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■オリジナル作品:「百花深処 I」(目次

「百花深処」 <平岡公威の冒険 11>

 <平岡公威の冒険 9>の項で、平岡公威(ペンネーム三島由紀夫)の自決日(11月25日)に関して、それが『仮面の告白』の起筆日であり『天人五衰』の擱筆日であることから、平岡は、その間の創作活動を虚無へと導こうとしたという説を紹介した。しかしそれ以外の見方もあるので紹介しておきたい。平岡と一緒に自決した若者森田必勝について書かれた『三島事件 もう一人の主役』中村彰彦著(WAC BUNKO)の解説文(堤堯氏)から引用する。

(引用開始)

 ――四谷三丁目に「P」というバーがあります。森田さんたちがよく来ていた。そこのママの話では、森田さんが思い詰めたように言ったそうです。
「十二月には、佐藤首相を殺(や)る」
 もし森田さんが独り蹶起してコトに及んだら、どうなったか。コトの成否にかかわらず、隊長・三島由紀夫の立場はありません。
 なぜ十一月二十五日だったのか。小室直樹さんの説によれば、三島さんの誕生日は一月十四日、これから四十九日を逆算すれば十一月二十五日。この日に死ねば、誕生日に再生する。輪廻転生をテーマにした『豊饒の海』をみずから実践することになる。「私は永遠に生きたい」――当日、机の上に遺した文言でした。小室さんが推察したような仕掛けをしたのかもしれませんが、なにより森田さんとの関係で、十一月がギリギリだったのではないでしょうか……。

(引用開始)
<同書 264−265ページ(フリガナ一部省略)>

輪廻転生説と森田単独行動抑止説。

 この本は、「僕は絶対に三島先生を逃がしません」「ここまできて三島がなにもやらなかったら、おれが三島を殺る」といった生前の森田の言葉から、平岡が森田を伴走者に選んだというよりも、森田がむしろ平岡を道連れにしたのではないか、事件の主役はむしろ彼ではないかという説を展開している。その線からして、11月(25日)が自決日に選ばれたのではないかというわけだ。

 しかし<平岡公威の冒険 4>で述べたように、この時期の平岡は、ユングの集合的無意識を手がかりに、熱狂の時代の先取りを実践していた。熱狂の中において、コトは相互依存的に起る。この場合、誰が誰を道連れにしたというよりも、二人は互いを選んだのだと思う。

 この本には、森田の生い立ちや事件に至る前の行動、考えの変遷などが詳しく描かれている。彼は当時まだ25歳の若者だった。二人が互いを選んだ結果としても、森田を死に至らしめたことについて、平岡の年長者としての責任は免れない。そのことを思うとしんどいが、平岡の冒険を綴る上で避けて通るわけにはいかない話だ。

 11月(25日)の選択については、引用文にあるようなことも影響したかも知れない。その日はいくつかの複合的な要因によって選ばれたのだろう。

 平岡と森田について、平岡の父親(平岡梓)が綴った『伜・三島由紀夫』(文春文庫)に関連した記述がある。その部分も引用しておこう。

(引用開始)

 介錯に使われた刀は、ご存知のように「関の孫六」でした。書店のご主人の舩坂弘さんから寄贈されたものです。そのため、舩坂さんは警察に呼ばれたわけですが、そのときもう一度実物を見せてもらったところ、奇妙なことに柄のところが金槌でめちゃくちゃにつぶれされていて、二度と抜けないようになっていたそうです。これはいったい、何のためなのか警察でも見当がつかなかったようです。
 ところが、その後の調べで、伜の周到な処置であることが判りました。というのは、こういうことです。伜は死ぬのは自分一人で足りる、決して道づれは許さない、ましてや森田必勝君には意中の人がいるのを察し、彼の死の申し出を頑強に拒否し続けて来ました。しかし、森田君はどうしても承知せず、結局、あんなお気の毒な結果になってしまったのです。そして、森田君の希望により伜の介錯は彼にたのむ手筈になってたものの、かねてから介錯のやり方を研究していた伜の眼から見ると、森田君の剣道の技倆はおぼつかないと見てとったのでしょう。かんじんのとき、万一にも柄が抜けることのないよう、ああした処理をして彼に手渡したのだそうです。まことに用意周到をきわめたものです。自分自身が割腹に使用したのは、かねて用意の鎧通しでした。

(引用終了)
<同書 24ページ(フリガナ省略)>

熱狂の中での冷静な準備。この本には、11月25日について、吉田松陰の刑死日を旧暦から新暦に置き換えた日に当るという説も紹介されている。
「百花深処」 <平岡公威の冒険 11>(2016年06月26日公開) |目次コメント(0)

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