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■オリジナル作品:「百花深処」(目次

「百花深処」 <古代の民族文化 III>

 前々回の<古代の民族文化>、前回の<古代の民族文化 II>において、

@ 海洋民族としての倭人
A 狩猟民族としての縄文人
B 農耕民族としての弥生人
C 北方アジア由来の遊牧民族

という4つの民族文化のうち、 

(1) 坂東や東北・北陸の騎馬文化(AとCのブレンド)
(2) 西国の乗船文化(@、B、Cのブレンド)

について、日本の父性(国家統治能力)の源泉として、

(1) 騎馬文化=中世武士思想のルーツ
(2) 乗船文化=臨機応変な対応力

と纏めたが、Bの移入元である漢民族の文字文化を、日本父性の源泉から外す訳にはゆかない。文字(漢字)文化は、官僚による律令体制を可能にした。

(1) 騎馬文化=中世武士思想のルーツ
(2) 乗船文化=武士思想の一側面
(3) 漢字文化=律令体制の確立

 漢字は、騎馬文化や乗船文化における思考、文章にも用いられた。日本において漢文的発想は、(16世紀に西洋と出会う前まで)複眼主義の対比、

A Resource Planning−英語的発想−主格中心
a 脳(大脳新皮質)の働き−「公(Public)」−「都市」
A 男性性=「空間重視」「所有原理」

B Process Technology−日本語的発想−環境中心
b 身体(大脳旧皮質及び脳幹)の働き−「私(Private)」−「自然」
B 女性性=「時間重視」「関係原理」

におけるA側を全面的に担った。

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日本古来の男性性の思考は、空間原理に基づく螺旋的な遠心運動でありながら、自然を友とすることで、高みに飛翔し続ける抽象的思考よりも、場所性を帯び、外来思想の習合に力を発揮する。例としては修験道など。その美意識は反骨的であり、落着いた副交感神経優位の郷愁的美学(寂び)を主とする。交感神経優位の言動は、概ね野卑なものとして退けられる。
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という日本人のA側の特徴も、外来文字をそのまま自らの思考ツールとして採用したことが大きく寄与していると思われる。選択的に採用したというより、当時漢字の浸透力は圧倒的で、@とAだけで列島独自の抽象的思考文字を作り出すことなど叶わなかったというのが真相だろう。大陸を南下し、時に漢民族を駆逐するCの本流も、中原に王朝を作ると漢字・漢文を採用した(中国化した)。日本人がその後漢字から万葉仮名を作り、カタカナ・ひらがなを完成させて、B側の独自性を守ったことは特筆されて良い。

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日本古来の女性性の思考は、時間原理に基づく円的な求心運動であり、自然と一体化することで、「見立て」などの連想的具象化能力に優れる。例としては日本舞踊における扇の見立てなど。その美意識は、生命感に溢れた交感神経優位の反重力美学(華やかさ)を主とする。副交感神経優位の強い感情は、女々しさとしてあまり好まれない。
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 漢字文化の普及によって中央集権化が進むと、(1)と(2)は地方に逼塞する。しかし、日本では(3)だけでは父性(国家統治能力)は十全に機能しなかった。『古代史の謎は「海路」で解ける』長野正孝著(PHP新書)には次のようにある。

(引用開始)

『日本書紀』が書かれた平安時代は、地方の経営は現地赴任の国司に任された。国は奈良時代に行ったような現場の農耕・殖産の努力、技術の創意工夫を次第に忘れるようになり、京の都では座業の読経、加持祈祷ざんまいで、国の屋台骨がおかしくなった時代であった。
 その末期には、不運な貞観大津波と、繰り返される大地震、そして韓寇といわれる外部の侵略、内乱によって国力が衰え、末法思想が広がっていった。
 乙巳の変というクーデターを起こした中臣氏は、藤原に姓を変えて日本最大の貴族になり、もっぱら荘園開発に勤しむことになった。

(引用終了)
<同書 275−276ページ(フリガナ省略)>

借り物の漢字文化でつくった日本風の律令制度には初めから限界があったわけだ(『日本書紀』が書かれたのは720年でまだ奈良時代。ここでは「漢文による政治文章が一般的になった平安時代」という意味に理解しておく)。

 <古代の民族文化 II>で書いたように、乗船文化は平安末期、平氏一門によって復興・継承される。武士による政治の始まりだ。やがて坂東の源氏が平氏を破り、鎌倉時代が幕を開ける。鎌倉・室町時代の日本の国家統治は、

(1) 騎馬文化=中世武士思想のルーツ
(2) 乗船文化=武士思想の一側面
(3) 漢字文化=律令体制の確立

のうち、(1)が主導的に国を治め、(3)がそれを官僚として補佐、(2)は外交や交易の場で力を発揮する、といった「トロイカ体制」で運営されたと考えることが出来るだろう。ただし(1)と(2)が思考ツールとして漢字・漢文を用いたことは、どちらも(3)の影響下から離れられないということでもあった。
「百花深処」 <古代の民族文化 III>(2017年07月16日公開) |目次コメント(0)

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