込みで忙しくなるから今日誘っていただいてほんとうに嬉しいです」弓子がいった。
「紅葉も見ごろです、おおいに楽しみましょう」と久岡。
「建築家ってこういうプラン立てるのも上手ですよね」と芝山が感心したようにいうと、しほりが「そうなんです、うちの父は計画を立てて実行するのが何でも好きみたい。私が遊びに来る日もずっと先まで決めてあって」と笑う。

 参道公園から有前川緑道に出ると、五人は輝樹を先頭に芝山、しほり、弓子、久岡の順で一列になって歩いた。左右はまだ住宅街だが、埼玉鉄道をくぐるトンネルを通過すると右側に広い畑が広がった。先頭をいく輝樹が走り出す。芝山がそれを追いかけて捕まえる。しばらくいくと右に折れる農道があり「参道」という文字と右矢印のついた表示版があった。ここをいくと線路北側の有前神社参道に出るのだろう。
 やがて川の左側も畑になった。遠方に新桑富のビル群が見える。しばらくして、「この辺がショッピング・モール駐車場の候補地ですよ」久岡が前を歩く弓子にいった。
「川の左手ですね。まだ畑だけど駐車場が出来ると川岸まで埋め立てられてしまう」
「そこへ右から県道の延長がくると川に橋を架けることになる」
「父が心配している土壌と水質への影響ですよね」
「橋を架けるぐらいではあまり影響はでないと思いますが、あの森山が知り合いの県の局長さんに道路延長反対の意見を言ってくれたようです。道路整備局の人ではないらしいんですけどね。街づくりに興味を持っている人で、一度ここへ見に来たいというので、その時は僕が案内しようと思っているんです」
「うちに寄ってくだされば、ここの水を使った桑富酒造のお酒を飲んでいただけるわ」
「そうよ、お父さん。BBKのビールでもいいしその人に美味しいお酒を飲ませて、伝統野菜を使った料理をふるまったりして桑富のファンにしてしまいなさいよ」しほりが振り返っていった。
「料理の方は僕が商店街のみんなに伝えてなんとかしますよ」前を歩いていた芝山も話を聞いていたようで久岡に声を掛けた。

 緑道をさらに行くと正面に有水山系の森が迫ってきた。十一月の森は紅葉した木々に美しく彩られている。楓、山毛欅、水楢、山漆など。常緑の椎や楠などとのコントラストも味わい深い。有前山の山裾まで来ると緑道が終ったので、一行は有前川から離れ、有水山系の山道に入った。木漏れ日を浴びながら山道を歩くこと一時間、一行は見晴らしの良い台地に出た。ベンチなどもあり丁度よいので久岡はここでランチ休憩を取ることにした。輝樹が疲れた様子でベンチに座る芝山に寄りかかっているが少し休めば大丈夫だろう。

「ここからは富士山、見えないね。南と東側は開けているけど」しほりが台地の縁に立って景色を見ながら久岡にいった。
「せり出した斜面で隠れちゃってるね」久岡も横に並んでいった。「もっと上までいけば奇麗に見えるんだろうけど、輝樹君の様子だとあまり無理はできない」
「そうね」
「帰りにいく有前山の山頂からはばっちり見えるよ」
「前にいったときは木が茂っていて何にも見えなかった」
「そうだったな、でもこの夏市が伐採してくれたから」
「山頂の社殿、有前神社の奥宮だけど浅間大社さんの下宮としても祀るんですってね。浅間大社と富士講のはなし、この間本で読んだよ」
「むかしの人は富士山まで行くのが大変だから富士が眺望できるところを富士に見立ててお参りしたんだ」
「そういうのいいわね。富士講じゃないけど、いまの人たちもみんな山に登るのはそういう山信仰みたいな気分があるのかも」
「きっとそうよ」そばにきた弓子がいった。「私も山歩きが好きなのは山に来ると気持ちが落ち着くから」
「自然に癒されるという感覚ですね」
「癒されるというか、なにか自分が大きなものの一部だって感じられるんです」
「その“大きなもの”って神様っていうこと?」しほりが尋ねた。
「日本人は一神教じゃないけど自然を崇拝する気持ちが強いからね」
 そんな話をしていると、輝樹君が元気を取り戻したらしく芝山に弁当をせがんでいる声が聞こえた。

 ランチを終えると、一行はルートを北にとってそこから有前山へ戻る道を進んだ。南側と違い、こちらには杉や檜といった針葉樹が多い。ところどころに銀杏の黄色い葉が目を楽しませてくれる。有前川が目の前を横切るところまで来ると、五人はつり橋を渡り有前山の女坂入り口に歩み出た。その坂道を登りながら、「参道公園が出来る前、一人でこの坂道を登ったときのことを思い出します」と芝山がいった。「あのときは参道を繋ぐ話が公園を作るだけのはなしになってしまい落胆してました」
「桜岩寺の遂慧和尚が、有前川沿いを通って北へ抜けることを提案してくれたんですよね」久岡がいった。
「提案というか、禅問答の言葉を投げて下さったんです」
「まあ、それどんな言葉だったんですか?」と弓子が尋ねた。
「たしか、明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)だったかな。大切な宝物は自分の手の中にある、ということで。そのときは何のことか分からなかったんですけど、あとで<やじこう>のみんなにそのことを言ったら、八ちゃんが有前川のトンネルを通って向こうへ行けるっていいだして、それで公園予定地のすぐそばに参道を繋ぐみちがある、って気付いたんです」
「いいお話ね。その参道公園ができたあと屋台村が始まって、桑富酒造も参加したんですけど、久岡さんと弟の出会いはあのときですよね」
「そう、それで私がBBKの改築設計を請け負うことになった」
「その遂慧っていう和尚さん、今度も奥宮づくりのお金が足りないっていうときに浅間大社さんに声を掛けてくれたんでしょう」しほりがいった。
「本当に智恵があるんです、あの和尚さん」と芝山がいう。

 一行は有前山の山頂に着いた。着いてすぐ、輝樹としほりが見晴らし台のところに駆け寄った。
「わあ、富士山がきれい、青空に映えて」
「きれいだね!」輝樹も嬉しそうにいう。
「周りの山もよく見える」と久岡。
「むかしの富士講の人たちの気持ちがわかるわ」と弓子がいった。
「ほら、ここから見ると参道がずっと有前神社の方まで続いているでしょ」芝山が有前町の方向を指さしていった。「そういえば和尚さん、形のあるものをつなぐと、形のないことのつながりがみえてくる、とも言ってました」
「参道をつないだら、桑富の人たちのつながりがみえてきた」
「そう、あれから町の活性化の輪が広がるのを実感してます」
「講演会三連発もすごかった」としほり。
「着実に街づくりが進んでいるわね」弓子が実感を込めていった。
「そうそう、社殿の方も見て貰わなくちゃ」久岡がそういって一行を建築途中の社殿の方へ案内した。

(つづく)
「続・記号のような男」 第二十回 (2026年03月01日公開) |目次コメント(0)

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