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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第七回

7.参道の歴史

 翌週の午後、桜岩寺保育園の島田園長は、芝山との約束を果すために、有前神社へ足を運んだ。保育園をもつ桜岩寺の住職に、有前神社の宮司を紹介してもらったのである。保育園前の参道を南に十分ほど歩くと、欅並木が美しい奥武蔵街道へ出る。有前神社は信号の向こう側にあった。大きな鳥居が目印だ。街道の交通量は多いけれど、信号を渡り木立に覆われた神社境内に入ると、車の音も止み、ひんやりとした空気に包まれる。参道を進むと流造の立派な拝殿が見えてきた。園長は、拝殿脇の事務棟で前田宮司と会った。

「遂慧(すいけい)さまはお元気ですか?」血色のよい宮司が島田にいった。
「お陰さまで。八十を過ぎたとは思えません」
「それはよかった。ところで今日はどんなご用件でしょうか」
「お忙しいところすみません。今日お伺いしたのは、うちの保育園の近くにある空き地のことなんですけど、ご存知ですよね、昔有前さんの参道だったところ」島田は持参した地図を広げてその場所を指差した。
「十年くらい前に廃道になった場所ですね」
「そうなんです。最近ここを整備したいという町の方がおられて、私どもも、もしそうなれば子供たちの遊び場としても使えるんじゃないかと思いまして、この土地のことを調べているんです。ここは廃道になったとき、たしか有前町が管理していました。でももとは参道ですからこちらの神社との関係はどうなっていたのかなと」
「なるほど、ではちょっと歴史をお話いたしましょう」宮司はそういって椅子に座りなおした。「昔々、有前山の山頂にある祠はうちの奥宮でしたんですよ。有前山神社といいまして」
「あの祠が!」
「そうです。それが、江戸時代のいつ頃でしたか、柿本のほうに住む熱心な男が冨士講に嵌りましてな、あの浅間大社さんの。有前山の頂は富士山が望める素晴らしい所なので、是非浅間大社の下宮として祭らせてほしい、という話を持ってこられたんですわ。講の方では、だいぶ村人を集めておりまして、富士山まで行くのは難儀だから下宮をということで。当時のうちの宮司は物分りのいい人だったんでしょう、氏子と相談の上、名前は有前山神社のままお譲りしました」

「そうでしたか。そのとき有前神社さんとは一応縁が切れた?」
「縁が切れたといいますか、新しく生まれ変わったということでしょうな」
「参道のつながりはそこで途切れたんですね。その後は?」
「明治に入って廃仏毀釈でてんやわんやの時期に、柿本町にあったお寺さんが潰れて、有前山神社の面倒をみる住職さんがいなくなり、冨士講もだんだんと下火になって、浅間大社の方でも管理が行き届かなくなったんでしょう、そのままになってしまっています」
「参道はどうなったんでしょうか?」
「明治政府の上知令で、一旦参道も境内も全部国有地になりまして」
「はあ」
「国家神道ということでしたからな、当時は。国有になった土地が戻ってきたのは戦後ですが、有償ということもあって、うちはこの境内だけで手一杯、参道は町の管理に委ねるということになりました」
「線路の向こうとこちら側で違いはありますか?」
「ないです。ただ、こっち側は道の整備で並木も残ったけれど、向こう側はね」
「管理が行き届かなかった。でも細い参道が昔のまま有前山まで続いています」
「畑の持ち主さんたちが残したんでしょう」
「有前川が鶴橋に差し掛かるところまでですね」
「そう、そこに道が東西に走って、そのむこう、線路までのところは畑でもなく中途半端に残された」
「なるほど。それで東側に新しく道路ができたとき、参道は廃止ということになったんですね」
「そういうことでしょうな」
「有前町が桑富市になって、どうなったのかしら」
「桑富市が管理しておるんでしょう」
「空き地を活用する相談をするとしたら桑富の市役所ですね」
「そうなりますね」
「ここが空き地になったのは、江戸時代に有前神社の奥宮が浅間大社に移されたことが遠因としてあるんですね」島田は地図を畳みながらいった。
「またお祭りできれば違うんでしょうが」前田宮司は頭へ手をやった。
「歴史を紐解いていただいてありがとう御座いました」島田園長は礼をいって有前神社を後にした。

 数日後の夜、島田園長は、有前神社の宮司から聞いた話を伝えるために、芝山夫婦のアパートを訪れた。
「恐れ入ります、わざわざ」良子が玄関で園長を迎えた。
「いいえ、子供の遊び場づくりのためにはお安い御用ですよ」
「まだ話してないんです、彼に」
「何を?」
「いえ、いいんです。どうぞ上がって下さい、散らかっていますけど」
 園長が居間に上がると輝樹を抱いた芝山が挨拶した。「どうもよくいらっしゃいました。すみません、お迎えできなくって」
「いいんですよ」
「どうぞそちらに座って下さい。いま家内がお茶を淹れます」
「いろいろと分かりましたよ。参道の途切れてしまった訳が」良子がお茶を出して芝山の隣に座ると、島田は前田宮司から聞いた内容を二人に語った。
「奥宮ってなに?」話のあと良子が夫に尋ねた。
「本宮より奥にある神社のこと」
「下宮って?」
「本宮より下にある」
「なによそれ?」
「ネットで調べたら、一つの神社に幾つか社のあるとき最も低いところにある神社、ということでした」島田がいった。「浅間大社の本宮は静岡県富士宮市にあって、有前山にあるのはその下宮ということのようね。富士塚ともいうらしいけど。浅間大社の奥宮は富士山山頂にあります。冨士講の信者たちはそこに登るんだけど、それぞれの地域の富士塚に参拝すれば、富士山に登ったのと同じことになるんですって。奥宮の定義は、本宮より奥にある神社で正解だけど、同一祭神で、ということらしいわ。有前神社の祭神は素戔鳴尊と須世理姫。有前山神社の祭神は大山祗神と木花咲耶姫。つまり浅間大社の下宮になったときに祭神も変ったのね」
「なるほど」芝山と良子が感心しように頷いた。
「あそこから富士山が見えたんですか、今じゃ木が生い茂ってよく見えないけれど」芝山がいった。

「これからどうします?」島田が尋ねた。
「桑富市の市役所へ行きます」芝山が答えた。
「道を通して下さいってお願いするの?無理に決まってるじゃない。十年間もほったらかしになってる場所よ」良子がいった。
「子供たちの遊び場に、っていう話を前面に出したらどうでしょう。そうしたら行政も聞く耳を持つんじゃないでしょうか」島田がいった。
「そうよ、それだったら輝樹のためになるから、わたしも手伝うわ」
「家内に話してくださったんですね!」芝山がいった。
「この間ちょっと」島田が微笑んだ。
「参道をつなぐのが目的だけど、役所を説得するには、確かに子供の遊び場を整備する、という理由の方がいいですね」
「そうなのよ。園長さんも応援して下さるっていうし、絶対そうしなさいよ」良子が芝山の膝上の輝樹を抱き上げていった。

(つづく)
「記号のような男」 第七回(2019年05月05日公開) |目次コメント(0)

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