文学(小説)の電子書籍コンテンツ・サイト「茂木賛の世界」


ここから本文です。(クリックすると本文を飛ばしてメニューに進みます)

■オリジナル作品:「記号のような男」(目次

「記号のような男」 第二回

2.実行

 翌朝酔いが覚めたあとも、その奇妙なアイデアは芝山の頭を離れなかった。芝山の考えた緑をつなぐルールはシンプル、草を植えたプランターを歩道に置き、実際に葉が触れていなくても、垂直に見あげた時、足元の緑と頭上の枝葉が垂直線上で重なればそれでよしとする。上空から見れば確かにつながっている。どこからどこまでつなげる?とりあえずアパートのそばから北に向かって、参道が大きな道と交わるおよそ百メートル先(鶴橋の交差点)まで。車の出入り口や小さな横道はどうする?さすがにプランターは置けないから前後の木が枝を伸ばすのを気長に待つ。冬になって葉が落ちたらどうする?枝が重なっていればよしとする。へんなルールだが、アイデア自体が相当へんなのであるからルールもへんなのだ。

 芝山は横長のプランターを買い込み、そこに実家の庭に植えられていた玉竜を移植した。作業は週末アパートのテラスで行った。アパートは地元の農家が庭の一部を潰して建てた木造二階屋で、芝山が借りている一階の部屋には小さいながらテラスが設けられている。芝山はそれが気に入ってここを借りたのだった。良子は作業を無視、輝樹がときどき手伝ってくれた(というより邪魔しにきた)。

 間もなく桜が切られた場所の工事が終わった。出来たのは住宅二棟だった。切った木はちょうど二棟の中間に当たり、そこには二軒の玄関へ続く小道ができ、それぞれの駐車スペースへの出入り口がその左右に造られていた。小道前の桜のあった場所には良子のいったとおり背の低い植栽が植えられた。駐車スペースの上は左右の木が枝を伸ばしていたので問題なかったが、中央の植栽は左右の木の枝を(垂直線上で)繋ぐだけの幅はないようだった。芝山はそこから空を見上げてみた。すると案の定、頭上の葉の重なりが途切れ夜空が覗いていた。その週末の夜中、芝山は横長のプランターを二つ台車に載せ、植栽が途切れたところにそっとそれを置いた。

 その後しばらく、だれも芝山が置いたプランターに気付く者はいなかった。勢いを得た芝山は、夜、人目をしのび、歩道の緑の途切れているところにプランターを置いていった。十個ほどプランターを置いたところで、
「どこまでやったら気が済むのよ」と良子がいった。夕食のあとだった。
「鶴橋のところまで」芝山が答えた。
「どういう理屈でプランターを並べているの?緑をつなげるっていったよね、地上の玉龍と桜の枝とじゃ全然緑が触れ合ってないじゃない」
「いいんだ、上空から見れば地上の緑はつながっている」
「それって屁理屈でしょ。本当に意味ないから」
「あともうすこしなんだ」
「住んでいる人の迷惑になるんじゃないの?」
「邪魔にはなっていない筈だ」
「わたし知らないからね。実家のお義母さんが、輝夫はうちから玉龍をプランターに入れて持っていくけど何に使っているのって」
「もう持ってこないよ。草は自分で買う」
「そういうことじゃない。第一、そんなお金どこにあるのよ」
「小遣いから出すさ」
「馬鹿なこといわないで。そんなことのためにお小遣いを渡しているんじゃないから」
「いいじゃないか、どう使おうと。心がとっても癒されるんだ、通りの緑がつながるだけで。なぜだかぼくにも分らないけれど」
「信じられない!」良子はあきれてまた奥へ行ってしまう。あとに残された輝樹が、今度は気の毒そうな表情で父親を見上げていた。

 日曜日、おそい朝食を済ますと、芝山はテラスに出てプランターに買ってきた玉龍を植え始めた。気持ちのいい五月のそよ風が、緑になった庭の木立や並木の葉桜を揺らしていた。
「それって一体何の役に立つのよ」食器の後片付けを終えてテラスに出てきた良子がいった。幾ら言っても聞かない夫にお手上げ気味だ。輝樹がよこでじっと父親の手元を見ている。
「何の役にも立たないと思う……」芝山は手を休めていった。「でも、ある日思いついたことだけは確かなんだから、なにかきっと訳があると思う」
「それって、何か啓示を受けたってこと?昔映画にあったじゃない、つくれば彼らは来る、とかって神の啓示を受けて畑の真ん中に野球場を作っちゃう話」
「ぼくはこの世の中に意味のないことなんかないんじゃないかって思う。道端に雑草が咲くのだって、鳥が鳴くのだって犬が吼えるのだってきっとみんな意味があってのことなんだだと思う。だからぼくの頭に浮かんだこのアイデアも、なにか意味がある筈なんだ」
 芝山輝夫という男、普段は人に優しく大人しいのだが、言い出したら聞かないことがこれまでにも時々あった。たとえば高校生の頃、授業でコンラート・ローレンツの『ソロモンの指輪』を輪読していたとき、「動物に対する親近感が増すだろう」といった教師に対して、動物を擬人化して勝手に親しみが湧くなどというのは人間側の傲慢に過ぎませんと言い張って、根負けした教師が「芝山の言うことにも一理あるかも」というまで一歩も譲らなかった。だからこんどのへんなアイデアにも、相当固執すると思われた。つぎの事態が起るまでは。

「芝山さん、芝山輝夫さん、いらっしゃいますか?」玄関で声がした。
「は〜い」妻の良子がドアをあけた。そこに立っていたのは小太りで眼鏡を掛けた若い男だった。警察官の制服を着ている。
「芝山輝夫さんのお宅ですね」
「そうですけどなにか」
「ご主人いらっしゃいます?」
「いますけど」
「ちょっと、お話させていただいてよいですか?」
 慌てて良子はテラスへ夫を呼びにいった。
「あなたお客さんよ、警察の人みたい」芝山が玄関に出ると、
「どうも、芝山輝夫さんですね。有前駐在所の岩田と申します。いやあ、近所の住人の方から電話がありまして」ニコニコしているのが薄気味悪い。
「なんでしょう?」
「お宅、道路に何かお捨てになっていません?家の前にヘンなプランターが置いてあったので注意していた男性が、そっくりなプランターを運んでいる男を見たので後を追ったらこのアパートに入ったという通報がありまして、ちょっと調査してるんです」
「さあ」
「お宅でしょ、テラスを覗いたら同じプランターが一杯ありましたから」
「緑をつないでいるんです」芝山は観念していった。
「はあ?」
「参道の桜並木が切られて緑が途切れるからそこに草を置いているんです」
「なんですって?」
「だから、参道の緑をつないでいるんです」
「おかしな人ですね」
「この人、ヘンでしょ。私も住人の迷惑になるんじゃないの、っていったんですけど、止めないの」そばに来た良子がいった。
「これね、引き取っていただかないと、不法投棄で罪になっちゃうんです」
「重い罪なんですか?」良子が眉を顰めた。
「個人の場合、五年以下の懲役若しくは一千万円以下の罰金となってます」
「やーだ、そんなの。あなたこのおまわりさんと一緒に早く回収してらっしゃいよ」
「ちょっと待って。緑をつなぐのがそんなに悪いんですか?」
「通りに勝手に物を捨てるのは法律違反です」
「捨ててるんじゃない、置いてるんです。家の前にちょっと植木鉢を出したりしている人もいるじゃないですか、あれも違反なんですか?」
「自宅の前で、迷惑にならない程度なら黙認しています」
「じゃあ、その住人の方とお話して納得していただけたらいいんですね。ぼく、お話に行きますから、おまわりさん、一緒に行ってください。どこですか、その人のお宅は?」
「個人情報ですから開示できません」巡査はニコニコ顔のままそう言う。
「そんなばかな。じゃあぼく一人で探します」
「その人がいいといっても公共の場所ですからね、道路は。なにかあったときどうするんですか?」
「なにかって?」
「通行人が怪我をしたらどう責任を取るおつもりですか?とにかくダメです、勝手に道に物を置いちゃ。さっき数えたら十個もありました。もっと置くつもりなんでしょ、テラスにあるの全部」岩田巡査がいった。
「はやく回収してきなさいってば」良子が芝山の背中をどんと押した。

(つづく)
「記号のような男」 第二回(2019年04月30日公開) |目次コメント(0)

コメント

コメントを書く

お名前(必須)
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント(必須)

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。


茂木賛の世界 / World of San Motegi

  • 茂木賛の世界について
  • 著者プロフィール
Copyright © San Motegi Research Inc. All rights reserved.

このページはここまでです。(クリックするとこのページの先頭に戻ります)