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■オリジナル作品:「百花深処」(目次

「百花深処」 <日本陽明学について>

 <宗教・思想基本比較表>に沿って、前々回<国学について>、前回<蘭学について>とみてきたが、日本の陽明学についても考えておきたい。『江戸の思想史』田尻祐一郎著(中公新書)に独立した章はないが、第2章「泰平の世の武士」に山鹿素行、第3章「禅と儒教」の章に中江藤樹と熊沢蕃山、第12章「公論の形成」に大塩平八郎、佐藤一斎らの思想が紹介されている。学派全体の特徴、幕末の動きについては、『明治を創った幕府の天才たち』副島隆彦+SNSI副島国家研究所著(成甲書房)、特に第1章や第2章、第3章に詳しい。副島氏による「まえがき」からその三つの章に関する部分を引用したい。

(引用開始)

「第1章」は、石井利明君が、「陽明学はキリスト教である」という大きな秘密を書いた。日本の儒学(儒教)の正当である朱子学と、儒教内部で争っていた陽明学(16世紀の王陽明が始めた思想)が実は、その本態・本性はキリスト教である、しかもプロテスタント系のそれだ、と解明した。これは以降、石井君の大きな業績だ。
 ということは、日本の幕府が厳しく禁教して弾圧した天主教(キリスト教。その中に耶蘇会=イエズス会が含まれる)が、儒学のふりをして連綿と外様(反
徳川氏)の大名たちの間で講じられてきた。林羅山だけはこのことを見抜いた。日本陽明学の創始者の“近江聖人”中江藤樹以来、山鹿素行、熊沢蕃山に至る、一方で、「日本中華思想」(日本が世界の中心である)を唱えながら、一方で博愛と人間愛(救済)の思想を説いた。
 石井君は、この他に、8代将軍吉宗の命令で、全国諸藩に昌平黌と似た朱子学を講じる藩校を作れと命じたことに始まる学問振興、しかもここに蘭癖大名(阿蘭陀趣味の強い大名)たちが、実は隠れキリシタン大名の秘かな流れを作り、備前岡山藩主・池田氏や、薩摩の島津氏がずっとこの勢力であり、藩主自らが隠れキリシタンとして幕末まで続いた。そして密貿易をしながら富を蓄えて、幕末から開国路線に転じた、と書いた。表面上の尊王攘夷と、それとは全く異なる裏側の本当の顔である開国和親を論じた。
「第2章」の六条雅敦君は、日本の「和算」の数学者たちの全体像を描いた。画期的である。
 この人の名前だけは有名な関孝和(E番)を前後にして15人の主要な和算家=江戸時代の日本数学者たちをつなげて論じることで、その全体像が日本で初めて見取り図となって明らかにされた。彼ら和算家たちも秘かにキリスト教徒であった。捕らわれた宣教師(伴天連=パードレ=ファーザー=神父)たちから西洋数学を習ったのだ。
 浅草(鳥越)天文台(幕府天文方)に蕃書和解御用が設置され(1811年)、それがペリー来航の事態の急変で、蕃書調所になったのである。
「第3章」の田中進二郎君は、初期蘭学者たち(オランダ通辞=通訳・翻訳官)の誕生から、幕末のフォン・シーボルトに習った者たち(高野長英、小関三英ら)の政治弾圧(蛮社の獄。1839年)の栄光と悲劇を経て、更にそのあと、昌平黌の中で天才級の頭脳をした朱子学者たち(佐藤一斎、安積艮斎)が、蘭学までも自力で習得していた様子を正確に描き出した。
 そして、勝海舟(安芳)という男は、幕府の秘密警察長官(公儀隠密のトップ、大目付)であった、大久保一翁と川路聖謨が育てて蘭学者たちを監視させるためにその中に潜り込ませたスパイである、という大きな秘密が解き明かされる。そして更に、前記の佐藤一斎が、昌平黌の筆頭教授であるのに、「日朱夜王」で、昼間は朱子学=徳川氏礼讃を唱え(日朱)ながら、夜になると今の岩本町、人形町あたりの私塾で、顔つきが変わって陽明学を講じた(夜王)。この「夜は王(陽明)」の思想が、徳川氏打倒、天子(天皇)回復(回天)の、討幕思想の原動力(始源)となったのだと解明した。この意味は大きい。だから、この大きな流れで、幕府のスパイだった勝海舟は、薩長(背後にイギリスがいた)とつながる二重スパイとなって、上手に生きて明治まで図々しく生きたのだ。
 幕末最大のイデオローグ(皆に尊敬された)であった横井小楠は、全国三百諸藩に勤王同盟ができる原動力になりながら、同時に、朝廷と幕府の団結による「共和政体」(公武合体の正しさ)による国力の増大を追求した。このことの大きな矛盾を抱えて死んだのであった。

(引用終了)
<同書 8−11ページ(フリガナ、傍点省略)>

陽明学とキリスト教、蘭学とのつながりが興味深い。

 日本陽明学についても<宗教・思想基本比較表>に沿って表にしておこう。陽明学は儒教の一派だから、

<日本陽明学>
「対象」:日本国
「至高」:天命
「教義」:洗心洞箚記など
「信仰」:教義を守る
「特徴」:政治による集団救済。因果律。徳川時代末、「至高」を天命としながらも<国学>と糾合することで討幕思想の始源となる。

となるだろうか。国学と蘭学の表も再掲しよう。

<国学>
「対象」:日本国
「至高」:天皇
「教義」:古事記伝など
「信仰」:至高を信ずる
「特徴」:集団救済(ただし現状維持程度)。予定説。「至高」としての天皇から預治を受けた徳川幕府が諸所の理由によりその任を果たせなくなった場合、政治は一旦天皇に返還されるべきとする尊王思想を生む。
 
<蘭学>
「対象」:日本国
「至高」:近代科学
「教義」:解体新書など科学文献各種
「信仰」:合理思想
「特徴」:集団救済。因果律。キリスト教の確信と表裏一体。徳川時代末、開国思想の源泉となる。

日本陽明学とキリスト教、国学、蘭学は、反幕府思想(反徳川朱子学)として互いに影響しあいながら、徳川時代末、列島の父性(国家統治能力)の源泉、

(1) 騎馬文化=中世武士思想のルーツ
(2) 乗船文化=武士思想の一側面
(3) 漢字文化=律令体制の確立
(4) 西洋文化=キリスト教と合理思想

を発展(あるいは停滞)させてゆく。その発展(停滞)具合が、明治政府体制の特徴を形作ってゆくことになる。
「百花深処」 <日本陽明学について>(2018年03月28日公開) |目次コメント(0)

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