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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第十七回

17.明珠在掌

 夏が過ぎ秋になった。空き地の工事は順調に進んでいた。推進協議会も週末になると、市民農園予定地や有前川の整備などを手分けして行った。川のゴミ拾いや岸辺の手入れは、空き地の範囲を越える作業となる。そのたびに、芝山は率先して市や住民、市民団体などとの調整を行なった。

 一方、踏切再開の目処はその後もまったく立っていなかった。芝山は踏切再開の話を、公園化計画とは別案件として、幾度か桑富市に持っていった。しかし、公園緑地課でいつも対応してくれる女性は、芝山がはじめて公園化の話を持ち込んだ時と同じように、「要望は書類にしてください」というばかり。計画課の例の若い男は「何故そんなものがいるんですか?」の一点張り。結果はあのときと同じ盥回しだった。研究所の高田部長とも相談したが「どうですかねえ」と首を捻るばかり。幸子からも明るい話はなかった。

 ある週末の午後、芝山は工事現場へいった。その日工事は休みで現場のあちこちにブルーシートが掛っていた。芝山はほとんど出来上がった遊歩道に立ち、閉鎖されている踏切のむこうの有前山を眺めた。
「ここ、気持ちのいい空間ですね」みると鶴橋の近くにハイキング姿の若い女性が立っていた。
「長く空き地だったんですけど、こんど公園になるんですよ」芝山がいった。
「わたし散歩の途中なんですけど、参道と川がここで交叉していて、その先に公園が出来るなんて素敵」
「有前神社の方からいらっしたんですか?」
「ええ、もっと南の方から来たんですけど、歩いていたら神社の境内に出たのでそのまままっすぐに」
「向こうに山あるでしょ、あれ有前山といって、あの頂に貴女が通ってきた有前神社の奥宮があったんですよ、江戸時代」
「そんな昔ですか。だから参道がまっすぐ続いているんだ」
「踏切がないからまっすぐには行けませんが」
「そうですね、線路で遮断されている」
「残念なんですが」
「工事関係の方ですか?」女性が尋ねた。
 芝山は自己紹介し、参道をつなぎたいと思ったことや推進協議会のことを話した。
「そうなんですか、わたし、家の近くにこんなにいいところがあるなんて知りませんでした」
「有前山までいって山裾を東に辿ると、気持ちの良い道がありますよ。まだ日があるから行ってみてはどうですか?」
「ありがとう御座います。じゃあそっちまで歩いてみます」女性は礼をいうと公園の西端を斜めに横切る有前川沿いを行こうとした。
「そこは行けません。そのさきには踏切がないから、そこちょっと東へ行って県道を北へ行くしかないです」

「なるほど、これが参道公園か。いいじゃないか」女性を見送っていると、後ろで声がした。振りむくと年老いた僧侶が鶴橋の袂に立っていた。「聴いておったよ、きみが芝山キーオくんだな」僧侶がいった。
「どなたでしょうか?」
「桜岩寺の住職、遂慧じゃ。いま保育園に用があって来たら、園長からきみの話を聞かされた」
「踏切を再開しようとした馬鹿なヤツ?」
「いや、ちがう。率先して公園づくりを引っ張ってくれた優れた若者じゃと」
「若者?」芝山は三十七歳という自分の齢を考えて苦笑した。
「そう、しかしその若者が困っておるらしい。公園は出来るものの、踏切が開かないから参道がつながらない。新聞にも出ておったな。園長はきみのことが気がかりでわしに相談したんじゃ」
「園長さんがそんなことを?」
「保育園としては公園ができればよいが、それだけではキーオくんが可哀想だとな。それでなんとかできないか、という話だった」
「それは嬉しいです。でも踏切は推進協議会が否決しましたから」
「そうらしいな」
「すこしご案内しましょうか」芝山は遂慧を遊歩道へ誘った。年老いてはいるが遂慧は矍鑠として、ブルーシートが掛っている公園のあちこちを見て歩いた。
「参道をつなぐ前に並木の緑をつなごうとしたと聞いた。一旦切れたものをつなげばふたたび“気”が通る。形のあるものをつなぐと、形のないことのつながりが見えてくる」
「有前山の頂から見たら、参道をつなぐことと緑をつなぐことは同じだと思いました」
「一行三昧(いちぎょうざんまい)」
「なんですか?」
「一つのことに邁進すること」
 公園の西端を斜めに横切る有前川まで来ると遂慧が立ち止まった。
「どうしたんですか?さっきの女性もここから先へ行こうとしましたけど」
「駄目なのか?」
「川は公園を出てその先で線路を潜(くぐ)るんですが、人は通行できません」
「川は何処まで続いておる?」
「有前山まで」
「明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)」遂慧は川の水を指差していった。芝山はその意味を量りかねて尋ねた。しかし老人はにやりと笑うだけだった。やがて、遂慧は何も言わずに保育園の方へ歩み去った。

 その夜、芝山は久しぶりに次治へ飲みに行った。声を掛けておいたので八ちゃん、トツさん、みつこ、衿子の四人も集っていた。「いらっしゃい」じーちゃんが熱燗とお猪口を芝山の前に置く。芝山はみんなの推進協議会への協力に感謝したあと、今日桜岩寺の住職から聞いた謎の言葉を披露した。「どういう意味だか分かります?」
「“みょうじゅたなごころにあり”、なんだそれ?」と八ちゃん。
「ネットで調べてみたら“明珠在掌”と書くらしいんです」
「その意味は?」
「“大切な宝物は自分の手の中にある”と」
「桜岩寺って禅宗の寺ですよね、だから住職、キーオさんに禅問答を仕掛けたんじゃないかな」じーちゃんがいった。
「なんか他に言いませんでした、住職?」衿子が尋ねた。
「それだけ。言ったらさっさと帰っちゃった」
「どこでそれを言ったんですか?」みつこが聞いた。
「空き地の西端に有前川の土手があるでしょ、あそこ」
「そこに大切な宝物がある?」
「なにもないよね、あのあたり」トツさんがいった。
「なにを指していったんですか?」じーちゃんが尋ねた。
「川の水」
「おい。あの川、空き地を出ると住宅の間を流れて、それから鉄道を潜るよね」八ちゃんがいった。「おれ、川のゴミひろいに借り出されたとき近くまで行ったんだけど、土手道があるから線路までは川沿いを歩いていける。住宅街の中だけどね。土手道は線路のところで途切れるけど、なぜか川のトンネル幅が広いんだ。人が通れるスペースもあるから、整備すればなんとか向こう側まで歩いて行けるぜ。参道をまっすぐ向こうに行こうとするとどうしても踏切がいるけど、迂回して川沿いを行けば、踏切を使わずに向こう側に渡れる。渡ってから参道へ戻ってくればいい」
「有前山に石段があるでしょう、あれ男坂といってまっすぐ上に登れるんだけど、山の西側にあるなだらかな坂道からも、山の頂に行けるんです」芝山がいった。
「男坂に対して女坂!」みつこがいった。
「住職さんは有前川沿いを整備すれば、踏切なんかいらないって言いたかったのよ。地理もよく知っているから、キーオさんに分からせるために空き地の西端のところまで連れて行った」衿子がいった。
「それならはっきり言やいいのに」とトツさん。
「ちくしょう、粋なこといいやがるね、坊さんってのは」八ちゃんがいった。
「でも、公園の工事とは別になるね」みつこがいった。
「だれが工事費を出すかよね」衿子がいった。
「協議会で川の整備をずっとやってきて、“有水の自然を守る会”という市民団体の人たちと知り合いました。何かいい案がないか聞いてみます」芝山は興奮した面持ちでお猪口の酒をぐっと飲み干した。

 数日後、芝山は“有水の自然を守る会”の人々と会った。彼らによると、有前川の土手沿いを川上から川下までずっと歩けるようにする計画は以前からあり、すでに一部川岸工事が始まっているとのことだった。「有前川緑道」という名前もついていた。しかし、工事は柿本町の方から着手されたので、有前町のトンネル部分の優先順位は低かった。ただし、十年前参道閉鎖と踏切廃止がなされた時、近くの小学校生徒の為にトンネルを作ろうと立案され、その基礎工事だけは終っているとのことだった。人が通れるスペースがあるのはそういう理由だという。桜岩寺の住職はそのことを知っていたのだ。芝山は、参道公園の工事状況を彼らと共有し、公園が完成すればそこから土手道へ多くの人が誘引されるとして、鍵となるトンネル部分の工事を優先できないだろうかと相談した。“有水の自然を守る会”も趣旨に賛成、柴山と一緒にその旨を市に働きかけてくれた。すると鉄道側からもOKが出て、「有前川緑道」のトンネル部分だけ、参道公園の完成時期に間に合うように工事が行われることが決まった。

(つづく)
「記号のような男」 第十七回(2019年05月23日公開) |目次コメント(0)

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