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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第十五回

15.井上記者の記事

 埼玉鉄道が踏切の再開検討を中止した数週間後、キーオの家に佐伯衿子から電話があった。
「このあいだ次治の前ですれ違ったお年寄り、どこかで見たなと考えていたら、今日うちのクラブで、放射光研究所の痩せて背の高い人と一緒に出ていくところを見たんです」と衿子がいった。
「その人、赤い眼鏡フレームじゃありませでしたか?」
「そうです、うちによく来ます」
「広報課の瀬戸課長だ」
「気になってあとを付けたら、クラブのビルの五階にあるスポーツ・バーへ入っていきました。この話、お役に立ちます?」
「とても!」
「親しそうでしたよ、あのお二人」
「情報、有難うございます」礼をいって芝山が電話を切ると横にいた良子が「何だったの?」と訊いた。
 柴山は衿子の話を伝え「もしかすると今度の談合話を広めたのも栗山かもしれない」といった。
「あなた、そのお年寄りになんか恨まれることでもあるんじゃない?」良子が心配そうにいった。
「いやあ、次治で一度会ったきりだよ」
「じゃあなんでいろいろと邪魔するのよ」
「僕のことより、研究所の派閥争いに関係しているのかもしれない。所長を攻撃するのに僕が使われている」
 居間のソファに戻ってから「そうだったとしても、そもそもあなたが踏切再開なんていい出さなければ無かった話でしょ、これって。公園づくりだけに専念していればいいのよ、余計なこと考えないで」と良子がいった。
「所長に迷惑が掛かるのは嫌だし、仕方がないかなあ」柴山は側にいる輝樹を抱き上げて溜息を付いた。

「こんどの井上さんの取材、私も同席していい?」研究所の昼休み、外のベンチで田上幸子が柴山に訊いた。
「広報課が一緒に来ることになってるよ」
「本来は広報課の仕事なんだけど、私の方が公園プロジェクトに詳しいからって、高田部長がわざわざ瀬戸さんに言ってくれたの」
「それは助かるなあ」
「でも社内の派閥争いに関することは喋るなって」
「勿論いわないよ」
「場所や日時は決まってるの?」
「今度の日曜日、午後二時に杏里でということに」
「了解。私から井上さんに連絡しておくね」
「ところで昨日の夜、桑富のスポーツクラブでインストラクターをやっている知人の女性が、僕のことをクレームした栗山と広報課の瀬戸課長が親しそうにしていたと電話をくれた」
「そのお年寄り、研究所の派閥争いに絡んでいるんじゃないかしら?」
「談合の噂も彼が流したのかもしれない」
「噂の震源地は富永派の方よ、きっと」
「そこまでやるかなあ」
「やるわよそのくらい、あの人たち。いずれにしても二人のことは高田部長に伝えておく」
「僕はもう踏切のことはあきらめるよ。所長に迷惑を掛けたくないから」柴山は気弱な声で言った。
「参道を繋ぐのはどうするの?」
「それは……」柴山は言葉に詰まった。
「井上さんにちゃんと話しましょう、参道を繋ぎたいという柴山君の初めからの意思を。それが記事になれば、またどこかから援軍が現れるわよ」

 その日曜日、柴山と幸子は杏里で井上記者と会った。以下は数日後東都新聞夕刊に載った『参道を繋ぐ?』という記事である。

『桑富市有前町の有前神社は、景行天皇時代に創建されたという伝承が残る古い神社である。同神社には有前山山頂に奥宮があった。奥宮は江戸時代に浅間大社の下宮として移管され、その後明治時代の廃仏毀釈で廃宮となったが、いまも山頂に小さな祠が残されている。有前神社本宮と奥宮(のちの下宮)を結ぶ参道は、埼玉鉄道の開通時に踏切で分断された。さらに今から十年ほど前、参道の東側に南北を結ぶ新しい道路が開通すると、参道の鶴橋から鉄道線路に至る五十米が廃道となり、同時に踏切も閉鎖された。桑富市の放射光研究所付属データ処理センターに勤める柴山輝夫さん(三八歳)はあるとき、廃止された参道を復活させたいと思い立った。「空き地になっているところを公園にしてその中に参道を通し、有前神社から有前山までをまっすぐに歩けるようにしたいと思ったのです。市に要望書を出し、推進協議会を組織して実現するよう活動しました」(柴山さん談)。鶴橋の近くにある桜岩寺保育園でも、廃道が公園化されれば子供たちの遊び場になるということで協議会に協力、その後柴山さんの勤め先である放射光研究所も支援を表明した。市は柴山さんらの要望を受け入れる形で「参道公園化プロジェクト」を発足、今年に入り市議会の承認を取り付けた。工事はこの春スタートしたが、プロジェクトには肝心の踏切再開が含まれなかった。それでは参道を繋ぐことにはならない。桑富市としては、踏切は鉄道会社の事業のため単独では決められないとして公園化のみを推進、踏切再開については鉄道会社側に球を投げた格好だ。道路法でも踏切の新設は通常認められないという。推進協議会も今では市の計画を支持している。「推進協議会でも訴えたのですが皆さん公園化を優先させる方に賛成で、踏切再開には及び腰なんです。僕としては当初の意思を貫いてなんとか参道を繋ぎたいのですが」(同)。公園は一年後に完成予定だが、柴山さんの願う踏切の再開目途はいまだ立っていない』

(つづく)
「記号のような男」 第十五回(2019年05月16日公開) |目次コメント(0)

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