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■オリジナル作品:「続・記号のような男」(目次

『続・記号のような男』 第四回

4.打合わせ

 その週の水曜日夕方、芝山は久岡を伴って桜岩寺へ遂慧和尚を訪ねた。久岡が自らの履歴と柿本町に来た理由を説明すると、遂慧は、
「いろいろとご苦労をなさりましたな」と労いの言葉を掛けたあと「ここのお宮の工事管理などにはもったいない経歴をお持ちですが、いまなかなか人がおらんので、ここは一つ宜しくお頼みします」といって久岡に頭を下げた。
 遂慧は久岡のことをすぐに電話で前田宮司に連絡し、あさって金曜日の午後、有前神社で打ち合わせを行う約束を取り付けた。芝山は仕事があるので、参加するのは久岡と遂慧、前田宮司と若い宮大工二人ということになった。

 金曜日の午後、有前神社拝殿脇にある事務棟の一室で、当の打ち合わせが始まった。遂慧が久岡俊夫を前田宮司に紹介したあと、宮司が宮大工たちを二人に紹介。「吉田くんと岩城くんです。久岡さん、なにとぞ宜しくお願いします」宮司はそういったあと、久岡に今回の監理費を提示、小さな額だが久岡が了承すると、宮司が簡単な定型契約書を印刷し、それに双方が署名した。

 休憩の後、前田宮司が、奥宮の図面と内装や外装の仕様、鳥居図面、工事のスケジュール案、予算と資金繰り表などを久岡に開示した。これらはすべて病気になる前の棟梁が用意していたもの。久岡はその一つ一つを丁寧に閲覧した。図面によると、社殿は入母屋造で向拝に唐破風のある本格的な作りだが、山頂の奥宮ということで、外から参拝するだけの小ぶりなものであった。建物の奥には御神札を祀る神棚だけが設置されており、人が入る部屋などはなかった。久岡の質問に宮大工たちが答える。

 一通りすべてを閲覧した後、「小規模ですが素晴らしい奥宮ですね」と久岡は棟梁の設計を称賛した。だがそのあと彼は「しかし、予算の見積もりがちょっと甘いような気がします」と続けた。「先日、前乗りで山頂をちょっと視察してきたのですが、正面の石段にすこし崩れたところがあります。山頂周辺の整備は市が担ってくれると伺いましたが、参拝者の為の石段整備はこちらの負担でしょう。また、鳥居を建てる石段の最上部分には、そのための地盤工事が必要になります。いまある祠の取り壊しもしくは移動にも多少費用が掛かります。それに昨今の材料費などの高騰を考えると、提示されている八百万では足りないのではないでしょうか」と懸念を表明した。
材料費については宮大工二人も、棟梁が三年前の拝殿改修時の領収書などから推測したものであることを認めた。
「やはり専門家に見て貰うと違いますな。どのくらい足りないのでしょうか?」宮司が訊いた。
「くわしくは計算してみないとわかりませんが数百万は下らないと思います」
「いま手当てが出来ているのは八百万までです。追加で数百万規模ですと、なかなか大変だなあ」宮司がため息をついて頭を掻いた。遂慧も、
「ここまでは氏子の皆さん、協賛会社さんから浄財を集められたんでしたな。だからこれ以上となると、同じ皆さんから集めるのはたしかにむずかしいかもしれませんな」といった。
「社殿をさらに小さい規模にするとか、鳥居を止めるとかすれば、今の予算内に収めることは出来るかもしれません」と久岡がいうと、前田宮司は「せっかくつくるんですから、後世に恥ずかしくないものにしたいです」といって縮小案に逡巡を示した。
「儂も前田さんをけしかけた張本人ですから、なにかできないか考えます。うちの檀家さんたちにも相談して。禅寺がこうして本格的に神社と力を合わせるとなると、これ、まさに明治政府が嫌った神仏習合ですな」遂慧が笑いながらそう言った。
 久岡と宮大工二人は、費用を削るためにあれこれ出来そうなことを相談したが、その場でなかなか妙案は浮かばなかった。

 予定の時間が来てしまったので、その日は、
1.山頂の周辺整備について、そのスケジュールや整備の詳細は、久岡が神社側を代表して市と交渉する。
2.材料費については、宮大工二人が中心となり、いまの図面と仕様を元に、これまでに有前神社と取引があるメーカー数社と正式に相見積もりを取る。
3.石段の補修と鳥居を建てる部分の地盤工事については、久岡の知り合いである柿本町の工務店に見積もりを依頼する。
4.毎月第三金曜日の午後、今回と同じ場所と時間で、進捗報告と方向決定のための会議(奥宮進捗会議)を開く。定席メンバーは前田宮司と久岡、宮大工二人とし、必要に応じて遂慧和尚ほかの参加を求める。

などを取り決め、予算オーバーについての懸念は、それぞれ何が出来るか、三者(神社側、久岡、遂慧和尚)が持ち帰ることとして、その日の打ち合わせはお開きとなった。

(つづく)
『続・記号のような男』 第四回(2025年11月09日公開) |目次コメント(0)

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