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■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第四回

4.町の人々

 その日の夕方、芝山は良子に買物を頼まれ自転車で駅前まで行った。商店街を歩いていると、芝山を呼び止める女性の声がした。
「芝山さんでしょ?」見ると四十がらみの恰幅のよい女性が立っている。
「そうですけど」
「島田です、桜岩寺保育園の」
「ああ園長さん、いつも息子がお世話になっています。なにか御用ですか?」
「あの歩道のプランター、なぜ撤去なさったんですか?いえね、オフィスで残務整理をしていたら、あなたらしき人が警官と一緒にプランターを運び去るところを見たものですから。人違いだったら御免なさい」
「ぼくでした」
「やっぱり。あれ、喜んでいたんですよ私たち。歩道の緑が増えたって」
「そうなんですか!」芝山はプランターを置いた動機と、今朝方警官とのやりとりでそれを撤去しなければならなかった経緯を説明した。
 それを聞くと島田園長は残念そうに「だれが文句言ったんでしょうね、いいことをなさっていたのに」といった。
 その言葉に勇気を得た芝山は、園長に新しいアイデアを話した。
「へえ、あの道が有前山の山頂まで続いているなんて、忘れてたわ。あの空き地、沿道が広いから使えるようになったら、子供たちを遊ばせることも出来るわね、わたしたち、いつも下里の方の公園まで行くんですもの」
「子供の遊び場ですか、考えていなかったけどいいですね。でも、家内が馬鹿なことするなと」良子を知っている人なので、キーオはちょっと阿るようにいった。
「え、そうなの、今度お会いしたら私から言っておきますよ、ご主人のアイデアは素晴らしいって」
「助かります。ところであの土地、誰が管理しているかご存知ですか?」
「廃道になったときの説明では、有前町のものという話だったから、合併したあとは、桑富市が直接管理してるんじゃないかしら」
「有前神社じゃないんですか?」
「有前神社はだいぶ前、参道や周りの土地を全部町に移管した筈よ」
「そうですか、有前山の祠も手入れされていないようでしたし、あそこが廃道になったのも神社が関わっていなかったからですかね」
「そうかもしれない。その辺のこと調べてみましょうか。何か判ったら連絡しますね」園長はそういって微笑んだ。

「やあ、芝山さん、先日はどうも」園長と別れると、向こうから居酒屋「次治(つぐはる)」の主(あるじ)が自転車で通りかかった。ねじり鉢巻にジャンパー姿、自転車の荷台に大きな竹籠が括りつけている。開店前の買出しのようだ。
「こんにちは」
「だいぶ飲んでおられましたね、この間は」主が自転車を止めていった。
「みんなに飲まされちゃって」
「新人さん、元気にやってます?」
「なんとか」
「そうそう、今日連中また飲みに来るんですよ、いらっしゃいません?」
「連中?」
「ほら、あのときカウンターにいた常連」
「さて」
「やだな、酔ってて忘れちゃった?奥から出てきてお酒注いでいらっしゃったじゃないですか」
「ああ、思い出しました。あのときの」
「そう、商店街の連中」
「ぼくも今日は飲みたい気分なんです」
「それはちょうどいいや、みな八時ごろに集ると思うんでどうぞ」
「はあ」
「じゃあ、あとで」主(あるじ)は会釈して去っていった。

 その夜、芝山は居酒屋「次治」に出かけた。ちゃんと奥さんには断ってきた。いや、奥さんの方が相変わらず馬鹿なことをいうキーオを暫し追い出したかったのかもしれない。それはさておき。コの字型のカウンターにはすでに八百屋の寺山(八ちゃん)、魚屋(魚正)のトツさん、最近この商店街で食堂を始めた新島光子(みつこ)の三人がいた。先日お酌して回ったときの記憶では、三人のうち、八ちゃんとトツさんは小学校の同級生で、みつことはこの店で親しくなったということだった。みな先に一杯やっている。
「何飲みます?」主(あるじ)が聞いた。
「日本酒を、熱燗で」
「先日はどうも」八ちゃんがいった。鬼瓦のような顔をしている。
「あのときは失礼しました。だいぶ酔っ払ってて」
「いやいや、こちらこそ有難う御座います。お酒おごって貰っちゃって」トツさんがいった。こちらは痩せてひょっとこのような顔つきである。
「ここだとすぐお友達になれるから」みつこがいった。若いが落ち着いた感じの女性である。
「いろいろ教えてんですよ、商店街の掟」八ちゃんがいう。
「父がやっていた本屋を食堂にしたばかりなので教えてもらうことが多くて。仕入れもお二人に世話になってます」ちょっと肩を竦めていった。
「なんもないですよ、そんなの。一緒に飲みたいだけですよ」
「お前だけだろ、それ」
「まあまあ、助け合わなくっちゃね。はいお酒」主(あるじ)が熱燗を芝山の前に置いた。「この二人、気がいいから、お客さんも困ったことがあったら頼むといいすよ」
「じーちゃんこそ、いろいろ助けるよね」トツさんが主(あるじ)にいった。
「ありがとうございます」芝山がいった。
 このあとも初対面同士の会話が続くのだが、はしょって先へ進もう。

「このあいだの新人、可愛かったな」八ちゃんが思い出したようにいった。
「帰るとき挨拶してた子でしょ」みつこがいった。
「そういうの目ざといよね、八は」
「名刺渡したといたわ。こんどお店に来てくれるといいな」
「今日、お店は?」芝山がみつこに尋ねた。
「臨時休業」
「飲むために?」
「違いますよ。内装工事で」
「みつこのところ、定休日は月曜。だから一緒に飲むのはマンデイが多いかな」
「それか夜遅く」
「定休がうちと一緒じゃなくてよかった」主(あるじ)がいった。
 打ち解けるにしたがって、芝山は三人と次治の主(みなからはじーちゃんと呼ばれている)に、参道にプランターを置いたこと、今朝方警官とのやりとりでそれを撤去しなければならなかったことを話した。「だから今日は酔っ払いたかったんです」
「そうなんだ、そんなことあったんだ」みつこがいった。
「なんで緑をつながなきゃならないの?俺、いまいち分からねえな」八ちゃんが首を傾げた。「警察が出て来ることはないと思うけど、俺も」
「いやあ、分かる気がするな」トツさんがいった。「あそこ、どんどん木が切られてくじゃん。先代も昔は綺麗な桜並木だったっていってたけど、それが歯抜け状態だもんな、いま」

「遅くなってごめん」戸が開いて若い女性が一人入ってきた。
「えりちゃん、よく来れたね、今日遅かったんでしょ」
「そうなのよ、さっき夜のクラスが終ったところ。どうも初めまして。桑富のスポーツクラブでインストラクターやってます」
「なんにする?」
「まずはビール、それからなにか食べるもの。なんもお腹に入れていないの」
「あいよ」
「佐伯衿子さん、私のお友達。先日いなかったけど、いつも一緒に飲んでます」みつこが芝山にいった。柴山も衿子に自己紹介をした。
 乾杯すると、料理ができるまで、八ちゃんとトツさんが芝山のプロジェクトの顛末を衿子に説明した。
「ふーん、面白いこと考えたんだ」
「でしょう!変っているのよ、この人」
「家内にも言われます」
「結婚されてるんだ」
「子供もいます」
「そんなこと訊いてねえよ」八ちゃんが笑っていった。
「放射光研究所の方って、うちのクラブにも来てらっしゃるけど、スマートな感じが多いかな。芝山さんのような、なんていうか、モサっとしたスポーツ苦手タイプって初めてかも」
「なんだよ、初対面でモサっとはないだろう、モサっとは」
「あらごめんなさい!わたし正直になんでもいっちゃうから」
「生徒さんにもそうなんですか?」芝山がいった。
「営業時間中はそうでもないです。終ってここへ来るとギアが外れてなんでもいっちゃう。ストレス解消かな」
「えりちゃん、カッコいいでしょ。だからへんなこと言われてもたいがい男性は許しちゃうのよ」
「みつこだってけっこういうじゃない」
「でも食堂始めてからだいぶ気をつけるようになった」
「そりゃそうだよ。インストラクターってのも客商売だろ」八ちゃんがいった。
「だから営業中はいわないって」
「えりちゃんにいわれても、俺、全然気にならない」トツさんがいう。
 酒を飲みながらだからみんな話が冗長である。さらにはしょって先へ進もう。

 じーちゃんが豚肉と野菜炒めの皿を衿子の前においた。
「ところで桑富はどう、相変わらず景気いい?」じーちゃんが衿子に聞く。
「だいぶ違うわね、有前とは」
「有前町は桑富と合併してなんかいいことあったんかな?」八ちゃんがいう。
「有前のときは町のにぎわい担当ってのが、駅前商店街を盛り上げてくれたけど、桑富になったら、あっちばっかりで有前のことは何もしなくなったよな」
「とくに駅北側の新桑富は景気がいいわよ。市役所もあるし、あの人たちからすれば有前なんて無いも同然かも、東の柿本よりももっと。うちのスポーツクラブだって、駅前ビルの一角にあるから人が来る」衿子がいった。
「あんなとこ、昔は畑ばっかだったよな」
「そうそう、おれたちの子供の頃はビルが建っていなかった」
「あっちからの野菜は随分減ったよ」
「桑富といやあ、奥武蔵街道沿いのほうが昔は賑わいがあった」じーちゃんがいった。
「そっちは古い宿場町だものね。いまでもお祭りのときは、有前神社からあっちまで神輿が行くよ」みつこがいう。
 芝山は機を見計らって、鶴橋の交差点先の空き地を道にして、参道をつなぐという新しいアイデアを話した。奥さんにダメ出しされたことは黙っておく。
「なんで参道をまっすぐ通さなきゃならないの?向こういくならいまの東側の道で十分じゃん」八ちゃんがきょとんとした表情でいった。
「あそこ、いつから空き地なんですか?」みつこが聞いた。
「そういうや神輿、この商店街は通るけど参道の方は通らないな」トツさんがいった。
「参道がつながれば神輿も通すことができます」
「でもさ、おれやっぱ分かんねえな。芝ちゃん、いや会社のみんなはキーオとか呼んでいたっけ。キーオの考えてること、飛躍しすぎじゃね?やるんだったらこの駅前通りをなんとかしましょうよ、にぎわい担当がなくなって予算も付かなくなっちゃんたんだから」

「キーオってキモいけど、なんだかぴったりね」芝山をしげしげと見て衿子がいった。「こんど桑富の方に来たら、うちに寄っていって。モサっとさんに合う運動教えてあげるから」
「モサット・キーオか。なんかモサドの下っ端みたいだな、それ」
「芝山輝夫です」芝山がムっとしていった。あの大人しいキーオがめずらしくムッとしたのは、このモサット・キーオというネーミングに対してである。ちょっと度が過ぎるのだろう、まあ、キーオにぴったりな気もするが。モサット・キーオ、これが冒頭で「それはもう少し先の話にとっておこう」と書いた「変なあだな」の正体であった。
「いいじゃない、キーオさんで」みつこがいった。
「それならいいです。会社でもそう呼ばれてますから」芝山はすぐに優しい人に戻って、キーオという渾名の謂れを説明した。
「記号のような男か、そういえばそんな感じ。でも何で記号のような男が、参道のみどりや、参道そのものをつなぐなんて思っちゃったのかな」八ちゃんが首を傾げる。
「それはぼくにも分かりません」キーオが率直に答えた。
「思い出したけど、うちの父は本で町の人の気持ちをつなぐんだなんて言っていたことがある」
「それももう終ったよな、この町には本屋がなくなっちゃった」
「食堂は食べ物で人をつなぐわ」とみつこ。
「スポーツは運動でつなぐ」
「居酒屋は酒で」じーちゃんが奥から声をかける。
「参道をつなぐことで、この町の人たちの気持ちをつなぎたいんです」
「でもさ、それ、神社の人がいうんなら分かるけど、なんで放射光研究所の人がいうんだよ」
「町民としてじゃない?」
「市民でしょ、桑富市民として」
「有前神社にも聞いてみます。なぜ手放したのか」
「市民としてだったら、まず駅前商店街をつないでほしいわけ。ここが完全なシャッター通りになる前にさ」
「まあまあ八ちゃん、芝山さんのお考えも面白いじゃない。よく話しましょうよ、みんなで。どうやってこの有前町を盛り上げていくか」じーちゃんが秘蔵の焼酎を出してきて、皆に注いだ。

(つづく)
「記号のような男」 第四回(2019年05月02日公開) |目次コメント(0)

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