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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第九回

9.新聞記事

 月曜日、放射光研究所では、芝山がこんどは不法侵入罪で巡査に尋問を受けたという噂が流れた。いつも通り机で仕事をしていると、新人の当麻優実が来て「キーオさん、部長がお呼びです」といった。
「きみ、困るじゃないか。今度は不法侵入だって?」伊藤部長が不機嫌そうに芝山にいった。
「うちの近くの空き地を公園にして欲しいと、桑富市の都市整備部公園緑地課に要望書を提出したんです。そしたら実地検査をするということで話が進んで、週末柵が取り払われたので中に入ったら、巡査が通りかかってちょっと呼び止められただけです」
「立派な不法侵入じゃないか!」
「いえ、話したらすぐ分かって貰えました。巡査とは顔見知りですし」
「このあいだの不法投棄のときの巡査か。この研究所では地元と波風を立てたくないといっただろうに」
「ですから何の問題も発生していません」柴山は要望書の内容を説明した。
「問題があるかとどうか決めるのはこっちだ。まあいい、今日のところは仕事に戻りなさい」部長はそういうと手で追い払うような仕草をした。
 戻って当麻優実に聞くと、噂の発信元はまた広報課の瀬戸課長とのことだった。優美は部長秘書を兼務しているからいろいろ情報が集まってくる。芝山は広報課へいって瀬戸をつかまえて問いただした。赤いフレームの眼鏡を掛けた痩身の男は「なあんだ、そういうことでしたか」とあっさり芝山に謝った。「いえね、ちょっと噂を耳にしたものですから」

 その日の夕方、会社から帰ると柴山は、玄関で東都新聞夕刊を手にして眉を吊り上げた良子に「これ、あなたのことじゃない?」といきなり問いただされた。柴山がポカンとしていると、良子は社会面の小さな囲み記事を夫に指し示した。柴山は慌ててそれを読んだ。

『H研究所といえば、日本でも有数のエリート技術者が集う先端技術の研究機関として知られているが、桑富市にある同データ処理センターでは、先日近隣住民から、同センター所員が近所で不法投棄や不法侵入を繰り返しているとの苦情を受けたことを認めた。投棄された物質や侵入場所などについては明かされていないが、今年でちょうど設立十周年を迎える同研究所では、解明に全力を尽くすとした上で、これまで近隣住民との良好な関係維持に努めてきたのに今回それが損なわれるのでは、と頭を抱えている。』

 柴山は今日会社であったことを良子に話した。「おかしいなあ、広報課の課長が、自分が間違って流した噂だって、認めてたんだよ」
「それがどうして東都新聞にこんなふうに載るのよ」
「わからない」
「きっとこのままじゃ終わらないよ、どうするのよ。会社首になったら生活していけない。だからあんなことやめろっていったのよ!」良子はまるで夫が逮捕されてしまったかのように大げさにいった。
 二人が玄関であれこれ話していると奥で電話が鳴った。柴山が行って受話器を取ると幸子からだった。
「夕刊読んだわ。お宅も東都新聞でしょ、読んだ?」
「ああ、いま良子にいわれて。今日会社で瀬戸課長に問いただしたら、自分が間違った噂を流したって認めたから、まさかこんな記事が出るなんて思いもしなかった」柴山は幸子にも起こったことを話した。
「この間のプランターのときと同じね」
「そうなんだ」
「今日昼過ぎ、広報課に東都新聞の記者が来ていたわ」
「そうだったんだ」
「いま石橋所長と富永副所長との間で派閥争いがあるのは知っているでしょう?」幸子は少し声を落としていった。
「すこしね、でもくだらない社内政治じゃないか、興味ないよ」
「芝山君のことがその政治に利用されているのよ、たぶん」
「どういうこと?」
 幸子はおおよそ次のような話をした。石橋所長と富永副所長はそれぞれ中央官庁の別々の人脈に繋がっていて、三年目に入る石橋所長を追い出して富永をはやく次期所長にしようという動きがある。富永が副所長に送り込まれたのは一年前。しかし石橋は手堅く舵取りをしていて隙がない。石橋が昇進する筈の次のポストにも空きがなかなかできないので、このままでは彼の長期政権が予測される。焦った富永派は石橋政権に揺さぶりをかけるために、こんどの経理課長の醜聞を利用しようと企んでいる……。
「醜聞って、そんなもん実体は何もないよ!」
「最後のところはまだよくわからない。でも石橋所長と富永副所長との間で争いがあるのは事実よ」
 輝樹を抱いた良子が心配そうに側に寄ってきたので、柴山は幸子からの情報に礼を言って「また明日会社で」と電話を切った。

 翌朝会社で、芝山はさっそく総務部長に呼び出された。
「いやあキーオさん、こういうことがあると困るんですよ」高田部長は田上幸子の上司で本庁からの出向組だが、研究所に長くいる人だ。
「この前が不法投棄、こんどは不法侵入」
「だから、違うんです」柴山は噂の真相を部長に話した。
「それが、両方について住民の方からクレームが入ったんですよ。交番に通報した方がうちに言ってこられたんです」
「居酒屋にいた老人だな」芝山が小さく独り言ちた。そう、空き地で巡査と話している柴山の姿を遠くから見ていたあの男。
「粟山敏夫さんという方が広報の瀬戸課長を通して、研究所の社員が休日、道路にプランターを捨てたり、空き地に入り込んだりしていると」
「だからいったように、単なる巡査の注意で終ったんですよ」
「そうだとしても、うちにクレームが入ったこと自体が問題なんです」
「なんでそれが新聞に載るんです?」
「その人が新聞社にも通報したのかもしれません。半官半民組織に対して世間の目は厳しいですからね」
「部長は記者の人と会われたんですか?」
「広報課が対応しましたから直接は会っていません。でも、柴山さんの言うとおりとすると、確かにあれはちょっと誤解を与える書き方ですね、『投棄された物質』なんて、単なるプランターなのに研究所で扱う化学物質みたいだね」
「悪意を感じます」
「今後はちょっと慎重に対応しましょう。新聞記事はさて置いて、研究所としてその方にお詫び申しあげました。二度とこのようなことは社員に起こさせないと。あとは先方の出方次第ですね。キーオさんをどう処分するかは社内規定と照らし合わせて検討中です」
「処分って、そんな理不尽な」
「まあ、訓告くらいあるかもしれませんよ、近隣住民に誤解を与えるような行動を取ったということで、社員としてね」

(つづく)
「記号のような男」 第九回(2019年05月07日公開) |目次コメント(0)

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