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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第五回

5.研究所にて

 月曜日に会社へ行くと、週末、芝山が警官と一緒に、プランターを回収していたことがちょっとした話題になっていた。誤解の広まるのがいやだったので、芝山は課員を集めて事情を説明することにした。主計担当の杉田徹係長、補佐の堀辺麻耶、出納係の魚島桐子、原価担当の三村篤史、伝票係の時田玲子、そして新人当麻美優の六人。杉田と三村、新人当麻の三人は中央官庁から、魚島と堀辺は企業の研究所からの出向者で、時田は契約社員だ。芝山の席の周りに皆が集る。
「えー、週末、ぼくは家のそばの参道で、警官と一緒にプランターを回収してました。道沿いの木が切られて歯抜けになった場所に、緑をつなげようとして置いたんですけど邪魔だという住人の方がいて、それで回収しました。全部で十個。それだけの話ですから皆さん、あまり気にしないように」
「警官が後ろに立って、プランターを運ぶキーオさんをゾウの曲芸みたいに棒で操っていたって、広報の瀬戸課長がいってました」堀辺麻耶がいった。一同がどっと笑う。
「そんなことはありません」芝山はみなが納得するよう、岩田巡査の訪問から始まったその日の事を詳しく説明した(参道をつなぐ話まではしなかった)。
「瀬戸さん、だいぶ尾ひれをつけて喋ってんだ」三村がいった。
「からかい半分で言い触らしたんですよ、きっと」と時田玲子。
「キーオさんって、いつも行動が誤解されるのよね」魚島桐子がいった。
 三人は納得したようだったが、杉田はいぜん芝山に疑り深げな眼差しを向けている。本庁人としてのプライドを持つ彼のキーオに対する態度はいつもこんな風だ。
「でも瀬戸さんが怪しいって」新人の当麻美優がいった。
「なにが怪しいの?」
「逮捕されたんじゃないかって」
「いま説明したでしょ、違うって。へんな噂が立つといやだから他の課にも言って回ってね。部長には僕から直接説明しておく」芝山が席に戻るようにいうと、「はあーい」といって皆それぞれの席へ戻った。

 午前中芝山は、経理の数字と格闘し報告書を纏め上げた。研究施設の費用は、運び込まれる物質ごとに割り振られた試験番号(製番)に応じて、コンピュータで集計される。実験担当者は、工数を磁気カードによって、資材担当者は、直接材料費を伝票によって、それぞれその発生高(額)を該当製番に入力する。あらかじめ物質ごとに提出された予算と、実際の製番費用とを比較し、その差が大きければ、キーオは現場に理由を問いただす。納得が行くものであればその旨を報告書に記入する。そうでないものは、経理報告会において口頭で報告する。差異が大きいものは、所長が担当研究施設に連絡し、さらに原因追及がなされる。その結果は、当然次の物質依頼の優先付けにも影響する。だからキーオの経理報告会は、予算を提出した各研究施設の担当者にとって、時に戦々恐々とした場になる。芝山の行動が誤解されるのはそんな折で、予算設定を咎められた担当者が裏になにかあるのではと勘ぐるわけだ。

 昼休み、芝山が良子の手づくり弁当を外のベンチで広げていると、総務部の田上幸子が通りかかった。
「どうしたの、元気ないじゃない」
「報告書作りでちょっと疲れたのさ」
「なんだ、あのことかと思った」
 田上幸子は、十年前ここがオープンしたとき、芝山と一緒に採用された同期である。芝山以外、デーセンには二名の現地採用がいると書いたが、そのうちの一人が彼女だった(もう一人は施設課の課長)。しっかりものの美人で、入社早々、茨城の研究棟の技師と結婚した。子供を二人産んでから職場復帰を果し、総務部人事課で、福利厚生を担当している。芝山の妻良子とは、地元の高校同期で、東京へ出て久しぶりに地元に戻ってきた良子を、芝山に紹介したのが幸子だった。
「ああ、警官のあれね。もううんざりだよ、聞かれるの」
「説明聞いたわよ、経理課の女の子から」彼女はベンチの隣に腰を下ろした。
「じゃあ、もういいだろ」
「なにをつんつんしてるのよ」
 芝山は考え直し、幸子にまだ会社では誰にも話していない、参道をつなぐアイデアを話した。良子が反対していることも付け加えた。
「君も馬鹿だと思うかい?」
「そんなことない。芝山くんらしいと思う」以外にも幸子はそういった。「ほら、入社してすぐ、一緒に本庁へ研修にいったとき、私たちを見下す課長さんに言ってくれたじゃない、有前の人間でも会社を思う気持ちは同じだって。そういう郷土愛があるのよ、芝山くんは。だから、桑富でこれ以上いびつな都市開発が進まないよう、古い文化を守ろうって考えたんでしょ」
「なるほど、そう考えると説明が付くね」
「なによ、自分で言い出したことでしょ」
「なぜこんなことを思いついたのか、よく分からなかったんだ、自分では。でも新桑富を中心とした経済優先の都市開発に、ぼくが違和感を覚えていることは確かだ」
「有前さんは由緒ある神社だもの。参道を守る価値はあるわ」
「しかし、なぜ参道や祠を手放してしまったのかな、有前神社は」
 そのとき新人の当麻美優が芝山を呼びに来た。
「キーオさん、部長さんがお呼びです」
「わかった、すぐ行く」芝山はそういうと慌てて弁当を畳んだ。

「なんですぐ謝りに来ないんだ。うちは君も知っての通り半官半民の研究所だ。だから評判を落とすようなことはしないでほしい。波風を立てたくないんだ、とくに地元とは。わかるだろう。君の仕事における貢献はよく分かっている。だからなおさら自重してほしい」経理部長は神経質そうにいった。伊藤春義、半年前に着任した。勿論中央官庁からの出向者だ。
「そんな大袈裟なことでしょうか」芝山は改めて、経理課員に話した内容を伊藤部長に説明した。
「プライベートに何をやろうが構わないが、警察のお世話になるようなことだけは止めてくれといってるんだ」
「お世話になった訳じゃありませんよ。一緒にプランターを運んだだけです」
「きみ常識ってものを弁えなさい。あやうく始末書を書かされるところだったっていうじゃないか」伊藤がいった。
 広報課長が広めた噂に、根も葉もないことを付け加えて報告したヤツがいる。もっと早く説明しにくればよかった。経理報告のほうが大事だと思ってそちらを優先した結果がこれだ。「たぶん杉田係長あたりだな」身を低くして部長の叱責をやり過ごしながら芝山はそう思った。

(つづく)
「記号のような男」 第五回(2019年05月03日公開) |目次コメント(0)

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