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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第八回

8.作戦開始

 芝山はとりあえず桑富市役所へ行ってみることにした。五月の終わり、会社を早退し、桑富駅北側に立つ立派な市役所ビルを訪れた。はじめに島田園長に紹介してもらった子供家庭部の保育支援課へいった。有前町の空き地について問い合わせたいというと、都市整備部の土木課へということだったので、エレベーターで五階まで昇った。
「どんなご用件でしょうか」応対した女性が芝山に訊いた。
 キーオは地図を出し、空き地を指差して「ここに空き地がありますね、そのことについてお聞きしたいんです」といった。
「それでしたら向こうにある計画課でお願いします。ここは出来た計画に基づく整備や工事を担当しています」
 芝山は言われたとおり計画課という看板のあるカウンターへ移動し、「ここに空き地がありますね、そのことについてお聞きしたいんです」と同じことを尋ねた。
「ああ、旧有前町の」出てきた若い男性職員が地図を覗き込みながらいった。
「ここを市の公園として整備できないかという相談なんです。そばにある桜岩寺保育園の子供たちの遊び場にもできるといいなと思って」
「公園の話でしたら公園緑地課の方で聞いてもらえませんか?同じカウンターの反対側の端ですけど」
 キーオは公園緑地課という看板のあるカウンターへ移動し、「ここに空き地がありますね、そのことについてお聞きしたいんです」とまた同じことを尋ねた。
「ここ、公園じゃありませんけど」係りの女性がいった。
「ええ、いまはそうなんですけど、ここを公園に出来ないかと」
「なるほど」
「それと同時に、昔あった参道も整備したいんです」
「道路としてですか?」
「はい」
「そういう総合的なお話でしたらまず計画課でお尋ねください」
 キーオは計画課へ戻り、さきほどの若い職員にいった。「さっきは公園といいましたけど、昔あった参道としてもここを整備してもらいたいんです」
「どうしてですか?」
「中央にある道を参道として復活した上で、まわりを公園として整備して、子供たちの遊び場を作りたいいんです」
「ですから、どうしてなんですか?」
「あのそばに私の息子が通っている桜岩寺保育園があるんです。島田園長さんから聞いた話では、いつも子供たちをカートに乗せて、下里の公園まで交通量の多い市道を通って行くんですが、そこは歩道がなくて毎回怖い思いをしているそうなんです。近くに公園があればそんな思いをしなくて済むし、真ん中にあった廃道が復活し踏切が再開すれば、有前山から有前神社まで参道としてつながります」
「はあ?」
「緑もつながりますし」
「あなたは旧有前町の方ですよね、息子さんが桜岩寺保育園に通っていらっしゃる」
「そうです」
「で、保育園のそばに公園が欲しいと」
「公園と参道です」
「参道って、あそこは十年前、まだ桑富と合併する前、有前町としてのご判断で、東側に、南北に走る立派な道をお造りになったじゃありませんか」
「公園は?」
「公園に関する計画は、まず公園緑地課と相談していただいて、そちらから要望として出てくれば検討しますが、こちらに直接いわれてもね。桑富市全体としての優先順位もありますし……」若い男性職員は眼鏡に触りながらうじうじ言う。  
 キーオは再び公園緑地課にもどった。神社の参道については文化スポーツ部の文化振興課とご相談をと女性がいうので、彼は最初に行った二階の子供家庭部と同じフロアにある文化スポーツ部へ行ったが、担当が外出しているということで話ができなかった。五階の公園緑地課へ戻ると、さっきとは別の女性が応対に出た。キーオはもう一度初めから話をしなければならなかった。聞き終えると相手は「そういうお話は書面でいただかないと」といった。
「もう、どうなってるんですか!いつもこんな調子なんですか、お役所仕事ってよくいうけど、人を盥回しにして、最後に書面にしてくれだなんて。そんなら最初にそう言ってくださいよ、口で説明してきたこと、すべて無駄じゃないですか。頭に来るなあ。わかりました、書面すればいいんでしょ、書面に!」もはやキーオはいつもの優しい人ではなかった。モサット・キーオと呼ばれたときの数倍ムッとした表情で彼はいった。

 芝山はそれから一週間をかけ、良子や島田園長と相談しながら「有前町七丁目の空き地活用について」と題した要望書を書き上げた。趣旨は空き地の有効活用のための公園化で、発起人は住民代表芝山輝夫とした。公園としてのレイアウト図も添えた。鶴橋からまっずぐ北へ伸びる参道は、車が通らない遊歩道(幅七メートル)とし、道の左右のスペースに、芝生、散歩道、子供の遊び場、花壇、市民農園などを配した。そして踏切を再開する。昔の並木の切り株から生えてきた“ひこばえ”は接ぎ木の技術で大切に育てる。スペースの西端を斜めに横切る有前川の土手には低木を植えることとした。芝山はその要望書を、市役所の都市整備部公園緑地課に提出した。

 島田園長が、有前地区選出の市議会議員を知っているというので、二人は要望書のコピーをその議員に見せに行った。丸山真一といって革新系政党のベテラン議員である。歳の頃は六十過ぎくらいだろうか。
「いいですね、このご提案は」事務所で丸山は愛想よくいった。「あそこは以前ショッピング・センターの候補地として挙がったことがあるんですよ」
「評価にどれくらい時間がかかるものなんでしょうか?」島田が尋ねた。
「返事はすぐ来るでしょう、二週間もかからないんじゃないかな」
「それからどうなります?」芝山が聞いた。
「行政側で見て、良いとなればいろいろ案に手を加えて予算化し、議会承認を求める手筈になります」
「手を加えるというと?」
「桑富市全体の公園配置計画との整合性や、年度予算の許容額などに応じて、たとえば規模を縮小するとか、一部を商業施設に売って低額化するとか」
「あまり変更してもらいたくないなあ」芝山がつぶやいた。
「変更の場合はこちらに相談があるんでしょうね」
「勿論です」
「で、可能性としてはどうですか、この案」島田が尋ねた。
「いいと思いますよ。園長よくご存知のように、あの辺には公園が少ないですから。以前別のところの公園化の話しがあったのですが、マンションになってしまいました。この案、私も応援させてもらいますよ」
「嬉しいです、助かります」島田は参考までにと、有前神社で聴いた参道の歴史を丸山議員に話した。
「参道を復活するということで、有前神社さんに応援を頼むというのはどうでしょう?」芝山がいった。
「微妙ですね。いまのお話ですと、江戸時代に有前山神社とは一度縁が切れているわけでしょう。それに、あそこはこれから拝殿の改修でお金がちょっとかかる筈だからね、氏子さん次第ですかね」
「なるほど」
「できれば、どこかのタイミングで推進協議会のようなものを作るといいかもしれませんよ、住民側で」議員がいった。「要望書の住民説明会を開くとか、募金活動を計画するとか、そういうことをおやりになると、行政側でも捨てて置けないということで、前向きに見当してもらえる可能性が高まります」
「いつのタイミングがいいでしょう」
「早い方がいいな、できれば最初の返事が来る前に、こういう会を作ったと中押しする形で」
「考えて見ます」芝山がいった。
「うちのご父兄のみなさんに説明会のようなものを企画しましょうか」
「それはいい案ですね。私も出席させて貰います」丸山議員がいった。

 次の週末、島田が桜岩寺保育園で要望書に関する説明会を開いてくれた。急なことで集りは悪かったが、それでも十数名の父兄(ほとんどは母親)が参加した。丸山議員も姿を見せた。芝山は要望書「有前町七丁目の空き地活用について」の内容を説明することができた。プロジェクターで子供たちがカートに乗せられて車道をいく写真や公園のレイアウト図を壁に映し、公園の必要性を熱弁した。みな賛同してくれたが、推進協議会の設立までには至らなかった。どのような会にするか、芝山自身アイデアが纏まっていなかったのだ。

 二週間後、市役所から返事が届いた。しかしそれは「前向きに検討させていただきます」という一枚書類で、いいとも悪いとも書いてなかった。いってみれば「提案を受け取りました」というだけの内容である。中押ししなかったからだろうか。芝山と良子が憤慨していると、その夜、八百屋の寺山(八ちゃん)から芝山の携帯に電話が入った。これから「次治」に来られないかということだった。
「どうも」芝山が店に顔を出すと、
「いらっしゃい」じーちゃんが威勢よくいった。
「キーオさん、呼び出してごめんね」八ちゃんがいう。見ると魚正のトツさん、新島食堂のみつこの二人もいる。挨拶がすむとじーちゃんが芝山の前に熱燗とお猪口を置いた。
「それで、きのうみつこの店へ来たお客さんが、桜岩寺保育園の父兄の人で、あの空き地を公園にするとかなんとかいう話を聞いたんだって。ほら、この間参道をつなぐとかいってたじゃない、その話と関係があるんじゃないかと思ってね、それで電話したわけ」
「参道をつなぐ話が公園化に発展したんです」芝山が事情を説明した。
「やっぱりそうか」
「この間、うちのお店に奥様とお友達の人が来てくれました。そのときちょっと小耳に挟んだんですけど、きのうはかなり具体的なお話だったから」
「参道の緑をつなぐ話が、参道に変わって、こんどは公園かよ」八ちゃんがいった。芝山は改めて三人(とじーちゃん)に要望書の内容を説明した。そして役所を動かすために、住民主体の推進協議会を作りたいという話もした。
 そのとき、カウンターの奥で飲んでいた老人が「私ですよ、警察に通報したのは」とぽつりといった。みながその男の方を見た。
「いまの話で、参道にプランターを置いたのがあなただったってことが分かりました」老人は芝山の方を見ていった。「いえね、以前家のまえにガラクタが捨てられていたことがときどきあって、あのプランターもそうだと思ったんですよ。だから通報したんです」七十歳ぐらいの退職会社役員といった風情である。
「そうだったんですか」呆然として芝山がいった。
「空き地の公園化の話も反対だな。ただでさえ保育園があってうるさいのに、そばに公園なんかできたら騒々しくて堪らん」老人はカウンターの上に飲み代をおくとぷいと店を出ていってしまった。長く話したくなかったのだろう。

「なんだアイツ」しばらくたって八ちゃんがいった。
「へんな親爺でしたね」トツさんがいった。
「おそくなってごめん」そのとき佐伯衿子が店に入ってきた。
「よく来るんですか、いま店を出て行った人?」席に着くと衿子がじーちゃんに聞いた。「そこで会ったんだけど」
「ときどきね。大手の電話会社に勤めていたらしい。退職してから奥さんを亡くしてそれからうちに来るようになった。お銚子二、三本ですぐ帰るから、どういう人か未だによくわからないけど」
「そうですか」衿子は何かを思い出そうとしている様子でいった。
「あんな老人のこと忘れてさ、その推進協議会ってなにやるの?」と八ちゃん。
「なにそれ?」衿子がきいた。みつこが手短に衿子にそこまでを話した。
 芝山は四人とじーちゃんに丸山議員からきいたことを受け売りで話した。「要望書の住民説明会を開いたり、募金活動を計画したり、案が具体化したら整備作業を一部手伝うとか、そういう住民主体の組織が出来ると、行政側でも捨てて置けないということで、計画実現の可能性が高まるらしいんです」
「手始めが、保育園での説明会だったってわけか」
「そうなんです。でもそのあと賛同者をどう増やしていったらいいかわからなくて」
「おれたちも、商店街に関わる話なら一肌脱ぐけど、保育園の遊び場じゃな、ちょっと関係ねえからなあ」八ちゃんがいった。

「いいニュースよ」次の土曜の朝、島田園長がまだ布団に包まっている芝山を電話でたたき起こした。「公園化の件、役所が実地検査を行うところまで話が進んだわ」 
「本当ですか!」
「まだ採用されるかどうかわからないけど、実地検査は本当よ、今朝空き地を見たら柵が取り払われていたわ」
「そうなんですか、感激だな。僕もさっそく行ってみます」電話を切って良子にいうと、彼女はまだ半信半疑だった。「まだ推進協議会もできていないのに?」
「だよな、でも柵が取り払われてるって。僕、行ってみるよ」柴山は着替えもそこそこに、頭もボサボサのまま(モサット・キーオと呼ばれても致し方ない姿で)空地へ走った。

 たしかに、空き地は柵が取り払われ清々しかった。天気が良いからそう感じるのだろうか。芝山は鶴橋を渡って、先日柵を潜ったあたりから空き地に入った。古い参道を確かめながら線路の方向を目指して歩く。正面に有前山の姿があった。八十メートルくらいしかない低い山だが、堂々としていて神々しく見える。しばらくたって線路まで行って戻ってくると、そこにあの岩田巡査が立っていた。黒い自転車が脇に留めてある。
「ここ、入っちゃいけません。不法侵入になります」巡査がいった。ニコニコしているのがかえって不気味だ。
「また誰かが通報したんですか」
「いいえ、たまたま巡回中で」
「逮捕でもするというんですか?」
「身元が分かってるんで逮捕はしません。でも、そこから出てこないと軽犯罪法違反で一万円未満の科料に処します」
「いきますよ、いま。でもここ、柵が取り払われたんですよ」芝山は、岩田巡査に要望書の件を話した。
「そうなんですか、知りませんでした」巡査がさらりといった。
「柵がないんだから、出入り自由なんじゃないんですか?」
「でも、立ち入り禁止が解除されたという連絡は受けておりません」
「わかりましたよ」柴山はここで押し問答をしていても埒が明かないので、一旦引き下がることにして空き地から歩み出た。そのときキーオは、遠くからこちらの様子をじっと見ている老人に気付くことはなかった。

(つづく)
「記号のような男」 第八回(2019年05月06日公開) |目次コメント(0)

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