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■オリジナル作品:「古い校舎に陽が昇る」(目次

「古い校舎に陽が昇る」 最終回

第十章

 東京では、週末を挟んだ月曜日の昼、事務所近くのレストラン「イレーヌ」に、石田みどり、川添はるか、綾木奈津子の三人が集っていた。月曜日は美術館が休みなので、同じ学芸員の仕事をしているみどりとはるかが会うのは、いつもこの曜日だった。井上春人の計画が飯森町産業建設委員会の仮承認を受けたので、三人はお祝い気分でテーブルを囲んでいる。ランチ・メニューは前菜とスープ、ステーキとフォアグラのソテーで、デザートと珈琲が付いた。みどりが菜津子をはるかに紹介し、はるかは瀬田美術館での学芸員の仕事を菜津子に話した。菜津子ははるかに瀬田区区役所の福祉担当課長を紹介してくれるよう頼んだ。当然ながら、食事が進むうちに三人の話は、菜津子の叔父の変装劇と資料の差し替え、臼井の浮気暴露事件へと移っていった。しかし誰も現地へ行っておらず、具体的な状況が掴めないのがもどかしい。

「やあ、どうも。仕事が一段落したんで様子を見にきました」食事が終わりデザートが運ばれてきたとき、孝二郎がレストランに顔を見せた。
 三人は歓声を上げた。さっそくテーブルに四人目の席をつくる。菜津子が簡単に叔父を二人に紹介した。勿論予期していたのだろうけれど、孝二郎は好奇心に溢れた三人から質問攻めに合う羽目となった。
「変装って、そんなに似せられるものなんですか?」まずみどりが質問の口火を切った。
「ホテルのチェックイン・カウンターでなら、見破られるリスクも低いだろうと思いました。そのあと調子に乗って地元のクラブへ行ったときは、すこし化粧が取れてきて変な目で見られました。でも、いつものお相手が居なかったので大丈夫でした」
「変装しようと思いついたのはいつなんですか?」
「飯森町の役場で臼井助役と会ったときですね。それまでは、県庁の柴崎さん経由で資料の作成を止められないかと考えていたんですが、臼井助役と会ったら、僕と顔の輪郭が似ているからこれは変装できるのではないかと。でも久しぶりだったから苦労しました」
「これまでも変装で事件を解いたことがおありとか」
「ありますよ、菜津子には話したかな。面白い事件でした」
「事前の話では、資料にちょっと細工するとしか聞いていなかったけれど、どういう機械を使ったの?」菜津子が聞いた。
「あれはコピー牽制製版機といって、細工された紙をコピーすると隠れている文字が浮かび上がる仕組みになっているんだ。このあいだ友人の印刷会社へ遊びに行ったとき、紙質が普通紙と近いものを見せて貰ったことがあってね。彼からその紙を買い、最近開発されたその紙用の小型製版機を借りたのさ」孝二郎は運ばれた珈琲を飲みながらいった。
 マスターが挨拶に顔を見せた。孝二郎とマスターの付き合いは、ここ上大崎に孝二郎が事務所を構えたとき以来続いている。
「今日はにぎやかですね」マスターが孝二郎にいった。孝二郎はみどりとはるかをマスターに紹介した。マスターがメニューを説明し、みどりとはるかに「綾木さんを通してご縁が出来ました。またのご来店をお待ちしています」といって下がると、
「臼井助役の方でもなにか手を打ってくるんじゃないですか?このまま引き下がるような人には思えませんもの」とはるかがいった。
「そう、ここまでは物語の第一幕でしかありませんね。小学校の改築も、これから具体的な設計、見積もり、スケジュール策定が始まります」孝二郎はエックスチェンジ・プログラムを主体とする斉藤商事との契約も現実的な条件出しに入ると述べた。「菜津子からもお願いしたと思いますが、瀬田区の福祉課とのコンタクトも宜しくお願いします」
 孝二郎への三人の質問はその後もしばらく続いたが、読者の皆さんはすでに知っていることなので省略しよう。

「そういえばブリューゲルの展覧会が来月オープンします」みどりが話題を変えていった。
 孝二郎はヨーロッパでいくつかブリューゲルの絵を見たときの話をした。是非観にいくというと、「私も一緒に行っていいですか?」と菜津子が聞いた。
「勿論、吉井君も連れて三人で観にいこう」
「瀬田美術館の方も宜しく。こんど北斎と応為の回顧展をやるんです」はるかがいった。
「それはそれは、応為というのは北斎の娘でしたね、こちらも是非お伺いします。ところで、僕はこれで失礼しますよ。受付で支払いは事務所のツケにと頼んでおいたから、菜津子宜しくね。みなさん、今日はお会いできてとても嬉しく思います。これからも宜しく」孝二郎はにこやかにそういうと席を立った。<完>
「古い校舎に陽が昇る」 最終回(2016年03月20日公開) |目次コメント(0)

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