13.街おこし
久岡俊夫は、過日トレーラー・ハウスまで来てくれた大村弓子から、桑富市の産業連合会が計画しているショッピング・モールと県道延長の話を聞き、県道ができると、いまは踏切によって分断されてはいるが有前川緑道経由で一応繋がっている参道が、車道によってまた分断されてしまうことに気付いた。それと同時に、「次治」に集まる駅前商店街の人たち同様、産業連合会が主導する桑富市の発展の方向についても疑問を感じた。ショッピング・モールでよそから客を呼び込むモデルが本当にこの街の人たちの為になるのか。さらに有前川の土壌や水質の問題も気になる。そこで久岡は、大学時代の友人森山淳一に相談してみることにした。森山は久岡と同じ建築科を卒業したが街づくりに興味を持ち、大学に残って研究を続けいまは同大学社会学科の教授を務めている。最近コンタクトしていなかったが、森山は研究の傍ら各地の街おこしに関わっており、久岡は彼の知見を参考にしたいと考えたのである。電話を入れると森山は、週末にでも久岡のところへ来てくれるという。久岡のトレーラー・ハウスを見たあと、モールの予定地や商店街などを一緒に回り、なにかアドバイスできることがあればということだった。
当日午後、久岡は柿本町の駅前まで車で森山を迎えに行った。
「こっちへは学生時代に来たきりだが、あまり変わってないね」長身で縁なし眼鏡をかけた森山は久岡のジムニーに乗り込むといった。
「そうだね」
「みんなでハイキングに来て、そのあとご両親のところで夕飯を御馳走になった」
「そんなこともあったな」
「ところで仕事、たいへんだったな」森山がいった。「事情はいろいろ聞いて知っているけど。奥さんとお嬢さんは元気か?」
「ああ、元気だよ。家内とは疎遠になっちまったが娘は時々遊びに来る。そっちはどうだい?」
「おかげさまで親子四人元気でやってる。街づくりの仕事をしていて都心のマンションに住んでいるってのもたいがいだから郊外に引っ越したいんだけど子供たちの学校やなにかでそう簡単じゃない。家内は引っ越すと友達と離れちゃうから嫌だって言うし」
「家庭円満だね」
「いやいや、お前のような一人暮らしがうらやましいよ」
そのあと二人は学生時代の仲間たちの噂話で盛り上がった。
車がトレーラー・ハウスに着くと、
「いやあ、ご両親の畑の脇とはいいスポットを考えたね。トレーラー・ハウスは便利だけど狭くはないか?」と森山がいった。
「一人暮らしには十分だよ」
「そんなもんかなあ」
「さあ、どうぞ」久岡は森山をハウスの中へ招き入れた。
一通りなかを見学すると「やっぱり建築家がつくるとコーナーの収め方なんかがきれいだ。それに意外とせまくない」森山は感心していった。
「図面だけ引いて施行は知り合いの工務店と一緒にね」
「今日は柿本の方から来たけど、有前町からも近いのか、ここは?」
「柿本駅からと有前駅からとはほとんど同じ距離だ。有前からの方が山が見えて景色がいいからって、娘はいつもそっちからくる」
「なるほど」
一息入れた後、二人はモールの予定地と商店街の視察に向かった。新桑富町一帯と有前町の駅前商店街を徒歩で回ったあと、「BBK(ビアバー・クワトミ)」で一杯やりながらアドバイスを受け、有前駅で解散するというスケジュールだ。
まずハウスから西へ向かい、有前山の裾から有前神社の参道に出る。参道を南に下り、畑の中をモールと駐車場の予定地までしばらく縦横に歩いた。そのあとビルの多い街路を南に桑富駅前まで行く。
「ざっと見、駐車場予定地を含むこの辺の畑のうち二割はすでに耕作放棄地になってるね。残りも大方時間の問題だな、後継者が出ないと」歩きながら森山が厳しい表情でいった。
「僕も久しぶりだったけれど、前より放棄農家が増えたようだ」
「耕作放棄地が増えると市街化調整区域を規制緩和して宅地開発に振り向けるところが多い。貴重な畑をのこすために耕作放棄を食い止めるには、農業人口を増やすしかない」森山がいった。
「だけどこのご時世、若者が農業に興味を持つかな」
「若年農家を増やす方策についてはうちでもいろいろと研究している」
「ぜひご教授願いたいね」
「その話は後にして、有前町の方に行こうか」
二人は桑富駅から有前駅までの一駅を埼玉鉄道で移動した。途中電車が有前神社の参道あたりに差し掛かると、森山が尋ねた。
「有前山の頂には有前神社所縁の何かがあるのかい?」
「いまは小さな祠があるだけだが、社殿をつくろうということで動いている。僕が工事の指揮を取っているんだ」
「なんだ、そんなことをやってるのかい。完全にリアタイー生活に入ったのかと思っていたが、いいことだね。山頂も、せっかく参道が整備されているんだから奇麗な社殿でもあると締るよな」
「ああ、いい景色だし」
「線路の反対側にきれいな公園が見えた」
「数年前に整備された、参道公園という名前だ」
「参道は線路で切断されているね、踏切設備はあるが稼働していない」
「それが面白いことに、線路をくぐる有前川沿いに遊歩道が整備されていて、そこを経由すれば北側の参道に戻れる。少し遠回りにはなるが」
そんな会話をしているうちに電車は有前駅に着いた。
二人は南口から駅前ロータリーを渡り、「駅前商店街」という看板が架かった道路に入った。道幅はそれほど広くなく両側に店舗が並んでいる。食料品や衣料品店、自転車屋やクリーニング店、喫茶店や居酒屋、和菓子屋や米屋などバラエティに富んだ商店街ではあるが、ところどころにシャッターを下ろした店舗もある。二人は商店街を南の端まで歩いたあと、方向転換をして駅の方へ戻ってきた。シャッターを下ろした店は全体の二割ぐらいだろうか。途中幾つかある横道へ折れたりしながら、さいごに二人は目的の「BBK(ビアバー・クワトミ)」に入った。店はロータリーの方から数えて十軒目あたり。時刻は夕方四時を少し過ぎたころ、店内はまだ閑散としている。
久岡は店主の壮太に森山を紹介し、奥のスツール・テーブル席に着いた。店自慢のクラフト・ビールを注文する。
「今日回ってみると、今更ながら放置耕作地とシャッター通りとが同根の問題だってことがよくわかる」森山がいった。「つまり、どちらもローカル・コミュニティにおいて仕事の引継ぎができていないってこと」
「景気の問題は?」
「景気とか災害とか理由は他にもあるだろうけど、それらはある程度予知できるしコミュニティがしっかりしていれば対策を講じることが可能だ。しかしコミュニティがワークしないと対策もなにもない」
「桑富市の行政の問題もあるよね」
「この問題はここだけでなく全国で起きている」
「桑富だけではない?」
「そう、戦後の家族制度や政治体制、予算配分などの財政、相続税などの税制、それらの問題によってコミュニティの崩壊は日本全国で起きている。ここだけの話じゃないんだよ。まあ、それだけに俺の仕事はやり甲斐があるんだが」
「僕は建築一辺倒であまり社会全般のことを勉強してこなかったが、こうして引きこもっていろいろと考えてみると、君のいうように今の日本は様々な面で制度疲労を起こしているね。企業にしてもモラルが崩壊している」
「制度疲労、そうかもしれない。高度成長時代の負の遺産が目いっぱい表に出てきた感がつよい。だからオセロゲームじゃないけど、石を一つひとつ根気強く裏返していかないと。今回身近に例題が与えられたわけだし、一緒に桑富の街おこしを考えようじゃないか」森山がそういったとき、二人の前にビール・ジョッキが運ばれてきた。
「街おこしとはコミュニティの活性化に他ならない。それと、ここのシャッター通り撲滅にはもう一つ見直しが必要だ」森山がいった。
「もう一つの見直し?」
「そう、ここは鉄道の駅があるから車の乗り入れを減らすということ。今の時間、人通りよりも車の往来の方が多いだろう。今日みたいに徒歩なら、横町に入って少し歩けば風呂屋があったり、スコーンを売っている店、品揃えのいい金物屋があったりしていることに気付くけれど、通りを車で走っただけでは分からない」
「歩くことで回遊性が生まれる」
「回遊性が増せば、人と人の出会いが増えてコミュニティの活性化につながる」
「たしかに。ところで、さっきの若年農家を増やす方策っていうのは?」
「いろいろあるけど、基本的には兼業や協同事業をやりやすくする組織づくりだよ。最近できた制度を上手く生かして、農業に人が集まりやすくする」森山はそういって自分が主導した実例をいくつか話しはじめた。
二人の席へ挨拶に来た壮太に久岡が街おこしの話をすると、壮太は「ぼくも商店街の寺山さんや魚正のトツさんたちとどうしたらいいか話しています」
「ああ、あの人たちだね」久岡は二人のことを森山に話した。
「商店街の人たちも考え始めてるんだ。それは心強い。こんど是非会ってみよう。そうだ、こうなったらうちにいる研究生で、この辺りの出の子がいるからこのプロジェクトを手伝わせよう、彼女の勉強にもなるし」
「それは素晴らしい。僕と壮太君が間に入って、商店街の人たちと打ち合わせをセットするよ」と久岡。
「モール建設で市を活性化しようという新桑富町の話で」と壮太が続ける。「寺山さんやトツさんと話したのは、モールができると端的に言ってこっちの商店街の客が減ってしまうということ、それと大手のデベロッパーが建設を進めるとお金が地元に落ちないだろうし、モールの場所や規模、どんな店舗が入るかなどが僕らと関係なく進められてしまうということ、今のところそんなのが僕らの不安材料なんですけど、どうでしょうか」壮太が森山に質問した。
「モールが一概に悪いわけではない。そういう場所での無名性の消費行動も人にはときに必要だ。でも久岡から聞いた話で、大きな駐車場をもった巨大モールはここのような古くからある街には向かないと思うね。君がいった理由と重なるが、モールは大きくなればなるほど入る店舗は地元に根差さない企業のチェーン店が多くなる。彼らは採算が取れないとすぐに撤退してしまう。それが繰り返されるとモール自体が魅力のない場所になり客足が遠のき、やがてモール自体が廃墟化してしまう。うまく管理が出来ないんだよ、ビック・モールってやつは。それにここは鉄道の駅があるから車の乗り入れをすこし見直した方がいい」
「車の乗り入れを見直す?」
「そういま久岡にも話してたんだが、ここの街おこしには車の乗り入れを減らすことが必要だと考えている。歩きが増えるとそう、のどが渇くから君のところも繁盛する!」
「うちのビールは桑富酒造の井戸水を使っているんです。父に言わせると駐車場や県道工事で有前川の土壌や水質の問題が発生するかもしれないんで心配してます」壮太がいった。
「水問題か、話はさっき久岡から聞いたよ。水汚染の方は専門外だけど、有前川は立派な一級河川だから土壌や水質に問題がでたら大変だし、そうだなあ、だれか水に詳しいやつをこのはなしに巻き込むか」森山はそういってちょっと考えてから「よし、やってみよう!」といって勢いよくビールを呷った。
(つづく)