5.久岡と芝山
「こんにちは」芝山輝夫(キーオ)はそういってトレーラー・ハウスのガラス扉をノックした。窓が開いていたので声も中まで届いた。
「あ、どうも、よくいらっしゃいました」中にいた久岡がそういって扉を開けた。有前神社で遂慧と久岡が前田宮司と打ち合わせを持った三日後の午後のことである。久岡は、奥宮づくりの予算が足りないことを芝山に報告し詳細を説明するために芝山を自宅に招いたのだった。電話で場所を聞いたキーオは、有前神社の参道脇にある自宅アパートから自転車でここまでやってきた。
久岡はキーオをソファーに座るよう促し、自分はテーブルの下にあるスツールを出してそれに浅く腰掛けた。
「トレーラー・ハウスって、中は意外と広いんですね。外からは小さく見えるけど」ソファーに座った芝山はハウスの中を見渡しながらいった。
「長さは12メートル、幅2.5メートル、高さ3・8メートルだからそう大きくはないけれど、一人で暮らすには十分ですよ、ご案内しましょうか」
「是非!」
「じゃ、どうぞ」久岡は芝山を伴ってキッチン、奥の洗面所、シャワーとトイレ、それから階段を上がってロフトの寝室を案内した。柴山は寝室の天井が低いことに驚いて「これって、ちょっと閉所恐怖症になりません?」と尋ねた。
「ベッドに寝っ転がってしまえばこの高さで充分ですよ。天窓があるでしょ、ここから広い空も見えるし」
「星座に詳しくなりそうですね」
「そう、去年星座の本を買いました」久岡は棚にあった本を芝山に見せた。
「困りましたね、予算ショートですか」ソファーに戻り、久岡から詳細を聞いた芝山はそういってため息を吐いた。「久岡さんのいうように、鳥居を止めたり社殿を小さくしたりすれば出来るんでしょうが、せっかくの奥宮だからと宮司さんが逡巡するのもわかる気がします」
「今の額以上を氏子さんや企業さんから集めるのは難しいようで」
「追加で必要なのは、ざっと三百万円ぐらいでしょうか」と芝山。
「見積もりを取る前ですからなんとも言えませんが、大体そのくらいでしょう。桑富信用金庫の田辺さんに相談する手はありますね」と久岡。
「でもお金を借りるとなると担保が必要でしょう。有前神社さんにそういったものがあるかどうか。不動産の運用などは少しやられているようですが、それは通常の経費を賄うためのものでしょうから」といって芝山はさらに続けた。「他から寄付を募るとして、僕が知っているのは、参道公園をつくるときに結成した推進協議会の皆さん、有前川緑道の工事でお世話になった“有水の自然を守る会”の方々、それに有前商店街の人たちですが、それほど集まらないかもしれませんね、金額的には」
「どこか大口の寄付があるといいんですが」と久岡がいった。
「そうですね、でもどこがあるかなあ、僕が勤めている半官半民の研究所は、有前神社とは縁もゆかりもないですし」
「神社に所縁のある企業さんの名前はすでに寄付リストにありましたしね。いまの桑富の市長さんは協力的なんですよね」
「ええ、山頂の土地の無償貸与と周辺の整備を予算に組み入れてくれましたから。谷沢さんは参道公園づくりにも協力してくれました。でも神社の奥宮づくりそのものとなると、市の予算を割くのは無理でしょう」
「桑富市のほかの区域、柿本町、桑富町、新桑富町、有先町に有力な企業はありませんか?」と久岡。
「まだ公表していないからわかりませんが、公になれば興味は持ってくれる企業はあるかもですね。でも、新桑富町の産業連合会などは、もともと経済優先の都市開発を進めていますから、神社の奥宮づくりなどに寄付はしないだろうなあ」
「埼玉鉄道さんはどうでしょうかね、奥宮ができれば観光資源になるから乗客が増える」
「そうですね、埼玉鉄道さん。ところで鉄道といえば、“開かずの踏切”の話があるんです」キーオはそういって三年前のことを話し始めた。
「参道公園と私の関りは以前にもお話ししましたが、あのプロジェクトははじめ、参道を遮っている踏切を再開する件と一緒だったんです」
「へえ」久岡がいった。
「有前神社から参道を北へ向かって歩いてくると鶴橋があって、そこから参道公園に入ってさらに北へ進むと、今は廃止されている踏切がありますよね」
「はい、あります」
「あの先、鉄道の向こう側は、ふたたび参道が有前山の麓まで続いています」
「畑の中にまっすぐな道がありますね」
「あれ、農道のようですが、農家の人たちが昔の参道を残しておいてくださったと聞いています。僕のもともとの考えは、参道を有前神社から有前山まで一気通貫で繋ぎたかったのです。でも途中で、いろいろな事情から公園をつくる話だけになって、踏切を再開する話はなくなってしまいました。そのとき、桜岩寺の遂慧和尚さんが、有前川が鉄道の下をくぐる場所を人が通れるようにすれば、そこを通って北側の参道に戻ることができるから、遠回りにはなるけれど一応参道が繋がったといえるだろう、という智恵を授けて下さったんです」
「有前川緑道が鉄道をくぐる場所ですね」
「それであの公園も“参道公園”という名前にすることができました」
「なるほど!」久岡はそういってから「でもなぜ参道を一気通貫で繋ぎたかったんですか?」とキーオに尋ねた。
「何時も聞かれるんですよ、そのこと」といって、芝山は並木の緑を繋ぎたいというへんなアイデアを思いついたところから順に、参道公園ができるまでの
経緯を久岡に説明した(その話は『記号のような男』に詳しい)。
「参道公園づくりに芝山さんが貢献された話は以前から伺っていましたけど、その元のアイデアが、並木の緑を繋ぎたかったというのは初めて伺いました」久岡がいった。そして「先日の打ち合わせのときに前田宮司さんが、参道公園が出来たので、神社側も奥宮復活を考え始めたといっていました」と続けた。
「そういう繋がりなんです」
「先日山頂に行って祠を見てきましたが、あれ、いまは有前神社の奥宮として祭られてはいないのですね。だから踏切再開の話の方にみんな熱心になれなかったのかな」
「江戸時代に浅間大社の下宮となったと聞いています。由緒書をみると、神社の名前は有前山神社だけど、祭神が有前神社とは違いますから。でも今回、有前神社さんが社殿を建てて奥宮として復活させたいと」
「山頂に有前神社の奥宮ができれば、本宮から奥宮まで参道が一本道として繋がっている方がすっきりしますね」
「僕はいまでも踏切を再開して欲しいと思っているんです」芝山はそういうと、ソファーから立ち上がり東側の窓から外を眺めた。
「春の花がきれいですね」彼が花壇を見ていうと、
「ちょっと外へ出てみましょうか」といって久岡はキーオを表へ誘った。
午後の日差しのなかへ出ると、春風が心地よく二人を包んだ。久岡が造った花壇には、オルレア、マーガレット、薔薇、ナシタチウム、パンジー、フランネル草などの春の花が咲き乱れている。みると花壇の脇に植えてあるオガタマの木が倒れかかっていた。久岡は物置からデッキチェアを出して芝山を花壇の脇に座らせたあと、シャベルを出して木を立て直した。
「風が強かったんですかね、前に見たときは大丈夫だったんですが」
「でも蕾がいい香りです、咲きかけたのも」
「この木は大きくならないから、此処に丁度良いんですよ」
久岡はシャベルを物置にしまうと、デッキチェアをもう一つ出して芝山の隣に座った。
「ところで、娘さんはお元気ですか?」キーオが久岡にたずねた。
「お陰さまで。先日も会いに来てくれたので、一緒に有前山に登ったんですよ」
「それで祠のことや、石段の崩れのことをご存じだったんですね」
「そういう次第です。芝山さんの息子さんもお変わりなく?」
「相変わらずですよ、もう七歳ですが悪戯好きで困っています」
「都心と違って、こういうところだと伸び伸び育つのでしょうね」
「こんど娘さん、しほりさんでしたか、がいらっしゃったとき、輝樹を連れてきますよ。遊んでやってください」
「いいですね、一緒に有前山にでも登りますか」
「それは楽しそう」
「完成した奥宮を想像しながら」
「例の寄付の話、来週まず商店街の人たちと会って聞いてみます」
「私も何が出来るか考えます」
「奥宮づくりはなんとしても成功に導きましょう」キーオが力を込めて言った。
「そして踏切の再開も」久岡が微笑みながら答えた。
二人はデッキチェアに座ったまま、暫く花壇とその先に広がる野菜畑の景色を眺めていた。日が少し西に傾きかけた頃、二人はハウスの中へ戻った。
(つづく)