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■オリジナル作品:「続・記号のような男」(目次

『続・記号のような男』 第七回

7.ショッピング・モールの事情

 翌日、芝山は研究所の昼休み、同期の田上幸子に有前神社奥宮の件を話しておこうと総務部を訪ねた。芝山はここ「放射光研究所付属データ処理センター(デーセン)」の経理課長、幸子は総務部人事課で福利厚生を担当している(役職は課長)。参道公園をつくるとき芝山は幸子にいろいろと世話になったので、今度も、彼女に相談すれば何かいい考えが浮かぶかもしれないと思ったのである。

 芝山は幸子に、有前山山頂に有前神社奥宮をつくる話が進んでいること、そのために市が山頂の土地の無償貸与と周辺整備を請け負う予算を組んでくれたこと、友人の久岡俊夫という建築家が工事の指揮を取ること、しかし久岡が計画を見直したところ、建設予算が数百万単位で足りないと判ったことを説明し、追加して、桑富連合会が新桑富町にショッピング・モールを作ろうとしている話をした。
「きみも知るように、僕が参道公園を作ろうとしたのは、参道を有前神社から有前山まで一気通貫でつなぎたかったからなんだけど、公園が出来たことで有前神社が有前山山頂に奥宮を復活させようと考えてくれたのだから、参道と有前山との結びつきがより強固なものになるわけで、これは是非成功させたいと思っているんだ。参道はまだ途中の踏切が閉鎖されていて一気通貫とはいえないけれど」
「参道公園ができたことで、由緒ある有前神社が奥宮を復活させようとしているなんて、嬉しい展開ね」幸子がいった。
「でも予算の埋め合わせをしないと工事がスタートしないから、市の山頂整備も先延ばしになるだろう、来年は市長選挙の前年になるから、そこまで工事がずれ込むと、産業連合会派市議の反対で整備予算なんかが削られてしまう可能性があるらしい」
「谷沢市長は二年前、産業連合会の推薦する島谷候補をなんとか破って三選されたけど、来年あたりから反谷沢の動きが活発化しそうね」
「うちの研究所が寄付するような性質の金じゃないしなあ」
「ショッピング・モールの件は私も別の所から聞いたことがある。あの敷地、埼玉鉄道の桑富駅からまっすぐ北へ行ったところでしょ」
「いや、知らないけど」
「そうなのよ。あのあたり、埼玉鉄道の不動産部門が土地を持っていて、新産業連合会がそこにアプローチしたって聞いたわ」
「また埼玉鉄道か、参道の踏切を再開しないのも彼らだからなあ」
「埼玉鉄道の社長は今も石橋所長と大学同期の棚橋さんだから、所長に聞けばショッピング・モールのこと何かわかるかも」
「棚橋社長って、踏切再開の検討を中止した御仁だろ」
「そうだけど、緑道のトンネル工事を公園完成に間に合うよう優先してくれた人でもあるわ」
「たしかにあれは助かった」
「明日は所長がデーセンに出社する日だから、お昼休みにちょっとお部屋を覗いて、有前神社の奥宮の話をしてモールのことも伺ってみるわ」古い社員である田上幸子は人事課にいる関係もあって石橋所長とは気安く口がきける。
「そうしてくれると有難い」
「何かわかったら連絡する。奥宮の件はそのうち芝山くんからくわしく報告させますっていっておくけどいいわね」
「ああ、所長には公園づくりのときもお世話になったから、奥宮の件も報告する義務がある」

 翌日の昼休み、幸子は所長の石橋に奥宮の件を話し、埼玉鉄道のモールへの関りについて尋ねた。
「山頂の奥宮か、いいね、町に活気がでる。きみのいうように参道公園ができたお陰だな」石橋所長は愉しげに言った。
「こんど芝山さんにくわしく報告させます。工事の指揮を取る人とも知り合いらしいですし」
「俺も会ったら時間をとって説明しろといっておくよ」
「図面やパースなんかもあるでしょうから」
「シッピング・モールの件はこの間、棚橋から愚痴を聞いたよ。あそこの不動産部門は鉄道の子会社なんだが、そこの社長が経営下手でこれまでもいろんなところで損を出しているらしい」
「ええ、そうなんですか」
「こんどのモールの件も、車のアクセスがあまりよくない場所だから成功するかどうかわからないのに、土地を売るだけでなくデベロッパーとして事業に一枚噛もうとしているらしいんだ。困ったもんだと嘆いていたよ」
「産業連合会が社長にいろいろ良いことを吹き込んでいるのかしら」
「そうだろうな、彼らは投資に絡ませて土地代とオフセットしたいんだろう。まあ、モールの件はしばらく様子見だろうな棚橋も。子会社のことに口出しするにはそれなりの手順が必要だから」
「埼玉鉄道さんの事情がすこしわかりました」
「山頂の奥宮の件はあいつに話しておくよ、金は出さないだろうけど。おれも地元の企業さんで寄付してもらえそうなところがあるか考えてみる」
「有難うございます」
幸子は礼をいって所長室を辞した。

 その日の午後、幸子は芝山に石橋所長との会話を電話で伝えた。
「所長さん、嬉しそうだったわよ、奥宮の件」
「木を育てるのは立派な科学だっていう人だからね、所長さんは。神道は森や山の自然も信仰するから、どこか木を育てることと似ているのかもね」
「神道は、本宮とか参道とか奥宮とか、場所をかならず縁起とするわ」
「なるほど、木を育てるのもかならず場所が必要だ」
「奥宮への寄付金の件、所長も地元の企業さんで寄付してもらえそうなところがあるか考えてみるって仰っていたわ」
「朗報があるといいね。それで、モールの方はどうだった?」
「モールの件を扱っている埼玉鉄道の不動産部門、土地をデベロッパーに売るだけでなく、モール経営にも参加するつもりらしい。でも棚橋社長は、あそこの敷地は車のアクセスが悪いから、モールとして成功するかどうかだいぶ不安視しているようよ。棚橋社長は、土地の売り切りだけにさせたいみたいだけど、不動産部門は別会社だからどうなるかまだわからないって」
二人の会話はそれで終わったが、同じ総務部の瀬戸課長が後ろの席で、幸子の話をこっそり盗み聞きしていたことに彼女は気付かなかった。

(つづく)
『続・記号のような男』 第七回(2025年11月30日公開) |目次コメント(0)

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