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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第十六回

16.社内食堂とスポーツ・バーにて

 データ処理センターには社員食堂がある。料理メニューなどは普通だが、一風変っているのはテーブル・セッティングだった。デーセンができたときの所長のアイデアで、四角いテーブルのほかに、三角や楕円、丸テーブルなどが置かれているのだ。多角形の大きなテーブルもある。どこに誰が座るかは自由だが、四角いテーブルは男性社員が好み、楕円や丸テーブルには女性社員が集った。多角形の大きなテーブルには芝山のような弁当持参の社員が着席することが多かった。三角形のテーブルは部長が一人で来たときによく使われた。

 その日も、丸テーブルの一つを経理課の女性たち四人が占有した。隣の楕円テーブルには電算課のプログラマーやオペレーターたちが集っている。経理課のテーブルで、最初に口を開いたのは出納係の魚島桐子だ。四人のうちいちばん年嵩で社内事情にも通じている。
「キーオさんの新聞記事、みんな見たでしょ。杉田さん、どう?」
「おとなしくしてます」主計補佐の堀辺麻耶がいった。
「談合話は出なかったのよね。これで富永派もしばらく静かになる」
「取材に同行したのは人事課の田上さんです。総務部の人がこっそり教えてくれました」新人の当麻美優がいった。
「瀬戸さんじゃなかったんだ。高田部長の計らいかしら」
「二人は仲がいいもの」時田玲子が顔を手で煽ぐ仕草をした。
「この間も外のベンチで話しているところを見ました」
「むかしなにかあったんですか、あの二人?」麻耶が尋ねた。
「さあね、あったとしても大昔のことだと思う。それに、仲がいいからって取材は別よ」
「高田部長って所長派なんですか?」
「あの人、デーセンに長いでしょ。だからキーオさんたちを大事にするのよ」
「中立派?」女性たちの会話はあっちへいったりこっちへいったり。勿論その間にちゃんと料理を食べる。

「瀬戸っちもヤバいよ、このままだと」と桐子。
「いいきみ、いつもヘラヘラしていて気持ちわるーい」玲子がいった。
「そのうち外されるかもね」
「杉田さんもヤバいんですか?」麻耶は主任のことを心配している。
「そうね、彼はしばらく大人しくしてれば大丈夫かもしれない、伊藤部長が付いているから。でも、だいたいセコいのよ、外の人つかってキーオさんを嵌めようなんて。喧嘩するならもっと堂々とやるべきよ」桐子がいう。
「本庁から来てるんだから、鷹揚に構えてればいいのに」玲子が同調した。
「そうもいかない事情があるのよ、きっと」麻耶が杉田を庇った。
「うちの部長はやり手だから、このまま大人しく引っ込んでいるとは思えないけど、記事に談合話が出なかったから残念そうだった」桐子がいった。
「石橋政権、しばらく安泰か」
「所長は全てお見通しなのよ、きっと」
「それにしても、キーオさんって変ってますね。いつも優しいし、私大好きなんですけど、参道を繋ぎたいなんて思い始めちゃって」当麻美優がいった。
「昔からよ、変なのは」と桐子。女性たちの噂話が止まることを知らないのは、丸テーブルが求心力を高めるからだろうか。やがて昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。

 芝山はある夜、会社を出ると桑富駅に向かった。「桑富スポーツ・クラブ」へ行って、改めて佐伯衿子に電話の礼をいうためだ。クラブは駅前のビルにある。地下がプール、一階は受付とロッカーで二階と三階がジムになっている。衿子の勤務が終る時間だったので、二人は同ビルの五階にあるスポーツ・バー「ねじまき」へいった。大きなスクリーンにフランスの自転車レースが映し出されていた。バーカウンターから外を見ると、通りを隔てた反対側に市役所の建物が見えた。芝山はちょうど向かいの階に都市整備部があることを思い出した。
「あそこ、いまは電気が消えているけど、公園の件で来た事があるんです。お役所仕事っていうけど、けんもほろろの対応で参りました」
「そうなんだ」
「電話の件、改めてありがとう御座いました。あれを聞いていたから、新聞の取材に堂々と自分の意思を話すことが出来ました」
「すごいじゃないですか!」
「でもそれだけです」
「今日は来ていませんね、あの人たち」衿子がバーを見渡していった。
「栗山と瀬戸さん?調べてみたらなんと栗山は推進協議会に入会してました」
「そうでしたか。あのあともう一、二度来てますよ、あの人たち。だいたい曜日が決まってるから注意してると分かるんです。わたし、一回はあとを付けてこの店の中まで入ったんです。ほら、キーオさんとは次治でお会いしただけだから、研究所の人に知り合いだなんて気付かれる心配はないし、探偵気分で隣の席で飲んでたんです」
「そうなんだ」
「その日は三人で来てました、話の内容はよく聞こえなかったけど」
「うちの杉田くんかな」
「そうそう、その人“スギタくん”と呼ばれてました」
「なるほどね、善後策でも話し合ってたんだろうな」
「ところで話は変るけど、キーオさんも運動しません?泳ぐのでもいいわ」衿子はスポーツインストラクターらしくランニングや水泳といった有酸素運動の効用を芝山に説いた。「会社で数字ばっかり追いかけていると身体が鈍(なま)るんじゃありません?」
「そうなんですよね、でも時間が取れなくて」
「そうか、子供さんもいるしパパは家でも忙しいんだ」
「モサッとしているようで、これでも自転車散歩は趣味なんですよ」芝山はスクリーンの自転車競技を指差した。
「モサット・キーオさん、自転車がお好きとは以外だわ。自転車いいですよね、わたしも休日はよく山へ行きます」
「マウンテン・バイク?」
「そうです」 
「ぼくはママチャリだから、平地だけです」
「こんどいつかご一緒しましょうか、平地のサイクリング」衿子はバーテンダーにビールを追加オーダーしてニコリと笑った。

(つづく)
「記号のような男」 第十六回(2019年05月18日公開) |目次コメント(1)

コメント

今回は少々破調。これだけ長いと途中に幕間というか小休止を入れないと。次回から一気にエンディングへ!
Posted by 茂木 at 2019年05月18日 12:03

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