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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第十四回

14.栗山敏夫の企み 

 栗山敏夫は、桑富市にデータ処理センターができた翌年、都内からここ有前町へ越してきた。実は栗山には、放射光研究所に在籍していた技術職員の一人息子があった。その関係で、地元の不動産会社から有前神社参道に面した土地を安く買い求め家を建てたのだ。

 息子の栗山敏行は敏夫が四十歳の時の子供だった。当時まだ二十代で独身、茨城の研究棟近くにアパートを借りて住んでいた。敏行は今の石橋所長が研究棟で開発部長を務めていたときの部下だった。五年ほど前、彼は所内で不祥事を起こした。ある企業から依頼された物質の解析データを、ライバル企業に秘かに売り渡していたのだ。事件は表ざたにはされなかったけれど敏行は研究所を馘になった。

 敏行は今、別の企業に拾われて名古屋方面に住んでいる。未だ独身で出世も望めそうになかった。父親の栗山敏夫は息子の上司石橋に恨みを抱いた。三年前、石橋が研究所所長に就任し、データ処理センターに顔を見せるようになった。栗山は石橋所長になんらかの形で復讐したいと思った。妻がいる間はまだそれほどでもなかったが、二年前に妻が死んでから本気で考えるようになった。その後新桑富町のバーで知り合った広報課の瀬戸から研究所の派閥争いの話を聞き、瀬戸が富永副所長派だと知ると、栗山は瀬戸に息子のことを打ち明け、石橋所長の失脚に協力したいと申し出た。プランターが自宅前に投棄されて迷惑だと警察に通報したのは単なるクレーマーとしてだったけれど、柴山がデータ処理センターに勤めていることを居酒屋次治で知り、栗山は柴山の行動を見張り始めた。そうしたある土曜日、彼は公園予定地で巡査に訊問されている柴山を見たのである。

 栗山は瀬戸をいつものバーに呼び出した。キーオが公園予定地で巡査に訊問されていたと聞くと、瀬戸は「それは面白いですね」と身を乗り出した。
「柴山という男はノンポリだけど、経理の数字を握っていて石橋に可愛がられているから、我々からすると目の上のたん瘤なんですよ。不法投棄と不法侵入、これでいきましょう。栗山さんから研究所に、近所迷惑ということでクレームを入れて貰って、僕が知り合いの新聞記者に大げさに話しましょう」
「それで石橋の失脚に繋がるかね」栗山が陰気な表情でいった。
「どうかな、でもやってみて損はありませんよ」
「栗山という名前が出ると石橋が昔のことを思い出すかもしれない」
「記者には名前をいいませんし、所長もそこまで気づかないんじゃないですか」
「いや、気付かれてもいい。そしたらこっちも真剣になれる」栗山は陰気な表情のままいった。

 キーオは興味がないというが、ここで研究所の派閥の様子を少し書いておこう。石橋所長派と富永副所長派がそれぞれ中央官庁の別々の人脈に繋がっていて、富永派が石橋所長の追い出しを謀っていることは以前書いた。富永派の主な面子は、伊藤経理部長と杉田係長、総務部広報課の瀬戸課長である。石橋派は、開発部の平松部長、上村課長などだが、こちらはどちらかというと、富永派がいろいろと仕掛けてくるのに防衛上対抗する程度で、積極的に富永副所長の排斥に動いているわけではなかった。そもそも石橋所長は実力主義者で、派閥争いなどに積極的ではなかった。どちらにも属さないノンポリ派は、高田総務部長、法務部の時田部長ほか。今のところ彼らは石橋所長のリーダーシップに信頼を置いている。

 さて、新聞記事があまり効果を生まずに騒ぎが一段落してしまうと、栗山は次の手を狙って、キーオが始めた参道公園プロジェクトの「推進協議会」に潜り込んだ。緊急会議で「踏切再開動議」が否決される。その場にいた栗山は、キーオが必ず何か手を打ってくると考えた。キーオが踏切再開にひどく熱心だったからである。栗山の感は当たった。協議会メンバーの一人として市役所に出向くと、埼玉鉄道が踏切再開の調査を始めたという情報が入手できた。彼は会社時代の人脈を使って、石橋所長と埼玉鉄道・棚橋社長との(大学同期生という)関係を探り出した。それを瀬戸に伝える。富永派はこれを金が動いた談合話に仕立てようと画策、瀬戸を通して東都新聞の記者に栗山を紹介した。瀬戸は井上記者が人事課の田上幸子と会ったことを知っていたので、井上とは別の足立康治という若い記者(同じ社会部)を栗山に会わせた。足立記者は書いた記事を上司の社会部主任に見せた。

『桑富市にデータ処理センターを持つ放射光研究所は、同市が進める「参道公園プロジェクト」の協賛企業として知られるが、同研究所の石橋所長は先日、埼玉鉄道の棚橋社長と秘かに会い、プロジェクト地区に隣接する踏切を再開するよう依頼した。市に協力するボランティア団体「推進協議会」のメンバーの一人栗山敏夫氏の話によると、それに伴い研究所から鉄道会社に資金が流れたのではないかとの疑いが生じているという。警察は未だ動き始めていない模様だが、桑富市も埼玉鉄道が踏切再開に向けて検討を進めている事実を認めた。参道公園プロジェクトそのものは踏切再開と無関係だが、協議会の中枢に再開を望む声があるのは事実だという。栗山氏は、金の流れについて引き続き市民の監視が必要との認識を示した。』

「これ、井上君に読んで貰って」主任の飯島は記事を読むと足立に指示した。「放射光研究所はこの間クレーマー対策で困っているといってたけど、記事を書いた井上君によると、派閥争いか何かの裏があるようなんだよ。栗山さんって人を紹介してくれたのは研究所だろ、だからこの話も怪しいからさ」
 足立は井上が外回りから戻るのを待って記事を見せた。
「主任のいうとおり怪しいよ、この話」井上がいった。
「僕も自分のところの醜聞をわざわざ記者に知らせるなんて変だと思ったんですけど」足立が答えた。「栗山さんは自分の公園推進協議会のメンバーカードも見せてくれましたし、石橋所長と埼玉鉄道の棚橋社長が大学の同級生だという裏まで教えてくれて、話に信憑性があるかなと。一応桑富市と警察にも取材しました」
「所長が何でそんなことを社長に頼んだか、だよな」
「栗山さんは、デーセンが桑富に来たときも埼玉鉄道とのあいだで裏取引があったと言ってました。土地の一部を埼玉鉄道が持っていたらしいんです。だから今度もきっと何かある筈だと。やたら放射光研究所のことに詳しくて驚きました」
「もうちょっと調べようよ、栗山さんのことやその裏取引とか」
「そうですね、一緒に動いていただけますか?」
「そうしよう、こんど例の公園プロジェクトを推進している研究所の社員の人と会う約束をしてるから」
「でもちょっとまずいかな、市役所や警察で裏を取ったとき『こんな噂があるんですけど』と話しちゃったんで」

 足立記者の記事は新聞に載らなかったが、彼が危惧したように談合の噂はすぐに町に広まった。研究所の派閥争いを知っている読者は、噂の出所が桑富市役所や警察だけではないことはたやすく想像できる筈だ。勿論実体のない話だから石橋派にダメージはなかった。しかし柴山にとっては困ったことになった。噂の広まりを嫌った埼玉鉄道が、踏切再開の検討を中止したのだ。「参道を繋ぎたい」というキーオの願いは、栗山の企みの余波で、再び立ち消えとなってしまったのである。

(つづく)
「記号のような男」 第十四回(2019年05月15日公開) |目次コメント(0)

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