6.「次治」にて
翌週の月曜日、芝山は仕事帰りに駅前商店街にある居酒屋「次治」に寄り、常連客の寺山(八ちゃん)とトツさん、新島食堂の光子(みつこ)の三人に有前神社の奥宮の話をした。早い時間だったのでまだ客は少なかった。芝山が一通り話し終わると、
「有前山の山頂に奥宮を作りたいって話、去年の屋台村で前田宮司さんからちらっと聞いていたことがあるけど、それがいよいよ実現しそうなのね。やっぱり参道公園が出来たことが大きいか」とみつこがいった。
「あれで俺たちの商店街も活気がでてきたわけだから、山頂に奥宮が出来たりしたら、参拝客なんかが増えて、もっと景気が良くなるぜ。工事に久岡さんが絡んでくれるってのも頼もしい」と八ちゃん。「それで、寄付金が足りないって、いくらぐらいの話なの?」
「まだ検討中ですけど、三百万円くらいらしいです」とキーオが答えた。
「僕らには大金だわ」とトツさん。
「そうか、俺たちが出せるのはたかが知れてるから、どこか大口を探さないと」
「どこかあるかしら」
「僕と久岡さんもいろいろと考えているんですけど」
「商店街の連中を説得するのは難しいかもな。長い目でみて利益が見込めても、神社の奥宮じゃ直近の利益に結び付かないから。一応商店会会長の駒井さんに話してみるけど」そう八ちゃんがいうと、店の奥で話を聞いていた主(あるじ)のじーちゃんも、「むかしだったら信心深い人が多かったから商店街からも寄付金が集まったかもしれないけど、このご時世、どこもかつかつだからね」といった。
「チラシを作って寄付金のキャンペーンを張ることぐらいは俺達でもできるけど」と八ちゃんがいうと、「いいわね、協力する。でもそういうの、効果的なのは屋台村なんかのイベントのときよね」とみつこがいった。
「我々の屋台村のときだと来年になっちゃうよ」とトツさん。
「そんなに急ぐ話でもないだろうから、いいんじゃない?」と八ちゃん。
そのとき戸が開いて、桑富のスポーツクラブでインストラクターをしている佐伯衿子が店に入ってきた。
「ああ、今日も遅くなっちゃった。じーちゃん、まずビールお願い」
「あいよ」奥から主(あるじ)の威勢のいい声。
ビールがきて皆で乾杯した後、キーオは衿子にも奥宮の件を説明した。
「来年、屋台村でチラシでも配ろうかって話」八ちゃんがいった。
「来年かあ、それちょっと遅いかも」衿子がいった。
「どういうこと?」
「さっきクラブでお客さんが話しているのを小耳にはさんだんだけど、この間みつこが心配していた新桑富町の動き、産業連合会が中心になって、町の北側に大きなショッピング・モールを作る話があるらしいわ」
「それと有前神社とどう関係するの?」トツさんが聞いた。
「ほら、今の谷沢市長、二年前に三選されたけど、新桑富の経済優先の都市開発派には不人気で、あのとき新桑富町の市議や産業連合会に担がれて出馬した島谷という人が、ショッピング・モールのプロジェクトを目玉に、再来年の選挙に再出馬することが決まっているんですって。だから来年になると谷沢市長四選阻止の運動が本格的に始まる」
「それで?」
「さっきキーオさん、市が山頂の土地の無償貸与と周辺の整備を予算に組み入れている、といったわよね」
「それが四選阻止の口実の一つに使われる?」
「そういうこと。彼らは何でも利用するでしょうから。なぜ市が宗教施設に金を出すんだと言い募るでしょう」
「谷沢さんも市のためになることだからといって、堂々としていればいいんじゃない?」とみつこ。
「あの谷沢さん、お年だから攻められると脆いし、そもそも四選に出馬できるかどうか」
「今年中に奥宮の社殿づくりが始まらないと、来年は予算から削られてしまう恐れがあるということですね」キーオがいった。
「そういうこと」
「衿子はあいかわらずいろいろと知っているね。来年の屋台村じゃあ寄付金集めは遅いということだな?」八ちゃんが聞いた。
「そう、今年中に工事が始まってしまえばいいんでしょうけど」
「来年まで待っていられないとすると、早々にチラシを作って商店街の店頭に置いてもらうしかないな」と八ちゃんがいった。
「ここにも置かせてもらうよ」と奥にいるじーちゃんの声。
「うちの食堂にくるお客さんにも配るわ」とみつこ。
「BBKにも置いてもらおう。あそこはハイカーなんかも寄るから、山頂の奥宮なんて興味を持つ人がいるかもしれない。うちは魚屋だからあまり意味ないけど、置くよ一応」とトツさん。
「僕は、参道公園をつくるときにお世話になった推進協議会の皆さん、“有水(ゆうすい)山系の自然を守る会”の方々、などに話をしてみます。寺山さんも商店会会長に話す件よろしくお願いします」
「了解。勿論うちにも置くよ。八百屋だから金持ちはこないけど、じーちゃんがいう信心深いお年寄りたちがくるからね、多少金が集まるかも」
「今日のことは久岡さんや遂慧和尚、前田宮司にも伝えておきます」しだいに客が増えてきたので、キーオはそういうと皆より一足先に店を出た。
(つづく)