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■オリジナル作品:「百花深処 I」(目次

「百花深処」 <武士の再興>

 前回<武士の土着>の項の終わりで、新井白石も武士意識が高かったと書いたが、白石の武家政治に関する考え方を『江戸の思想史』田尻祐一郎著(中公新書)によって確認しておきたい。<新井白石>の項で引用した文章中の略した部分から。

(引用開始)

 日本の歴史について白石は、『読史余論』冒頭において、「本朝天下の大勢、九変して武家の代となり、武家の代また五変して当代に及ぶ」と総括している。ここには、段階を設けることで歴史を対象化させようという意思がある。朝廷の統治は、外戚専権(藤原氏の権力掌握)を一変することから継起する「九変」によって、武家に取って代わられた。武家の秩序も「五変」を経て、徳川の体制に至った。「九変」の最後は、足利尊氏による光明天皇の擁立であり、「五変」の始まりは、源頼朝の権力樹立であるから、朝廷支配の下降と、武家権力の上昇は重なり合って進行している。
<尊氏より下は、朝家はただ虚器を擁せられしままにて、天下はまったく武家の代とはなりたるなり。>
 ここにも、中国や朝鮮のような王朝交代という画期をもたない日本の歴史において、あくまで権力の交替を客観的に明らかにしようという白石の苦心が見てとれる。歴史を叙述すること自体が、武家政権の正当性を確立するためのイデオロギー闘争である。

(引用終了)
<同書 116−117ページ(フリガナ省略)>

天命によって武家政治が始まり、徳川体制はその五変目であるという認識が示さているわけだが、<国学について>の項でみたように、この歴史観は将軍権力の正当性の根拠としては弱い。<新井白石>の項でみた、朝廷(北朝)は武家政治の「共主」であるという議論も、実権力の二重構造化とも見え将軍権力の正当性の根拠としては弱い。

 白石の武士意識は高かったけれど、彼は(荻生徂徠同様)儒学者でもあった。儒教的な政治理念はそもそも武家政治と相いれないところがある。『江戸の思想史』第10章「国益の追求」から引用する。

(引用開始)

 大雑把な議論になるが、儒教の論理からは「武国」「強国」への志向は出てこないのではないだろうか。<武>に対して<文>に価値を置くのが儒教であり、<文>の力によって民を教え導くことが政治(君主ないしエリート)の本質的な役割だと考えるからである。

(引用終了)
<同書 179ページ>

『夜間飛行』「経営の落とし穴」や「教義と信仰」の項でみたように、徳川幕府は下克上を抑える目的で儒教朱子学を導入した(徳川朱子学)が、そのことで武士のサラリーマン化が進んだ。荻生徂徠の<武士の土着>という発想も儒教の枠内だったから観念論として終わってしまったのだろう。

 <武士の土着>の項で書いた@を行うには、儒教とは一味違う観点が必要になる。@というのは、列島の父性(国家統治能力)の源泉、

(1) 騎馬文化=中世武士思想のルーツ
(2) 乗船文化=武士思想の一側面
(3) 漢字文化=律令体制の確立
(4) 西洋文化=キリスト教と合理思想

において、(3)が主、(1)が従である徳川幕府体制下、(1)をどう再興させるかという課題である。

 <武士の土着>で書いたA、つまり(2)と(4)をどう統治に生かすかという課題から出発しても、(3)の儒教とは一味違った観点を探せるだろう。しかし、それでは(1)の再興には繋がらない。(1)を再興するにはどうしたらよいか。それには、(1)にもともとあった<天道思想>を活用するのが最適ではないだろうか。そこから<新しい思想>も出てくる。

 新井白石と荻生徂徠、二人は徳川の支配を実質的な新しい王朝の成立と見ていた。そして徳川武家政権の存続を願い、王朝の継続を確かなものにするために武士の再興を考えた。白石は将軍家宣の顧問として自覚を欠いた幕府政治家を叱責し、徂徠は将軍吉宗に武士の土着を提言した。しかし、二人は将軍の権力が、何に正当性の根拠を置くかについては突き詰めて考えなかった。朝廷に関して、白石は共主としていたし、徂徠も人間社会の非合理性の一つとしてその権威を認めていた。

 二人は儒学者だったけれど幕府お抱えの林家だったわけではないから、徳川朱子学から一歩進んで、「天命」=「天道(自然現象)」という論理展開を考えて欲しかった。将軍と朝廷との間に、「天道」という列島中世のユニークな信仰をワンクッション入れて、そこから武士の再興を考えて貰いたかった。そうすれば、列島の内側から、西洋の近代国家にも伍してゆけるような統治理論が誕生していたかもしれない。
「百花深処」 <武士の再興>(2018年05月01日公開) |目次コメント(0)

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