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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第十二回

12.緊急会議

 家へ帰って概要書の元資料である市の「参道公園プロジェクト計画書」を読み直しても、踏切再開については書いてなかった。再開工事を行うのは埼玉鉄道である。この場合市は、道を整備して鉄道会社と踏切再開に関して協議する立場だ。それはいい。問題は、推進協議会が採択した要望書(芝山が書いた「有前町七丁目の空き地活用について」)には「参道をつなぐために踏切を再開する」と明記してあるのに、市の計画書の方には、鉄道会社との踏切再開協議が載っていないことである。計画書をしっかり読まなかったのは芝山の責任だ。要望書との違いを把握できなかったのは失敗だった。「参道公園プロジェクト」という名称によって、踏切工事の協議は当然プロジェクトに含まれていると思い込んでしまった。しかしそうではなかった。桑富市が行うのは、あくまで空き地部分の公園化工事であり、中央の参道は遊歩道として鶴橋交差点側の既存の道とつなげるけれど、線路側に関してはなにもしないことになっていた。何も書いてなかったから、芝山は要望書との違いを見過ごしてしまったのだ。

 その夜、芝山は集会所で推進協議会の緊急総会を召集した。保育園の一室に、緊急連絡網で総会開催を知った会員およそ四十名が集った。島田園長、良子と幸子、商店街の八ちゃんとみつこもその中にいた。輝樹は幸子の両親のところへ彼女の子供たちと一緒に預けた。丸山市議会議員も来ていた。トツさんと衿子、じーちゃんは仕事で不参加だった。

「規約に則り本日、緊急総会を開催いたします。急なことではありますがお集まりいただきありがとう御座います。規約の会員半数を充たしておりませんから正式な採決はできませんが、議事録を作成し会員全員に本日の経緯を報告します。議事録は録音、あとで文字起こしをいたします」芝山はそういって動議を読み上げた。「桑富市の“参道公園プロジェクト計画書”を読み直したところ、当推進協議会が同意採択した要望書“有前町七丁目の空き地活用について”との重大な違いを見つけました。ここにご報告し、善後策を検討したいと思います」芝山は、空き地の北側にある踏切の再開について、埼玉鉄道と協議する件が市の計画書に入っていないことを会員に説明した。

「要望書にはあったかもしれないけれど、公園さえできれば踏み切りはいらないんじゃないですか。踏切ができるとかえって子供たちが近づいて危ないし」保育園園児の母親がいった。
「要望書では、“有前山から奥武蔵街道に続く有前神社の参道を南北につなぐために空き地を公園化する”と謳っていますし、後段には“参道をつなぐために踏切を再開する”と明記してあります」芝山がいった。
「ではどうして市の計画書から漏れたんですか?」別の園児の父親がいった。
 芝山は自分が見落としてしまったことを素直に詫びた。
「それを見落としたのは重大な手落ちじゃないですか」
「手落ちって、計画書に目を通した人はキーオさん以外、いるんですか?」八ちゃんがいった。「みんな読んでないでしょ、おれも読んでないけど。だったらキーオさんを責めるんじゃなくて、これからどうするかを考えましょうよ」

「ねえ輝夫、本当に参道をつなぐことが必要なの?」良子がいった。「わたし、はじめ反対したよね、でも保育園の近くに輝樹の遊び場が出来るなら、って賛成した。あなたもそういって私を説得したのよ、覚えてる?」
「たしかに輝樹の遊び場にとはいったけど」下を向いて芝山が呟いた。
「わたしも公園だけでいいと思うな」
「公園と踏切は関係ないと思います」そんな意見が相次いだ。

「わたし、芝山さんのいってること分かるような気がします」みつこがいった。「わたしの父はここで小さな本屋をやっていたんですけど、“おれは本で町の人の心をつなぐんだ”って口ぐせのようにいっていました。わたしそんなこと関係ないって思っていました。でもある作家の本を読んだとき、そこに書かれていることに感動して友達にいったらその人も同じように感じていて、そのあととても彼女と親しくなったんです。そのとき気付いたんです、本は本当に人の気持ちをつなぐことが出来るんだって。だから父が亡くなり、わたしに何が出来るかって考えたとき、料理が好きなわたしは、食べ物で人をつなごうと思ったんです。それで食堂を開きました」
「本や食べ物はわかるけど、参道って単なる道でしょ?」誰かがいった。
「手に取る本や食べものだけが人をつなぐんじゃないと思います」田上幸子がいった。「参道にはもっと精神的ななにかがあるんじゃないでしょうか」
「それ、神道と関係ある?」八ちゃんが尋ねた。
「神道だけじゃなくて、有前に住む人々の心をつなぐ精神的な支柱」幸子がいった。

「このプロジェクトが始まるとき、有前神社の宮司さんに参道の歴史を聴いたんです。この中の何人かには他の機会にお話しましたけど、まだ全員の方が知らないかもしれませんので、ここでちょっとお話しますね」島田園長が有前山神社の変遷、明治の廃仏毀釈、神社の土地の国有化、戦後の再分配などについて説明した。「ですから、この参道は、有前山と奥武蔵街道とをつないではいるけれど、その持つ意味は、有前山神社が有前神社の奥宮だったときとは違うんです。それでも、この話を進めている芝山さんが強く希望されることですから、わたしたちも参道をつなごうって言ってきました。でも、どうなんでしょう、市の計画書に何も書かれていなかったということ、勿論読まなかったわたしたちが悪いんですけど、それを今から違うなどと言い出すと、公園工事に影響するんじゃないでしょうか。踏切のことは公園が出来てから考えればいいんじゃないでしょうか?」
「園長さんのいうとおりですな」丸山議員がいった。「わたしたちはここ有前町に公園が少なすぎるから問題にしているんで、そういう声を代表して市議会で論陣を張ってきました。踏切が増えることについては、さっきのお母さん同様反対する人もすくなくないと思いますよ」
「踏み切りなんてないほうが安全だしいいと思います」別の会員がいった。
「いいじゃない公園が出来れば、十分市民のためになるわ」
「そうだよ、キーオさん欲張りすぎだよ」そんな声が続いた。

「ぼくははじめこの参道の緑をつなごうと思いました」芝山が話し始めた。「むかしこの参道は桜並木がずっと続いてそれはとても綺麗でした。でもいま住宅やコンビニ、ドラッグストアなどが増えて木が次々に切られています。途切れ途切れになった緑を見て、ぼくはそれをつなぎたいと思ったんです。でも、プランターを置いたら不法投棄だっていわれて、それで空き地にプランターの玉龍を植えにいったんです。そしたら雑草の中に昔の参道があって、脇の切り株からひこばえが育っていたんです。そのとき、参道の緑をつなぐのとおなじくらい、参道そのものをつなぐことが大事じゃないかと思えたんです。有前山神社の祭神が変わったとか、奥宮じゃなくなったとか、そういうことは確かにあると思います。でもぼくは、有前山から伸びるこの参道を、昔のように人々が行き来すること、それがとても大切だと思うんです」
「プランターを置くだけでどうして緑がつながるんですか?」
「冬になったらどうなるんですか?」
「その場合、交差点の上はどうするんですか?」そんな質問が出た。芝山が参道の緑をつなぐという話を持ちだしたのは、この協議会では不適当だったかもしれない。協議会のメンバーは公園を作る話で集ったのである。

 そのあとも議論は続いたが、推進協議会という枠で考えた場合、島田園長の話にやはり説得力があった。みつこや幸子など、芝山の意見を支持する人もいたが、それは公園づくりという枠では捉えきれない別レベルの話だった。動議を採決すると、「要望書と計画書との差異は不問に付す」という意見が圧倒的だった。

「わかりました」芝山が最後にいった。「今日お集まりの皆さんは、踏切再開よりも公園ができることを求めておられます。踏切が危ないという意見もありますが、それはどの踏切もそうであって公園の北側にあるから特に危ないということにはならないと考えます。いずれにせよ要望書と計画書との差異はとりあえず不問とし、工事は今のまま進めてもらいます。本日の議事録は会員みなさんにお配りし、改めて別の動議が出たら、過半数の会員を集めて採決します。そうでなければ本件はこの結論をもって一応終りとします。これにて総会を終了します」芝山はそう宣言せざるを得なかった。このとき、最後列の椅子に座っていた栗山敏夫がそっと部屋を抜け出した。

(つづく)
「記号のような男」 第十二回(2019年05月12日公開) |目次コメント(0)

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