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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第十三回

13.踏切再開策

 参道をつなぐという芝山の当初のアイデアは、空き地の公園化に賛同して集った推進協議会の人々には分かって貰えなかった。良子にも反対されたのは痛手だったが、もともと彼女は参道をつなぐ話には「それって何の意味があるの?」と反対していたのだから仕方ないかもしれない。

 月曜日の昼休み、芝山はいつもの外のベンチにぼんやり座っていた。参道をつなぐ話が公園を作る話になってしまったのは、島田園長の話に乗ったからだ。園長から、子供たちの遊び場にという話を前面に出したらどうかと提案されたとき、役所を説得するにはその方がいいといったのは芝山だった。公園化なら良子が賛成してくれることもわかり、そちらの方向に舵を切った。それは芝山自身よくわかっている。しかし、参道をつなぐことを目的にしてきた芝山としては、ここでそれを諦めてしまっては、何のために運動をはじめたのか分からない。
「力不足でごめんね」いつの間にか田上幸子が隣に座っていた。
「参道をつなぐことにこんなに理解がないとは思わなかった」芝山はしみじみといった。
「公園化は分かりやすいものね」
「良子も賛成してくれたし。でも園長の話に乗ったぼくが馬鹿だった」
「どうしたら踏切が再開できるか、一緒に考えましょう」
 芝山は幸子に向かって小さく頷いた。十年前、芝山は幸子に淡い恋心を抱いていた。それを伝える前に、彼女が結婚してしまったので、ずっと気持ちを封印してきたが、いまこうしていると当時の想いが甦ってくる。といって、今さら当時のことを告白しても、二児の母であり良子の親友でもある幸子を困惑させるだけだ。
「ぼくらが入社したのと、あそこが空き地になったのは同じ年だよ」
「そうだったかしら。じゃあ、公園化の種が蒔かれたのも十年前ということになるのかしら」
「踏切は自治体の意向が影響するから、鉄道会社と交渉するにしても、桑富市から言ってもらわないと、鉄道会社は聴く耳を持たないと思う」
「鉄道会社は基本的に再開したくないでしょうからね、踏み切りなんて」
「それが分かっていたから市は計画書に入れなかったのかもしれない」
「推進協議会に否決されたから、市を説得するのも大変になったわね」
「そうなんだ、みんなに踏切のことをあまり説明してこなかったからなあ」
「ねえ、今度お昼に『新島食堂』へ行かない?みつこさん、総会で芝山くんに賛成してくれたじゃない、お礼を言いにいきましょう。良子にも電話しておく」
「そうしよう。良子と話してくれると助かる」
「ところでうちの石橋所長、埼玉鉄道の棚橋社長と大学の同期だって知ってた?」
「知らなかった。どうして分かったんだい?」
「埼玉鉄道のホームページを見ていたら、社長さんのプロファイルがあったの。石橋さんと同じ大学だなって思ってよく見たら二人、同い年だった。学部までは分からないし、互いに面識があるかもわからないけど」
「でも、そんなにいつも所長に甘えるわけにはいかないよ」
「一応調べておくわ、学部とか」

 その週末、芝山は自転車で散歩に出かけた。例の空き地の方へは行かず、アパートを出ると参道をすぐ右に折れ、有前駅前通りを北へ向かった。何処へ行く当てがあるわけではなかった。ただ自転車を漕いでどこかへ行ってみたかった。商店街を抜けて駅の脇の踏切を渡ると、実家のある住宅街に出る。右へ行けば柿本町の団地だ。

 住宅街を抜け、そのまま長閑な畑の間を北上すると、有水山系の低い山々の麓に出た。目の前の山は小楢や櫟、欅などの木々に覆われている。芝山は自転車を麓沿いに西方に向けた。道の脇を小川が流れている。小さな橋をいくつか過ぎる。橋のむこうに湧き水や沼が見え隠れした。流れ沿いにしばらく走ると、広い道路に出た。車の往来が多い。これが十年前、有前神社の参道の一部を廃止に追い込んだ県道だった。右手にトンネルがあった。県道はトンネルを通って有水山系の北側へ抜け、そのまま群馬方面に続いている。芝山はそのトンネルに入った。

 トンネルを抜けるとそこは有先町である。有前(ありまえ)と有先(ありさき)、紛らわしい町名だが、有前山を挟んで南北にできた二つの集落がそれぞれ自分たちのところが「前」だ「先」だと名乗ったためにこうなったらしい。有先町も、五年前の市町村合併で桑富市の一部となっていた。

 自動車の往来を避けるように、芝山は道を左に折れた。細い道が有水山系の北側をうねりながら西に続いていた。山の南側には広葉樹が多かったが、北側には杉や檜などの針葉樹が目立つ。しばらく住宅や畑が混在する地域を走ると、やがて前に大きな池が見えてきた。有前川の水源だ。場所はちょうど有前山の北側に当たる。有水山系に降った雨は一旦この池に集り有前川となって南へ流れ出る。勿論途中から川に流れ込む伏流水もある。

 池の畔に着くと芝山は自転車を留めた。すこし歩こうと思ったのである。昔はもっと広々していただろうがいまは住宅が所々に建っている。多くは新建材を多用した建売だ。岸辺の柳が水に緑陰を落としているあたりに古い寺があった。門柱を見ると「桜岩寺」とあった。「ここが保育園の持ち主のお寺か」と思いながら、そのまま通りすぎる。道は池を離れ、有前山の西側の麓を川沿いに続いていた。木立が深くなった。芝山はそのまま南へ進んだ。しばらく行くと左手に有前山に登る道標があった。

 芝山は以前、プランターの玉龍を植えるために空き地へいったとき、有前山まで来て、南側から石段を登った。その石段が男坂で、これは女坂なのだろう、左右に折れながらなだらかに続いている。芝山はその坂道に入った。すこし風が出てきた。道沿いの楓や橡の木が枝葉を揺らした。ふたたび広葉樹が多くなった。

 坂を上りながら「どうして参道をつなごうなんて思っちまったのかな」と芝山は呟いた。いいようのない孤独感が襲う。程なく山頂に着いた。麓との高低差は八十メートルぐらいだろうか。祠にお参りをして、脇にある由緒書を見る。島田園長が伝えた通り「浅間大社下宮有前山神社」とあった。

「昔ここから富士山が見えたのか」と思いながら、芝山は山頂から西南の方角を見た。そちらへの視界は木々が遮っていて、枝葉の間から遠くを窺うも、富士山は愚か、手前の関東山地も見えない。

 南正面に遠く有前神社の杜があった。そこから桜並木がこちらに続いている。下からは分からなかったが、ここから眺めると、並木の緑はつながって見える。足元に目を転ずると、畑の中に細い参道が見えた。こちらの沿道には畑の緑が続いていた。二つをつなげば緑もつながる、参道をつなぐことは緑をつなぐことと同じだ、芝山はそう思った。しかし、参道は東西に走る埼玉鉄道のところで途切れている。その南側で例の空き地の公園化が行われている。芝山はその工事現場を眺めた。芝山はさらに東に目をやった。今日走ってきた小川沿いの道が見える。有水山系の緑が、北側から有前町と柿本町を包むように続いていた。

 数日後、良子と幸子、それに芝山の三人は「新島食堂」へ行った。輝樹は保育園に預けた。店にはもう何人か客が入っている。
「いらっしゃい」カウンターの奥からみつこの声がした。メニューをテーブルに運んでくれたのは、みつことよく似た婦人だった。
「みつこさんのお母さま?」良子が尋ねた。
「そうです、新島照子といいます。いつも娘がお世話になって」
「いえ、まだ二回目です、来たの」
「そうですか、じゃあこれから、宜しくお願いします」
「こちらこそ!」
 良子と幸子はこのあいだと同じ魚定食、ただし今回は逆で良子が鯖の味噌煮、幸子が鯵のフライを頼んだ。芝山は生姜焼き定食を頼んだ。料理ができるとみつこがテーブルまで運んできてくれたので、芝山は総会の礼をいった。
「残念でしたね、わたし余計なこと言っちゃったみたいで」
「そんなことありませんよ」幸子がいった。
「いいのよ、自分が思うことをいって」良子も相槌を打った。
「女性には優しいんだな、ぼくがいうと怒るくせに」
「それはそうよ、一旦公園作りに賛成しておきながら、踏切がないと駄目だなんて、筋が通らないって言ってるの」
「芝山くんは最初から一貫してると思う。良子も一貫してるけど」
「なによ、それ」良子がすこしムッとした表情でいった。
「はやく食べよう、冷めちゃうよ」柴山がいった。「ぼくは参道をつなぐために運動をはじめた。でもあそこが公園になることでみんなが喜ぶのなら、それはそれで素晴らしいと思う。みんなが公園化だけで満足するのなら、それだけでいいとも思う。といって参道をつなぐことを諦めたわけじゃない。正直、つなぐ意味はまだ自分にもよくわからないけど、その行為の先になにかがあるって感じるんだ」
「その踏切の話だけど」幸子は定食を食べながら次のような話をした。以下、整理して要点を書いてみよう。

―――幸子は、石橋所長と埼玉鉄道・棚橋社長との関係を詳しく調べた。その結果、二人は同じ学部で、今もたびたび同期会などで会っていることが分かった。キーオが「そんなにいつも所長に甘えるわけにはいかないよ」と否定的だったので、幸子は自ら所長と面会し窮状を訴えようと考えた。秘書の高松夏子に頼み込んで、昼休みに所長室を訪ねる。参道公園プロジェクトの進捗を報告し、市の計画に踏切再開が入っていないので参道がつながらない事情を説明した。
「うん?じゃあ柴山くんのアイデアは半分しか実現しないんだ」石橋所長はたまった書類から目を上げていった。
「このままではそうなります。鉄道会社が動いてでもくれないと……」
「埼玉鉄道か、今の社長は俺の大学同期だから話してみようか」
「そうお願いできますか?」幸子はしてやったりという思いを顔に出さないように下を向いていった。しかし相手の方が一枚上手だった。
「そのつもりで来たんだろ」所長はにやりと笑って幸子を見た。

 その夜遅く、石橋は自宅から棚橋に電話を掛けた。旧友が電話口に出ると、石橋は事情を手短に説明し、踏切の再開を打診した。
「そりゃあ、無理だよ。踏切はつくるなというのが行政で道路法もそうなっている」
「例外規定はあるんだろ。参道がつながれば有前神社の参拝客だって増えるぜ。お前も儲かる」
「そんなことで行政と喧嘩できるかよ」
「うちの所員の熱意を汲んでくれよ、そもそもこれは新しく造るんじゃない、閉鎖されていたのを再開するんだ」
「検討をさせてはみるが、金もかかるし無理だろうな」
「どこかの踏切を一つ閉じて此処のを開けば数も一緒じゃないか」
「そんな簡単な話じゃないのは分かるだろ、お前さんなら」
 二人の話は平行線のまま終わったが、その後、市役所から研究所に「参道公園プロジェクトとの関連で、埼玉鉄道が当該地区の踏切の再開に向けて検討を始めた」との連絡が入った。―――

「それと」食事が終ったあと幸子が続けた。「この間会った東都新聞の記者があなたに会いたがってる。参道をつなぐプロジェクトを記事にしたいんですって。踏切のことも書いてくれそうよ」
「嬉しいな、ありがとう」柴山は目を輝かせた。

(つづく)
「記号のような男」 第十三回(2019年05月13日公開) |目次コメント(0)

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