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■オリジナル作品:「百花深処」(目次

「百花深処」 <天道思想について> 

 戦国時代の主導的思想に「天道思想」なるものがある。<中世武士の思想>で引用した武士棟梁に関する文章の内容はこの天道思想と重なる。今回、『戦国と宗教』神田千里著(岩波新書)によってその特徴を見ておきたい。

(引用開始)

 天道の観念は戦国びとにとってなじみ深いものであり、様々な史料にこの語がみられるが、それがどのようなものかを秩序だてて説明したものはなく、どれも断片的である。そこで、戦国大名北条早雲の著したものとされる『早雲寺殿廿一箇条』の一節を手がかりにその特徴をいくつか拾いだすことにしたい。
(中略)
 神仏に対してどのような心掛けで臨めばよいかを述べたものであるが、「まず何よりも正直な心を保ち、目上の者は敬い目下の者には慈悲をもち、嘘偽りのない気持ちが仏や目にみえない天意に通じるのである。この気持ちがあれば、あえて祈禱をせずとも神のご加護があるし、祈禱をしても内面の心が邪なままならば、天道に見放される」という。
 天道について、ここでは以下の四点が注目される。
 第一に天道に見放される、とあるように、人間の運命をうむをいわさず決定する摂理とする点である。第二に仏意・冥慮に適う、神明の加護がある、など神仏を等価とする点である。第三に目上を敬い目下を慈しめ、正直であれ、など世俗道徳の実践を促す点である。第四に祈禱など外面の行為よりも内面の倫理こそが天道に通じるとする点である。(中略)
 以上のような天道の存在を、日本人は太陽や月をはじめとする天体の運行に実感していたようである。例えば織田信長は、天正七年(一五七九)に伊賀国境で敗戦を喫した子息の信雄に対して、「お前の敗戦は、天道の罰であり、「日月」すなわち太陽も月も地に堕ちていない証拠である」と述べ、戦に臨む心掛けの未熟さを叱責している。(中略)
 天道の観念は、古くはすでに『日本書紀』にみられる。天武天皇十二年(六八三)正月丙午条に、「天よりの徴は、政治の筋道が天道に適う時には現れる」とあるのがそれであり、平安時代の『今昔物語』にも登場する。「天」という言葉から中国に由来するものとされているが、少なくとも鎌倉時代には日本人の自家薬籠中のものとなっていたと思われる。(中略)
 中世の日本人は、自らの信仰は個々の内面の問題で、他者へ表明するものではないと考えていたようである。それを窺わせるものの一つは、外面の行動では天道の正義や世俗の道徳、特に仁(慈悲)・義(正義)・礼(規範)・智(知恵)・信(信義)の、いわゆる五常と呼ばれる儒教道徳を守り、内面では深く神仏に帰依する、との行動規範である。(中略)
 時と場面は様々であるが、酷似した言説が述べられていることから、こうした行動様式が中世の日本人になじみ深い、一般的なものであったことが窺える。なぜ信仰は他者に向けて表明されず内面に限定されるのか。当時の日本人には、天道すなわち神仏の摂理は人間に理解を超えたものとする観念があったのではないか。「ただ一切の事は天道任せである」「万事を神慮に任せる。一切は天道次第である」のような言説から、天道の摂理は人間には最後まで完全には理解し得ないとの認識が窺える。

(引用終了)
<同書 152−166ページ(フリガナ省略)>

纏めると、天道とは、

(一)人間の運命をうむをいわさず決定する摂理
(二)神仏を等価とする
(三)世俗道徳の実践を促す
(四)外面よりも内面の倫理こそが天道に通じる
(五)太陽や月をはじめとする天体の運行に存在を実感できる
(六)鎌倉時代には日本人の自家薬籠中のものであった
(七)信仰を内面の問題とし他者への表明は不要
(八)その摂理は人間の理解を超えたものである

といったところか。

 先日<父性の源泉 II>の項で、複眼主義の対比、

A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」−「都市」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」

B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」

と、そのA側の思考、

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日本古来の男性性の思考は、空間原理に基づく螺旋的な遠心運動でありながら、自然を友とすることで、高みに飛翔し続ける抽象的思考よりも、場所性を帯び、外来思想の習合に力を発揮する。例としては修験道など。その美意識は反骨的であり、落着いた副交感神経優位の郷愁的美学(寂び)を主とする。交感神経優位の言動は、概ね野卑なものとして退けられる。
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を纏めておいた。A側は長く漢文的発想が担っていたが、戦国時代以降、漢文的発想と西洋語的発想とは共存、その後長い時間をかけて漢文的発想は英語的発想に置き換わってゆく。

 天道思想をこれと照合してみると、

(一)人間の運命をうむをいわさず決定する摂理
(二)神仏を等価とする
(五)太陽や月をはじめとする天体の運行に存在を実感できる
(六)鎌倉時代には日本人の自家薬籠中のものであった
(八)その摂理は人間の理解を超えたものである

などにおいて「自然を友とすることで、高みに飛翔し続ける抽象的思考よりも、場所性を帯び、外来思想の習合に力を発揮する」というA側思考と整合的である。

 複眼主義ではAとBのバランスを大切に考えるが、A=教義・外面、B=信仰・内面とすれば、

(三)世俗道徳の実践を促す
(四)外面よりも内面の倫理こそが天道に通じる
(七)信仰を内面の問題とし他者への表明は不要

などにおいて、複眼主義的バランスを見て取ることができる。武家集団ではA側が強かったものの、B側への配慮もあったということだろう。
「百花深処」 <天道思想について> (2017年12月26日公開) |目次コメント(0)

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