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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第十八回

18.人々の動き

 柴山輝夫の「参道を繋ぎたい」という熱意によって、公園とトンネルが同時に完成しようとしている。ここで、キーオの思いに反応した人々の動きを書き留めておこう。

 まずは桜岩寺保育園の島田園長。彼女は、公園が出来ることは嬉しいけれど、それだけではやはり柴山が可哀そうということで、桜岩寺の遂慧和尚に相談した。桜岩寺は臨済宗大徳寺派の禅寺。今年八十一歳になる住職の遂慧がこの寺に来たのは戦後間もなくのことである。だから師はこのあたりの土地の経緯についていろいろと詳しかった。有前川が線路をくぐる場所に人用のトンネルが出来かけていたことも知っていた。遂慧はまず弟子の叡慧を現場の下見に遣り、基礎工事が済んでいることを確認してから、トンネルで参道をつなぐ案を島田園長に披歴した。「素晴らしいアイデアです!それはもう是非、ご住職の口から柴山さんにお伝え下さい」という園長の勧めがあって、前章にみたような公園予定地での禅問答になったわけだ。本山修業で会得した「公案」を人々に向けて応用するのは遂慧和尚の趣味。公園が出来るだけでは良しとせず、発案者の気持ちに寄り添おうとする島田園長の優しさが、「女坂」というウルトラCを生んだともいえる。

 遂慧は、島田園長を有前神社の前田宮司に紹介した人でもある。そのときは単なる知り合いとして紹介したのだったが、柴山の参道をつなぐ話を知るに付け、有前山神社をふたたび有前神社の奥宮として復活させられないだろうか、と遂慧は考えた。有前山神社が本宮を得れば、荒れ果てた祠は整備され、草木が生い茂る暗い山頂は昔の明るい風景を取り戻すだろう。それは住民にとって喜ばしいことだ。桜岩寺も手伝えることがあれば労は厭わない。遂慧はその話を前田宮司に持ち掛けた。宮司は、拝殿の改修などでとてもそこまで手が回らないと返答したものの、空き地の公園化工事が進むのを目の当たりにし、奥宮が復活できれば氏子も喜ぶのではと思い始めた。そこが空き地だったときは奥宮復活など思いもよらなかったのに不思議なものである。宮司は権宮司と相談し、禰宜たちに手続きや資金手当ての検討を命じた。
 
 埼玉鉄道がトンネル部分の先行工事を受け入れたのは、伏線として棚橋社長と石橋所長との間で踏切再開の話があったからである。幸子は所長室を訪ねてトンネル工事のことを伝えた。
「棚橋もやってくれるじゃないか。踏切のときはビビッて止めたくせに」
「その節はご迷惑をおかけして」
「気にすることはないさ」
「住民の中にも煽る人がいたようです」
「栗山敏行君のお父さんだろ、気付いていたよ。栗山君は惜しいことをした。研究熱心だったのだが魔がさしたというか、世話になった企業に同情して機密情報を流しちまったんだ。裏で俺が別の就職先を世話してやったんだけど、本人には言ってないから、お父さんも知らんだろうな。だから俺に恨みを持ってあんなことをする。まあ、父親ってのも哀れなもんだぜ」石橋は懐の深さを示して人事課長にそういった。

 桑富市役所・公園緑地課の石川由香は、参道公園プロジェクト・推進協議会代表の男性(柴山)が、計画書にない踏切の再開を求めて窓口に来るたびに、いくら決まりとは言え、「要望は書類にしてください」とだけ答えるのが憂鬱だった。計画課に問い合わせてみても「踏切は必要ない」という返事だけ。だから柴山が踏切再開ではなく、有前川緑道のトンネル工事を他の部分よりも優先できないかと言いに来た時、彼女は計画課には相談せず、自分で要望を書類に纏めて上司に提出した。市民の役に立ちたいと率直に思ったのである。

 老齢の桑富市・谷沢市長は柿本地区出身。家族価値や住環境を守ることを掲げて当選した。市長二期目だが、利益と効率優先を訴える市議や産業連合会などに押され、ここのところ公約を後退させていた。有前川緑道は谷沢市長の肝いりプロジェクトの一つだった。参道公園は放射光研究所の後押しもあって実現できそうだが、有前川緑道の方はいつ予算がカットされてもおかしくない状態にあった。トンネル工事を優先することによって二つのプロジェクトが繋がれば、それは市長にとっても有難い筈。由香は、目に止まるよう市長の机の上に要望書のコピーを置いておいた。市が参道公園とトンネルの同時完成を決めたのは、こういった裏方の働きもあったのだ。

 居酒屋「次治」に集まる有前商店街の面々(八百屋の八ちゃん、魚屋のトツさん、食堂を始めたみつこ)は、工事が進むにつれて、公園をどのように商店街の活性化につなげるか真剣に考え始めた。
「有前神社のお祭りのとき、あそこで屋台村をやったらどうかな」八ちゃんがいった。場所はいつものカウンター席。「境内には出るけどその外側にはないだろ、屋台。だから我々が参道公園でやるってのはどうだい?」
「集まるかしら、お店」みつこがいった。
「まだだいぶ先だから、手分けして話せばやってくれるところ、多いんじゃないかな」八ちゃんがいう。
「飲食店だけじゃなく他の店にも声をかけましょうよ」とトツさん。「洗濯屋の名古路さんの娘はるみなんか、料理上手だよ。イカ焼きとかたこ焼きとか、うちの魚安く卸すから」
「いいね、参道公園屋台村」店主のじーちゃんがいった。「俺もやるよ」
「わたしも」とみつこ。
「神社さんにも話しておいた方がいいな」とじーちゃん。
「わたし、島田さんに相談してみる」
「桑富酒造にも声をかけよう、いつも新酒を有前神社に奉納してるし」とトツさん。
「まずは市に話しておかないとな、それはキーオに頼もう」と八ちゃん。
「キーオさん、絶対頑張ってくれると思う。市から予算も出たりして」
「推進協議会の人たちにも協力をお願いしようよ」
「“有水の自然を守る会”にもね」
「よし、じゃあ分担を決めて頑張ろう!」八ちゃんが盃を掲げた。
 ということで、彼らは有前神社の祭りのとき参道公園に屋台村を出す算段を始めた。

 こうした人々の動きは、キーオが新人歓迎会の帰りに桜の切り株のところで上を見上げ、「ここの緑をつなげたい」と思い付かなければ一切なかったことである。遂慧和尚が「形のあるものをつなぐと、形のないことのつながりが見えてくる」といった通りだ。そのほとんどが無駄に終わったとしても、どのような思い付きも発展の可能性を秘めている。だから面倒くさがってはいけない。途中で諦めてはいけない。思い付きもつながっているのだ。

 それにしても、柴山はどうして「緑をつなぎたい」などと思ったのだろうか。放射光研究所の仕事がモノを分断することであり、経理の仕事も物事を(数字で)分析することだから、その反動であろうことは前にも書いた。しかしそれだけではなく、今の日本社会そのものがなんでも分断する方向にあることへの無意識な抵抗だったのではないだろうか。家族も、地域社会も、会社も、学校も、つながって助け合うのではなく、分断し、並列化し、競争させる今の社会。町の人々も、そういう抗しがたい圧力を日々感じているが故に、柴山の突拍子もない「つなげよう」提案に反応し動き出したのだ。石橋所長もキーオが参道を繋ぐ話をしにいったとき「もともと自然は繋がっている。切断することで人は文明を発達させてきたが、つなぐことは自然を尊ぶことだ。両方とも大事なんだよ」と言ってくれた。

 研究所の富永副所長や伊藤経理部長ら、富永派の悪だくみも見ておこう。キーオのインタビュー記事が新聞に出て談合話が下火になると、さっそく彼らは次の手を考え始めた。瀬戸課長らが栗山敏夫と密談を繰り返していたのは衿子がスポーツ・バーで目撃した通り。だがこの線からはなかなか妙案が出ない。“有水の自然を守る会”の登場もあって、キーオがらみの作戦ネタはそこで尽きた格好だ。しかし彼らが石橋所長の追い出しを諦めたわけではない。これからもあの手この手で画策を続けるだろう。

(つづく)
「記号のような男」 第十八回(2019年05月24日公開) |目次コメント(1)

コメント

いよいよ次は最終回。登場人物たちがほぼ全員出てきて大団円を迎えます。通読された方は是非感想をお寄せください。励みになります。
Posted by 茂木 at 2019年05月24日 09:01

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