8.富永派の画策
「また芝山君かい、公園騒ぎのあとしばらく大人しくしていると思ったら、こんどは神社を巻き込んで山のてっぺんに何か作ろうってんだな。しかし、それと産業連合会のショッピング・モールとどう関係するんだい?」放射光研究所の富永副所長が隣に座る伊藤経理部長に尋ねた。場所は副所長がデータ処理センターにいるとき彼らがいつも屯(たむろ)する新桑富町のバー。そこにいるのは反石橋所長派の面々、富永副所長、伊藤部長、それと瀬戸広報課長の三人である。副所長は瀬戸課長から彼が先日盗み聞きした田上幸子の電話の内容を聞かされた。そして、伊藤部長が有前山山頂の奥宮とショッピング・モールとを関係させるというので、こうかれに尋ねたのである。
「再来年の市長選挙にむけて、産業連合会が推しているのは島谷候補ですが、島谷候補の目玉政策があのモール建設です」伊藤部長がいった。
「それは知っている。車のアクセス問題は初耳だが、産業連合会はどう考えているのかな」
「それは分かりませんが、われわれが埼玉鉄道の社長が危惧していることを彼らに伝え、アクセス問題の解決策を提案すれば彼らも喜ぶでしょう」
「解決策?」
「モールへの県道の引き込み延長ですよ」伊藤部長が声を潜めていった。
「有前駅の西を南北に通る県道から、モールの敷地まで道を延ばす?」
「そうです。そうすればモールへの車のアクセス問題は解決できますし、道は参道を横切るかたちになりますから山頂の奥宮づくりにも影響を与えます」
「参道が県道で分断されてしまえば奥宮の魅力は半減する」
「そういうことです。石橋所長が地元企業に寄付を頼んだとしても、参道を分断する県道の計画がわかれば彼らも手を引くでしょう。それどころかそんな計画があることを伏せたまま寄付を募ったことに対して所長を非難するに違いありません。それが所長への打撃となる」伊藤部長はそういってにやりと笑った。
「副所長はたしか県の道路整備局にお知り合いがいますよね」伊藤部長が続けた。「その方に、県道引き込み延長を検討して欲しいとお願いしていただきたいのです」
「ああ、望月さんね。同じゴルフ・クラブの会員だからときどき顔を合わせるよ。彼に依頼してくれということだな」
「町が困っているということで」
「研究所の地元愛から出た依頼として」
「そう仰れば先方も引き受けてくれると思います。県外からも人を呼び込める話ですから。私は私で、産業連合会事務局の広瀬さんに、埼玉鉄道の社長が車のアクセスを心配しているという話を伝えておきます」
「もう知っているかもな。県道の話は俺が望月さんに話して感触がよかったら、君から広瀬氏に入れ智恵してやってくれ。そして産業連合会から正式に依頼させる。俺たちはあくまで黒子として動く」
「広瀬さんとは、次の市長選挙のことで最近いろいろ話していますし、我々の立場も理解してくれています。双方ウイン・ウインでやれますよ」
「私の方でも県の広報部門にモールの件を聞いてみます」瀬戸課長がいった。「話は伝わっていると思うんで。まだ非公式かもしれませんが」
「道の話はまだせんでいいよ。県の方でモールについてどこまで掴んでいるかを探っておいてくれ。望月さんへの話の持っていき方の参考にするから」
「了解しました」と瀬戸課長。
「これでモールと奥宮の話が繋がったな。県道の引き込みで所長に打撃を与えると同時に産業連合会に貸しをつくることができる」
「新市長が誕生したら地元として研究所の人事にいろいろと働きかけて貰いたいですからね」と伊藤部長。
「そうだな」
「今度こそ上手くやりましょう」
「瀬戸くんは田上課長、伊藤くんは杉田係長をつかって芝山君、このご両人の動きを監視してくれ。俺は所長の動きを見張っているよ、いつも通り」
三人は陰鬱な笑いを浮かべて手にしたグラスを合わせた。
(つづく)