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■オリジナル作品:「続・記号のような男」(目次

『続・記号のような男』 第二回

2.開店一周年パーティ

 芝山輝夫が遂慧和尚と会った八日後、有前町の駅前商店街にある「BBK(ビアバー・クワトミ)」で、開店一周年を祝うパーティが開かれた。定休日の月曜、招待されたのは店主が世話になった人たちや友人、身内、常連客ら合わせて三十名ほど。パーティの開始は午後六時。店内はカウンター席と丸いスツール・テーブルが三つのこじんまりした構えだから、そもそも全員が席に着くことはできない。それでも店主の大村壮太は、できるだけ多くの人に来てもらいたいと、身内や親しい友人には立ったままで我慢してもらう積りで招待人数を決めた。

六時半を過ぎると招待客がほぼ集まり、店内は人で一杯になった。いま店の外にいるのは、同じ商店街に店を構える八百屋の寺山(八ちゃん)と魚屋(魚正)のトツさん、新島食堂の光子(みつこ)の三人。店の入り口脇で立ったままグラスを持って話している。
「ここがオープンしたのは去年の屋台村のすぐ後だったな」と八ちゃん。「最初は良かったけど、梅雨に入ったらしばらく客が来なくて閑古鳥が鳴いてた。どうなるか心配だった」
「でも持ち直したよね」とトツさん。
「そう最近いつもだけど、夏が暑かったから」とみつこ。
この三人は開店当初から何かと若い店主大村の相談に乗ってきた。駅前商店街にとって新しい店は大歓迎なのである。
「それにしても、一周年、大したもんだよ!」八ちゃんがいった。
「若いのに頑張ったわよね、壮太くん」
「冬に休業しようとしたよね」とトツさん。
「実家の酒造りに駆り出されたんだけど、おれ絶対店を閉めるなって」と八ちゃん。
「それで林くんが手伝うようになった」とみつこ。林優一は都内の醸造施設で壮太と一緒にクラフトビールづくりを学んだ友人、いまは共同経営者としてここで一緒に働いている。
「地ビールは毎日が勝負で、長く休んじゃうと味が落ちる」
「それはどうなの?」とトツさん。
「休むと客が来なくなる」
「それはあるね」
「未羽ちゃんも接客をやるようになって」とみつこ。中松未羽は壮太のガールフレンドで、今年から店を手伝うようになった。
「この商店街もだんだん賑やかになって来たよな」八ちゃんがいった。
「有前町が活性化するのはいいけど、新桑富町から人がこっちに流れてきているのもあるから、きっと彼ら何か考えるわよ」
「あっちはあっちで何かやればいいんだよ」とトツさん。
「そうね、同じ桑富市なんだから共存共栄でいきたいわよね」
「そういうこと」
「そろそろ壮太くんがご挨拶するって」店の扉を開けて中から飲み仲間の佐伯衿子(えりちゃん)が三人に声をかけた。彼女は桑富のスポーツクラブでインストラクターをしている。「わかった。いま行く」と八ちゃん。
グラスを持ったまま、三人は店の中に戻った。

 店内では、バーカウンターを背にしてスラっとした青年が立っていた。年のころはまだ二十歳をちょっと過ぎたくらい、デニムのジーパンにスニーカー、黒いTシャツを着ている。その周りに人が輪になって彼の挨拶を待っている。カウンターの向こう側にはこれも若い男女が二人、共同経営者の林優一と接客担当の中村未羽だろうか。青年が話し始めた。
「こんばんは。今日はBBKの開店一周年記念パーティに来ていただいて有難うございます。この一年間本当に山あり谷ありでしたが、なんとかこうして一周年を迎えることが出来ました。これもすべて皆さんのお陰だと感謝しています。酒蔵の息子ですから、小さい頃から「発酵」という微生物の働きを面白く感じていて、この微生物をビジネスに生かせないか、それも実家の日本酒とは違う形で、と考えたのがこの商売でした。いろいろと規制が変わったことも背中を押してくれました。自分がビール大好き人間だというのも勿論あります(笑)。今日はゆっくり楽しんでいってください。その前に、今日お招きした皆さんをご紹介させていただきます。紹介された方は軽く手を挙げてくださいね」

「まずは皆さん既にご存知の二人、共同経営者の林優一くんと接客担当の中村未羽さんです」木村はそういってカウンターの方を振り返った。二人が笑顔でお辞儀をする。
「次にお金のことでお世話になった、いや今でもお世話になっている桑富信用金庫の田辺英夫さんです。田辺さん、これからもよろしくお願いします!」輪の中の中年男性が笑顔で手を挙げた。
「有前商店会会長の駒井俊彦さん。この商店街に出店するに当っていろいろと面倒を見て下さいました」奥のスツール・テーブルのハイチェアに腰かけた白髪の老人が手を挙げる。
「この店は空き家だったところを改築・改装したんですが、その設計を手掛けて下さった建築家の久岡俊夫さん」入り口扉脇に立っていた男性が手を挙げた。
「不動産屋の竹村さん。この土地と家をお世話下さいました」輪の前の方に立っていた恰幅のいい男が皆を振り返って手を挙げる。
「商店街の寺山さん(八ちゃん)とトツさん、お二人には困ったときにいろいろと知恵を貸していただいています」二人が挙手。
「そしてご近所の居酒屋次治(つぐはる)の店主じーちゃんです。うちで出す乾き物以外のつまみ、唐揚げとか焼き鳥なんかは注文が入ると次治さんから出前してもらってます」じーちゃんが輪のうしろで両手を挙げる。店を手伝いに任せてちょっと抜け出してきたので、挨拶が終ったら戻るつもりだ。
「新島食堂の光子さん。こちらからはナポリタンとミートソースの出前をお願いしてます」みつこが手を挙げて軽くお辞儀をした。今日は新島食堂も定休日なのでBBKのパーティに参加することができた。
「放射光研究所の芝山輝夫さん。屋台村でお会いして以来、経理のことで解らないことがあると教えてもらっています」芝山が手を挙げた。
「よ、キーオ!」八ちゃんが輪の中から声をかけた。
「それから、身内にはなりますが姉の大村弓子、桑富酒造の十一代当主です。父の壮吉から譲られてまだ間もないですがお見知りおきのほどお願いします」弓子がちいさく手を挙げる。

「次はいつもお世話になっている近所のお店の方々です」大村はそういうと、早坂花店、常盤和菓子店、有前サイクル(自転車屋)、並木クリーニング店、鈴木オート(自動車修理工場)それぞれの店主、谷口歯科医院の谷口麻衣院長、桑富スポーツ・クラブの佐伯衿子、それとバー桑富の店主家永氏を紹介した。「早坂花店さんからはカウンターにあるこの大きな花束を頂きました(拍手)。えーと、最後に僕の友人やご常連の方々です」そういうと大村は、醸造施設で一緒だった仲間や高校の学友、幼なじみ達を紹介した。そして最後にご常連を紹介。稲垣さんという男性、店の改装に携わったことで常連となったという工務店の大工宮下さん、有前町に住む大学教授(日本文学)の興津さん他。

「それではしばらくご歓談ください。時を見てみなさまのうち幾人かからお言葉を頂くことになっています。そのときはお声がけしますから宜しくお願いします。さあ、お待たせしました、乾杯をさせていただきます。グラスが空の方は居ますか、大丈夫ですか」大村は皆にビールが行き渡ったことを確認してから、「それでは乾杯!」とひときわ大きな声で叫んだ。「乾杯!」とこたえる声が店内に響き、やがて招待客の皆から大きな拍手が起こった。

 パーティが佳境を迎えるころ、芝山は入り口近くのテーブルにいた久岡俊夫に話しかけた。この久岡こそ、芝山が遂慧に「知っている」と話した建築家である。四十歳半ばの一級建築士。勤めていた建築会社を三年ほど前に辞め、いまは両親の住む柿本町で自適の生活を送っている。
「先日お電話でお話した件、いかがでしょう?」
「ああ、社殿建設のお話ですね」久岡がすぐに答えた。
「一応いろいろ考えてみましたけど、やる人もすぐには見つからないでしょうから、お引き受けしますよ。伝統建築はやったことがないから不安ですけど、私のような者でよければ」久岡は笑顔でそう言った。
「よかった!」
「進捗管理のようなことだけでいいんですよね、図面は出来ているから」
「そう聞いています。さっそく桜岩寺の和尚さんにご紹介しますね。それで納得がいったら、神社側とお会いいただくということで」
「了解です」久岡は手にしたグラスを掲げた。
「有難うございます!」芝山は嬉しそうに答えてグラスを合わせた。

(つづく)
『続・記号のような男』 第二回(2025年10月26日公開) |目次コメント(0)

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