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■オリジナル作品:「百花深処 I」(目次

「百花深処」 <待たれる第3部>

 村上春樹の『騎士団長殺し 第1部顕れるイデア編』(新潮社)と『騎士団長殺し 第2部遷ろうメタファー編』(新潮社)を読んだ。発行は共に2017年2月25日。『女のいない男たち』(文藝春秋)の出版(2014年4月20日)から約3年、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋、出版2013年4月15日)から約4年である。

 この連載評論では以前、<向き合うヤスオと逃げるハルキ>の項で、『女のいない男たち』について、村上は“なぜ成熟することを厭(いと)う男たちをこうも延々と描き続けるのか”と問い、彼がコミットしたはずの<戦後の日本の父性不在>に対する挑戦は、『1Q84』のラスト以降、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』や『女のいない男たち』において、一旦迂回路に入ってしまったと論じた。そして、“彼にとって「とりとめもなく非神話的時代」は、とてつもなく厚い壁として目の前に立ちはだかっているのだろうか”と書き、村上が“作品のなかでどう「女の不在」を解消し自らの父性をたちあげるのか、期待して待ちたいと思う”と記した。

 本作の主人公「私」は、冒頭妻に別れ話を持ち出されて別居する。その境遇は、『女のいない男たち』(とくにその中の「木野」)と似ている。本作には「免色(メンシキ)渉(わたる)」という、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の主人公「多崎つくる」を彷彿とさせる名前の人物がでてくる。だからこれは、2013年以降に書き始められたと考えるのが自然だ。今から思えば、時期的にも、『女のいない男たち』という短編集は、本作執筆中(もしくは構想中)にスピンアウトした作品だったのではないか。話の展開に悩んでいた頃、「女の不在」を幾つかのバリエーションで素描してみたくなったのだろう。

 推敲に思いのほか時間がかかったと本人が(『女のいない男たち』の「まえがき」で)いう「木野」の最後、ビジネス・ホテルの部屋で寝ている主人公を起こす不可解なドアのノック音は、夜中の2時25分に聴こえる。それは『騎士団長殺し』で、主人公が不思議な鈴の音を聴くのとほぼ同じ時刻(1時45分)である。「木野」はドアのノック音が聴こえたところで話が終わるが、『騎士団長殺し』は鈴の音が聴こえたところから話が動き始める。

 筋書はなぞらないが、『騎士団長殺し』では最後、数々の試練を潜り抜けた主人公が、妻との結婚生活に戻り、妻の娘の父親として振舞い始めるところで終わる。その意味で、村上は本作の主人公を通して“「女の不在」を解消し自らの父性をたちあげる”ところまでは来たと考えられる。しかし残された謎は多い。

● プロローグに出てくる<顔のない男>の肖像画はいつ描かれるのか。
● 主人公が遭遇しそうになる<二重メタファー>とは何か。
● まりえが脱出できたことと主人公の試練との関係。
● まりえを守ったクローゼットのイフクの意味とは。
● <白いフォレスターの男>の肖像画はいつ完成できるのか。
● 主人公自らの内なる「悪」と外部の悪との繋がり。
● 免色は何を引き寄せてしまうのか。
● 上田秋声『春雨物語』と鈴の音の関連など。

以上、思いつくままに列記したが、とにかく残された謎(というか課題)が多すぎる。このままでは、なにやら思わせぶりではあるけれど意味のない文章が書き連ねられただけで終わってしまう(イデアを殺すとメタファーが出てくるのは解るが)。二冊の本帯の宣伝文には、

(引用開始)

<第1部顕れるイデア編>
『1Q84』から7年、待ちかねた書下ろし本格長編
旋回する物語
そして変装する言葉

<第2部遷ろうメタファー編>
物語はここからどこに進んでいこうとしているのか?
渇望する幻想
そして反転する眺望

(引用終了)

とある。“物語はここからどこに進んでいこうとしているのか?”とは(第2部のことを指したつもりだろうがその先も含んでいるようで)言い得て妙である。

 今頃村上は、第3部の執筆に入っているのではないか。第2部の最後、東日本大震災と福島原発事故のことがちらりと描かれる。父親としての主人公が、妻や娘と一緒に残された謎(課題)に挑戦するのが第3部だとすると、そこではじめて、村上は自らコミットした社会に対して、核心を衝いたメッセージを発することになるだろう。再度、期待して待ちたい。

 第3部は、第1部と第2部の評論や話題が出尽きたころ、おそらく来年の今頃に発売されるだろう。『1Q84』のBOOK1とBOOK2が2009年に出て、BOOK3が2010年に出版されたように。
「百花深処」 <待たれる第3部>(2017年03月21日公開) |目次コメント(0)

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