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■オリジナル作品:「続・記号のような男」(目次

「続・記号のような男」 第十二回

12.「次治」にて(2)

 六月中旬の月曜日、居酒屋「次治」では夕方の早い時刻、八百屋の寺山(八ちゃん)、魚屋(魚正)のトツさん、新島食堂の光子(みつこ)、それに桑富スポーツ・クラブの佐伯衿子の四人が集まって、桑富市に出来るかもしれないショッピング・モールや有前山山頂の奥宮について話し合っていた。モールについて有前商店街に店を持つ三人は反対の立場である。奥宮に関してはすでに遂慧和尚の妙案が芝山から伝えられていてお金については一安心といったところ。会話には店主のじーちゃんもときどき加わった。

「モール建設について新しい情報では、いまの建設予定地の東側に広い駐車場を造る計画が出てきて、産業連合会はその辺りの農家さんから土地を買い上げるつもりらしいわ。農家さんたちは老齢化の上に後継者がいないところが多いから、みんな売却に傾くと思う」情報通の衿子が言った。「スポーツ・クラブに来る安西くんという会員さんがいるんだけど、彼その地域で若いのに畑をやっていて、自分は反対だけどまわりは年寄りばっかりだから、って嘆いてた」
「そいつ、見込みあるねえ。こんどここへ連れてきなよ」と八ちゃんがいった。
「そうする。お酒も好きそうだったし」
「商店街のほか連中はだいたい三人と同じ意見かねえ、モール建設反対ということで」奥で作業をしているじーちゃんがいった。
「だと思いますよ、お客を持っていかれちゃうわけだから。それよりまだ知らない人たちが多いかもですね」トツさんがいった。
「こっちへも人が流れて来るからいいっていうやつもいるんじゃない?」
「じーちゃんのところはそうかもな」八ちゃんがいった。
「いや、うちのお客は常連さんばっかりだから関係ないけど、商売がかぶらないところはいいっていう店も出てくると思うよ」と店主。
「理屈はそうなんだけど、じーちゃん、おれが嫌なのは客を取られるってのが理由その一だけど、あと、仕切りを大手のデベロッパーがやるだろうってところなのよ」八ちゃんがいう。「そうなったら地元にお金は落ちないし、モールの場所や規模、どんな店舗が入るのかなんて話が、我々と全く関係なく進められるわけだろ」
「そりゃそうだ」じーちゃんもそれには同意。

「農地を買い上げるには一つ問題があって、それはいまの法律だとあの辺り農業以外の宅地開発はできないことになっているらしいの。でも市が規制緩和すればできるようになる。それには議会承認が必要だから議員さんたちに反対してもらう必要がある」と衿子。
「その話私も聞いたけど、谷沢市長はどう考えているのかしら」みつこがいった。
「わからないな」
「お年だし、産業連合会とやり合うにはもっと若い人がいいのにね」と衿子。
「そんなやついないだろう、前回対立候補だった島谷ってのは若いけど、産業連合会の支持を受けているし、そもそもどっかからの落下傘候補だろ」八ちゃんがうんざりした表情でいった。
「東京都江東区の区議さんだったって」
「だから桑富のことなんか何にも分かっちゃいないのよ」と八ちゃん。
「分かろうともしない」とトツさん。
「そう、経済、経済で押すんだよ」
「大きな駐車場を作って遠くからも客を呼び込むつもりよ」衿子がいった。
「そうなりゃこっちはますますピンチだな」と八ちゃん。
「そうなるね」トツさんが弱々しげにつぶやいた。
「じーちゃんやみつこはモールが出来てもわれわれから仕入れてくれよな」八ちゃんが二人に念を押す。じーちゃんとみつこが声をそろえて「わかってる」と答えた。

「もう一つ心配なのは、駐車場が出来るとそのための道路が必要で、いまある県道を延長する案もあるらしい。そうするとキーオさんが熱心な参道が分断されてしまうかも」と衿子。
「それはたいへんだ」
「せっかく奥宮が出来ても参道が分断されてしまうと魅力半減ね」
「キーオも心配するだろうな」

「それと、このあいだうちへ来た弓子さんがいっていたけど、桑富酒造もモール建設を心配しているんですって、水の件で」みつこがいった。「あそこは敷地内の井戸から水を汲み上げているんだけど、駐車場の場所は有前川に隣接しているし県道は川を跨ぐことになるから、川の土壌や水質が変わってしまうんじゃないかって、とくに先代が懸念しているそうよ」
「BBKの壮太は客足だけでなく、水のことも心配になるな」八ちゃんがいった。「桑富酒造から水をもらっているからか」
「そういうことでしょうね」
「参道公園のときにお世話になった“有水の自然を守る会”の人たちも知ったら反対してくれるよ、たぶん」とトツさんがいった。
“有水の自然を守る会”は、有水山系全体の環境保全をミッションとするボランティア団体。その運動の一つが、有前川の土手沿いを川上から川下までずっと歩けるようにすることで、桑富市内では全ての工事が終わっている。

「放射光研究所はこういうときニュートラルなんだろうなあ」と衿子。
「あそこは産業連合会に入っているんだろ?」
「半官半民だからあくまでオブザーバー的なんだと思う」
「建築家の久岡さんはどういう意見かな」トツさんがいった。
「専門外だよ、彼は」と八ちゃん。
「もっと農家の人たちの話も聞きたいね」とみつこ。

 しばらく酒がすすむ。八ちゃんがいった。
「われわれも何か作戦を立てようぜ。モールと駐車場の件、三つ切り口があるな。一つは有前商店街の客問題、二つは参道分断の問題、それと水の問題。といっても水の件は壮太や弓子さん、参道の件はキーオと相談しながらでないとな。農家の後継者の問題もあるけどそれはその安西くんと話しながら考えよう。おれとトツさんは壮太に水の件いろいろ聞いてみる。商店街の他の連中にも話してみるよ。みつこは弓子さんとまた会ってみて。衿子はキーオさんの方を頼むわ。作戦に目処が立ったらそれをもって市議会議員たちにも働きかけよう」
「そう、議会に規制緩和条例を否決してもらうのが一番早い」と衿子がいった。
「議員さんたち、モールに賛成なんじゃないの」とトツさん。
「そこをなんとか説得しなきゃ。参道公園を作るって話だってはじめは無理筋だと思ってたんだから」と八ちゃん。
「あのときのように町の人も巻き込まないと」と衿子。
「そうだな」トツさんが頷いて拳を握りしめる。
「でも、モール以外でそれを上回る経済的メリット、私たちでつくり出せるかしら」とみつこ。
「モールに賛成する人の意見も聞いておいた方がいいよ。なにかあるかもしれないから」奥からじーちゃんが言った。

(つづく)
「続・記号のような男」 第十二回(2026年01月04日公開) |目次コメント(0)

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