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■オリジナル作品:「百花深処 I」(目次

「百花深処」 <二冊の本について>

 小説『古い校舎に陽が昇る』の集中連載が終了した。<あとがき>にも書いたように、本作は「綾木孝二郎」シリーズの二作目である。第一作目『蔦の館』は1993年冬を舞台にしたものだが、『古い校舎に陽が昇る』は、それから22年後の2015年秋の話となっている。主人公の綾木孝二郎は今も昔と同じ上大崎の事務所で仕事をしている。

 孝二郎の活躍は本文をお読みいただくとして、ここでは、第七章に出てくる二冊の本を紹介しておきたい。一冊目、「友人の作家から贈られた西洋の邸宅美術館を紹介する本」とあるのは、2014年10月に出版された『邸宅美術館の誘惑』朽木ゆり子著(集英社)である。朽木さんはブログ『夜間飛行』「新書読書法(2014)」の項で触れたように大学の少林寺拳法部の先輩だから、私の分身孝二郎の友人でもあるという次第。本の帯には、

(引用開始)

いつか行きたい!
朽木ゆり子が選び抜いた15の邸宅美術館。
邸宅美術館とは、アートコレクターの自宅に飾られていた美術コレクションを、その邸宅ごと公開したものを指す。

本書では、私が15年以上にわたって訪れたヨーロッパとアメリカの邸宅美術館から15館を選んで、収集の歴史や主な作品を豊富なカラー写真とともにご紹介する。特徴のあるコレクション、物語のあるコレクター、美しいセッティング。この3点が私がこれらの美術館を選んだ理由だ。――「はじめに」より

(引用終了)

とある。写真が豊富でとても魅力的な本だ。皆さんも是非手にしてみていただきたい。

 ブログ『夜間飛行』「庭園都市」などで論じているように、これからの理想都市の条件は、多く庭園を抱えていることだと思う。庭と美術品を併せ持つ「邸宅美術館」は、今後日本でも増えていくのではないか。建築史家の藤森氏も、2004年出版『藤森照信の特選美術館三昧』(TOTO出版)の中で、日本には美術館が多いとし、

(引用開始)

 大衆化した美術館のこの先にはなにが待ち受けているのか。ウケをねらって言うのではないが、マイ美術館の時代だろう。大衆化をさらに純化すれば個々になるのだから、必然の道である。
 その時、美術館という建物はどのような顔を見せるのか。腰だめで言うなら、かってしかるべき家には茶室がついていたように、しかるべき家には小さな美術館、というか美術室が、縮めれば美室が設けられるようになる。茶室が美室としてよみがえるのである。

(引用終了)
<同書 7ページ>

と予測しておられる。

 二冊目、「ここのところずっと関心を持っているユーラシアの歴史書」「その本は教科書的なものだが、太古からの民族の動きが分かりやすく記述してある」というのは、2013年5月に出版された『栗本慎一郎の全世界史』栗本慎一郎著(技術評論社)である。本の副題に「経済人類学が導いた生命論としての歴史」とあるように、著者は『経済人類学』(講談社学術文庫)などの本がある経済人類学者で、私はブログ『夜間飛行』で、この人の「経済」=「それ自体法則であるところの自然界の諸々の循環を含めて人間を養うシステム」という定義を援用し様々な論を展開している(「経済の三層構造」など)。

 ヨーロッパが地球規模で近代西洋文明を展開する以前、移動を専らとする遊牧民と定住する農耕民、商業を生業とする民族や海洋民が加わって形作られたユーラシアの文明文化。日本はその東端に位置している。孝二郎がユーラシアの歴史に興味を持っているのは、私自身がこれからの文明のあり方を考える上で重要だと感じているからである。

 以上、『古い校舎に陽が昇る』に出てくる二冊の本を紹介した。「綾木孝二郎」シリーズは、「主人公の趣味や信条を通して、現代社会の一面を描くこと」を目的としている。そのためにこれからもいろいろな本を登場させ、小説の社会とのかかわりの幅を広げたい。
「百花深処」 <二冊の本について>(2016年03月21日公開) |目次コメント(0)

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