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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第六回

6.良子と幸子

 数日後、夕食準備中の良子のところへ田上幸子が顔を見せた。茨城の研究棟で開かれる経理報告会に出席するので、芝山の帰宅が夜遅くなる日だった。
「いらっしゃい、子供たちは?」
「両親のところ」
「二人いると大変よね」良子は幸子を居間に招じ入れていった。
「親がいなかったら仕事なんかに復帰できなかったよ」
「そうでしょう、うちなんかいつもこの二歳児に振り回されてるもん」
「可愛いわね、輝樹くん。お父さんに似てる」輝樹がにっこりと笑った。
「私に似てるっていってよ」
「はいはい、良子にそっくり。これ、父の畑で採れた新ジャガと牛蒡、少しだけど持ってきた」
「いつもわるいね」
「いいのよ、商売はやめたのに趣味で続けてるんだから」
「羨ましいわ、畑を持っているっていうだけで。それで、電話での話、うちの旦那、あのへんなアイデアを幸子にも話したのね」お茶を淹れながら良子がいった。
「そう、参道をつなぐ話。良子が反対してるっていうから、どうなのかなと思って。わたしは彼にそれって郷土愛でしょっていったの」幸子はそういって旧友の反応をみた。

「郷土愛?」良子には伝わらないようである。
「町に残る古いものを守ろうっていう気持ち」
「でもさ、はじめは参道の緑をつなぐなんていってたのよ。それでプランターを置きだして。不法投棄だっていわれたら、今度は空き地の道をつなぐなんて変っちゃって、一貫性がないよ」
「参道の緑をつなぐアイデアも、古くからある並木が切られすぎるからでしょ、一種の郷土愛といえるんじゃない?」
「これまで彼にそんなもんなかったよ」
「あった。入社して一緒に本庁へ研修にいったとき、彼、本庁の課長さんに有前の人間でも会社を思う気持ちは同じだって啖呵きったことがある。ほら、うちの会社、現地採用を馬鹿にする雰囲気ってあるじゃない、今でも」
「そうか、でもそんな昔のこと私は知らないよ」
「結婚してからは何も?」
「うん、まるで機械みたいにうちと会社を往復するだけ」
「どうしたのかしらね、急に」
「めずらしく酔っ払って帰ってきたのよ、あの日。だから翌日になったら忘れるだろうと思ってたらとんでもない。ますます高じちゃって」
「それ経理部の新人歓迎会の日でしょ。そうそう、今度、商店街に出来た食堂、行ってみない?」幸子が話題をかえていった。
「ああ、本屋さんのあとに出来たところね」
「娘さんが始めたらしい。経理部の子がいってた。素朴だけど手間隙かけてる感じだって」
「あの辺、あたらしい店ができるの、久しぶりよね」
「シャッターを下ろしているところが多いものね」良子は輝樹を膝に乗せていった。二人は地元の高校同期だから、以前の有前町をよく知っている。

 その週末、幸子と良子は昼間子供たちを旦那に任せ「新島食堂」へ行った。週末のお昼時なのにまだお店は空いていた。
「いらっしゃいませ」オープンカウンターの向こうで店主のみつこがいった。
「初めてだけど明るくていいお店ね」幸子がいった。
「ありがとう御座います」
 二人はメニューから定食を選んで注文した。「先日会社の新人がこの店にきて美味しかったというんで、友達を誘ってきてみたの」幸子が付け加えた。
「放射光研究所の方ですか!」
「そうよ。この人も所員の奥さん」
「このあいだ居酒屋さんでキーオさんという方とご一緒しました」
「それ、うちの旦那よ!先週の週末じゃない?」
「そう、野菜を入れてくれる寺山さんや魚を仕入れている魚正さんたちとときどき飲むんです、この先の次治って居酒屋さん」
「旦那、へんなこと言わなかった?緑をつなぐとか参道をつなぐとか」
「そうでした!わたしたち、それ何なのって、だいぶツッコミを入れちゃったんですけど」カウンターの後ろに戻ったみつこがいった。
「そうだったんだ。世間は狭いわね」幸子がいった。

 みつこが料理に専念する間、幸子と良子は店内を見回しながら話を続けた。「昨日、保育園に子供連れてったら園長さんからもいわれちゃった」
「なんて?」
「あの保育園、参道に面しているでしょ。うちの旦那があそこの真ん前にプランターを置いたのよ。そしたらそれを撤去するのを見ていたんですって、園長さん。それで町で彼を見かけて声を掛けたらしいの。島田さんていうんだけど知ってるでしょ」
「うちの二人もお世話になったもん」
「彼女がいうには、プランターも緑が増えて嬉しかったんですって。それであの空き地のこと、整備されれば、道路わきで子供たちを遊ばせることができるっていうのよ」
「そうか、いつも子供たちを下里の公園まで連れてってるもんね」
「そういわれてわたしも見にいったんだけど、あの空き地、だいぶ広いのよ。横幅がだいぶある。参道をつなぐだけだったら、車道なんかいらないじゃない。そしたら道幅を狭くして、左右がより広く取れるわけだから、子供の遊び場なんて楽勝でつくれちゃうわけ」
「下里の公園まで行く市道には歩道もないのよね」
「線が引っ張ってあるだけ」
「危ないよ、あれ。いつも子供たちをカートに入れて運んでいるけど」
「でしょ、だから園長さんのいうことにも一理あるなって」
「旦那のいうことでしょ」
「旦那のは訳のわからない理由だけど、子供遊び場を作るっていうのは真っ当な理由よ」
「そうか、そう来たか。まあ、ともかく良子も賛同してくれるんだ」幸子はなにはともあれ旧友が気を変えてくれたことを喜んだ。

「お待ちどうさま。鯵定食と鯖の味噌煮、鯵がこちらで味噌煮定食がこちらですね。ご飯はお代わりできますから仰ってください」
「わあ、おいしそう。どこで修業されたんですか?」
「一応料理学校へ通いましけど、メニューの大半は母の料理を見よう見真似で」
「だからメニューに懐かしい料理が多いんだ。ご両親は?」
「父は亡くなりました」
「ご愁傷さま。ここが本屋さんだったとき私たちよく来ましたよ」
「母はいま桑富のアパートに住んでいます。ここは食堂にするために奥を使ったから、上に私一人が寝起きするスペースしか取れないんです」
「そうなんだ」
「でも手伝いに来てくれるんです、忙しいときなんか」
「それはいいわね」
「どうぞごゆっくり」み つこはカウンターの後ろに戻った。

 幸子と良子は食事をしながら会話を続けた。
「それで、そのこと芝山くんに話したの?」
「まだ。園長さんが空き地のことを有前神社に聞いておいてくれるっていうから、それからでもいいと思って」
「喜ぶわよ、芝山くん」
「わからないよ、まだどうなるか」
「会社でいつも芝山くんを見ているけど、今度の話をしているときの彼って、いつもとちょっと違った。いつもは、ほら、良子もいってたけど、機械みたいで生気があまりなかった」
「記号みたいな男、ってあだ名されるくらいだもんね」
「キーオっていわれても平気だし」
「一肌脱ぐか、保育園に通っている輝樹のために」
「そうそう」幸子がいった。
「また連絡する。このあいだ来てくれてありがとね」
「どういたしまして。ところで、ここの料理、けっこう美味いね。たしかに手間隙かけてる」
「鯵もいける」良子が相槌を打った。
「美味しいです!」二人が大きな声でいうとみつこが嬉しそうに微笑んだ。そのとき扉を開けて別の客が入ってきた。

(つづく)
「記号のような男」 第六回(2019年05月04日公開) |目次コメント(0)

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