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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第十一回

11.推進協議会

 栗山敏夫はその後しばらく会社に何もいってこなかった。社内の噂も収まり芝山の処分もなかった。富永派も鳴りを潜めていた。むしろ所長の掛け声で、放射光研究所は芝山の要望書を支持することになり、高田総務部長が桑富市長と面談した。地元の有力企業が後押しするということで、市は公園化実現に向けて本格的に動き出した。事業は「参道公園プロジェクト」と名付けられた。芝山は話の急展開に驚きながらも推進協議会の設置を急いだ。こうしてキーオのへんなアイデアは、なんと市民権を得て桑富市の公園化計画としてスタートしたのだった。

 芝山の実家は、有前駅北側の住宅街にある。有前駅を通る私鉄は埼玉の奥と池袋とを結ぶ路線で、桑富市内には、西から桑富、有前、柿本という三つの駅があった。それぞれ合併前の新桑富町、有前町、柿本町の最寄り駅である。新桑富町はいまの桑富市の中心部、柿本町はその名の通り昔は柿の産地だったが、明治以降住宅地となり、戦後は公団住宅が建ち並ぶようになった。有前は北に有前山神社、南に有前神社を持つ古い町だったから、いまでも住宅街はひっそりとしている。

 週末、芝山は実家を訪ねた。庭へ回り縁側から声を掛ける。
「ぼくだけど、母さんいる?」
「なんだい今日は、また玉龍かい?」母親の晴子が顔をみせた。
「いや、もうそれは要らないんだ。でもこういう要望書を作って近くの空き地を公園化するプロジェクトを始めたから母さんも見ておいて」芝山は要望書のコピーを母親に手渡し、内容を一通り説明した。
「面白いことをはじめたね、母さんも町に公園が増えるのは賛成だよ」
「輝樹の遊び場にもなるんだ」
「そうかい、そりゃいいじゃないか。あとで父さんにも見せておくよ」
「ありがとう。もし賛同してくれるなら母さんはほら、庭作りの友達やなんかにも声を掛けてくれると嬉しい。父さんはどこ?」
「文化センターの将棋倶楽部へ行ってるよ」
「まだあるの、あれ」
「最近結構子供もいるらしいよ」
 芝山は縁側に腰を下ろし、母親が丹精込めて世話をしている庭を眺めた。庭は家の南側に広がっている。左手、綺麗に刈り込まれた芝生の向こうに紫陽花が咲き始めている。手前の花壇にはジニア、イソトマ、アガパンサスなどの花々が色を競っていた。中央には山帽子の木が葉を伸ばしている。右手奥には葉団扇楓や木蓮、出猩々など和風の木が茂り、手前には蛍袋や九蓋草、擬宝珠などの草花が咲き乱れている。間を通る石畳の脇には玉龍が植わっていた。芝山は自分が参道の緑をつなごうなどと思ったのは、子供の頃からこの庭を見て育ったせいかもしれないと思った。
「きれいだね」芝山がいった。
「玉龍はもういらないのかい?」
「ああ、いまはね」芝山は笑いながら立ち上がった。

 週末がくると、芝山は近所へ要望書の抜粋コピーを配り、推進協議会への参加を呼びかけた。協議会の規約もつくった。島田園長は教育関係者、良子と幸子は子供たちの父兄に参加者を呼びかけた。幸子の父親は畑仲間にも声を掛けてくれた。その結果、一ヶ月で三十名ほどの参加者が得られた。気を良くした芝山たちはさらに呼びかけを続けた。島田園長が、協議会の集会場所として保育園の一室を用意してくれた。ある週末、芝山がそこで説明会の準備をしていると、八百屋の寺山(八ちゃん)と魚屋魚正のトツさんが顔を見せた。
「おれたちさ、じーちゃんにいわれて、キーオさんの運動手伝おうかと」八ちゃんがいった。
「そうなんですよ、考えてみたら空き地はそんなに遠くないし、商店街のためにもなるんで、黙ってみてるだけじゃ駄目だってことになったんです」トツさんがいった。
「嬉しいな!」
「みつこも衿子も、じーちゃんも協議会に入りたいっていってます」
「こちらからお願いしますよ。商店街のほかの皆さんもきっと関心があると思うし、声をかけて賛同していただけたるようだったら、資料を持ってこちらから伺います」
「まかせとき!」
「それにしてもキーオさん、すごいね。会社も巻き込んで市を動かしたんですって?」トツさんがいった。
「所長が話の分かる人で」
「難しいことばっかりやってるんだろ、科学者って」
「地元貢献はつねに考えてます」
「あの栗山って人、その後次治に来ないけど」トツさんがいった。
「たぶん公園が出来るのが癪だから、キーオに一泡吹かせてやろうというくらいのことで、誰かの口車に乗って研究所へいったんだろう」と八ちゃん。
「そうだと思います」
「じーちゃんのとこ、お客が一人減っちゃいましたね」
「いいんだよあんなヤツ、来なくて」と八ちゃん。
「これで皆さんが応援してくれれば鬼に金棒」
「誰が鬼なんだよ?」
「それは八ちゃんでしょ」トツさんが寺山を指差した。
 商店街の面々の参加で推進協議会のメンバーは八十名に増えた。

 芝山は、協議会の活動第一弾としてパンフレット作り、第二弾として有前駅前での署名・募金活動を企画した。パンフレットには住民の地域避難場所としての役割なども盛り込んだ。週末二日間だけで署名はおよそに百名、募金金額は五万円ほど集った。芝山はプロジェクト説明会を桑富市のほかの地域、柿本町、桑富町、新桑富町、さらには有前山の北側の有先(ありさき)町でも開いた。また、柿本駅前と桑富駅前でも署名・募金活動を行った。良子や幸子、島田園長、商店街の面々も積極的に活動に参加した。

 推進協議会の中押しが功を奏したのだろう、桑富市は芝山の要望書に添った計画を予算化し、議会承認を求める手筈を整えた。放射光研究所も地元貢献として費用の一部を負担することになった。勿論推進協議会が集めた募金も活用されることとなった。あるとき芝山が市役所の都市整備部公園緑地課にいると、計画課の男性職員が挨拶に来た。以前芝山を邪険に扱った若い男である。
「よかったですね、公園化の話が決まりそうですね」男は揉み手をしながらいった。「放射光研究所の方だったんですね、この前は知らずに失礼しました」愛想笑を浮かべている。
「ありがとうございます」芝山は素気なくいった。愛想がいいのは柴山が地元の有力企業に勤めていることが分かったからに違いなかった。
「地元の住人ですから」芝山は付け加えた。
「あの空き地、まえから処理をどうしようかって市でも困っていたんですよ。でもひとまず公園化ということで調整できて助かりました」
「以前はそう困っているようには見えませんでしたが」
「有前の辺りはね、我々あまり詳しくないものですから」
「いろいろ教えてくれそうな人いますよ、商店街に。ご紹介しましょうか」
「いえいえ、商売の話ではなくて都市計画のことですから」
「都市計画は地元経済あってのことでしょう?老齢化とか出生率の低下とか、教育とかすべてが関係してくるんじゃないんですか?」
「たしかにね、シャッター通りとかいわれてますもんね」男は話がややこしくなってきたと思ったのか、早々に自分の職場に戻っていった。

 正式に市議会からプロジェクトの認可が下りたのは翌年の三月のことだった。業者選定を経て、間もなく公園化の作業が始まった。推進協議会が整備作業を手伝うこともプロジェクトに盛り込まれた。
 ある週末、芝山は仲間と一緒に空き地の草むしりをしていた。線路のところまで来たとき、芝山はあることに気付いた。
「ねえ、踏み切りはいつ開くんだっけ?」
「踏み切り?」近くにいた良子がいった。
「そう、踏切が開かなければ参道がつながらない」
「要望書に書いたんでしょ?」
「勿論書いたけど、市役所からもらったプロジェクト概要書にはあったかな?」
「だれか概要書いま持ってる?」
「はーい」協議会のメンバーの一人が書類を持ってきた。
 芝山がいくら概要書をひっくり返しても、そこに踏切を再開させる話は載っていなかった。

(つづく)
「記号のような男」 第十一回(2019年05月11日公開) |目次コメント(0)

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