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■オリジナル作品:「古い校舎に陽が昇る」(目次

「古い校舎に陽が昇る」 第2回

第二章

「こんにちは!」勢いよく店のドアを開けて町役場職員の木村さつきが入ってきた。地元の高校を卒業して役場に勤め始めたばかりの新人だ。以前は上司の係長が店に来ていたが、空き家登録制度が中止になってからは彼女が来るようになった。彼女はその名のとおり春のような明るい女の子だ。しかし、その明るさが石田に仕事をもたらすわけではない。

「また様子伺いかい。景気づけに物件用紙だけは一杯窓に張ってるけど、ご覧のとおり、相変わらず誰も来ないし相談案件もないよ」
「今日はそうじゃないんです」さつきは顔のまえで大袈裟に手を横に振って言った。「たしか石田さん、廃校になった飯森小学校校舎の件、空き家でも、あんな大きな建物は個人が借りるのは無理だから分割して貸し出したらどうかって、仰っていましたよね」
「言ったよ、取り壊されるのだけは見たくない。おれの卒業校だからな」
「その話を係長にしたら、杉浦町長もそうだなっていって、その方向で話が進みそうになっていたんです。けど、いつものように助役の臼井さんが話を聞きつけて『予算がありません』とかなんとかで止まってしまったんです」
「ああ、その話も聞いたよ。そんなことだからいつまでたっても何も変わりやしないんだ、この町は」石田はうんざりしたように言った。

「それで」さつきが続けた。「最近東京の瀬田区役所から、飯森町に特別養護老人ホームを作って欲しいという話が来たんです」
「特養は自治体内に作るのが決まりじゃないのかい?」
「それが去年域外整備を認めるよう法令が見直されたんです。それであの校舎を壊してそこへ建てたらどうかっていう話になったんです」
「校舎をそのまま使えばいいじゃないか、広いんだから」
「特養の場合、新しく建てないと国からの費用援助が得られないんです」
「それで壊すってのかい、杉浦君はなんといってる?」
「石田さんに相談するようにって」 
「どうして俺に?」
「この話、臼井さんが持ってきたらしいんです」
「誰が持ってこようと関係ねえじゃないか。そんな話、とっとと潰しゃいい」
「あの助役さん、とんでもないんです。考えているのは次の選挙のことだけ、どうやって杉浦町長を陥れるばかり考えているんです」
「そんなこと、新人君がいっていいの? 助けてやってもいいけれど、杉浦が本気かどうかわからないとヤバイなこの話。例の制度の件でいくら規模を縮小しろって言っても聞かなかったヤツが、急に相談したいといっても信用できねえ。議決の時だってなにもできなかったじゃないか。会わせろよ、彼に」

「杉浦町長は死んだ振りをしてるんです」さつきが思い詰めたようにいった。
「死んだ振り?」石田は短く刈った胡麻塩頭を掻いた。
「係長に聞いたら、空き家登録制度のときは失敗したと言っていたんですって。石田さんのアドバイスどおりにしていれば続けられたかもしれないとも。でも臼井さんはあの時、町長にとんでもない攻撃を仕掛けてきたらしいんです。私もくわしくは教えて貰っていませんが」
「杉浦がなぜあんなに簡単に押し切られてしまったのか、俺にも言えない事情があったのかもな。でもだからといって、急に助けろっていわれても無理だわ。杉浦に会わせろよ」
「町長の行動は見張られているらしいんです。最近それが分ったんです。どうもおかしい、ときどき付けられているって。だから自由に人と会うのも難しいんです。その点私ならまだ新人だし、誰からもノーマークだから石田さんと相談してこいって田宮係長にいわれたんです」

「穏やかじゃねえな」石田は腕組みをすると窓の外を眺めた。「役場はそんなになってるのかい、知らなかったね」
「臼井助役は県庁のキャリアの人ともお友達だし、県警や地元の消防にも顔が利くから、町長の行動を見張るのなんて簡単なんですって。特養の話も県庁が絡んでいるらしいんです。建築会社のバックアップを受けた県議の人とかも後ろにいるんですって。役場や議会で町長の味方は私の上司の田宮さんぐらいなんです。庶務課の課長さんは中立的ですけど。田宮さんによると、飯森小学校は町長の母校でもあるし、先輩の石田さんに頼めばなんとかしてくれるんじゃないかって」
「田宮って、君の前に良くここに来ていた、空き家登録制度の旗振り役だった男だな」
「そうです」
「俺はもう仕事、辞めようと思っていたんだぜ。歳だし腰は痛てえし儲からねえし。空き家登録制度が止めになってから散々だよ」
「知っています。毎週来ていますから」さつきは寂しそうにいった。ロータリーに客待ちのタクシーが2台ほど止まっている。あいかわらず他に人の姿は見えない。新幹線が通った今でも、この駅は取り残されたように静かだ。さつきは項垂れて椅子の腰を下ろした。
「わかった。なんか考えるよ」しばらくして石田が呟いた。「すこし時間をくれ」
「わかりました!」さつきは頭を上げると嬉しそうにいった。

 役所に戻ると、さつきは田宮係長へ首尾を報告した。部屋では助役の臼井に気付かれるから、廊下に出ての立ち話だ。首尾といっても石田に事情を話しただけで何か成果があったわけではないが、それでも、田宮は「石田さんが話を聞いてくれただけでも前進だよ」といった。「思い切ってU氏のことを話したのが効いたのかもな」
「そうだと思います。驚いていらっしたから」
「杉浦さんもいよいよ腹を括ったんだよ。このままじゃジリ貧だし」
「田宮さんが入れ知恵したんですか?」
「入れ知恵っていうか、そうしないと全部Uさんに持っていかれてしまうからね」田宮係長は三十五歳、齢のわりに老けた顔を顰(しか)めていった。

 席に戻ると、連絡先にと石田に告げてあった番号に電話が掛かってきた。
「この電話は大丈夫か」石田が声を潜めていった。
「はい、大丈夫だと思います。母の携帯ですから」さつきは遠くに座る臼井に気付かれないよう注意しながら答えた。
「いいアイデアが浮かんだよ」石田がいった。
「どんなアイデアですか」
「飯森町が瀬田区のご老人たちに『こんな素敵な老人ホームがありますから移住しませんか』って営業を掛けるんだよ」
「はあ?」
「瀬田は県外にでも老人たちの暮らせる特養を作りたいくらいなんだろ、特養と一般の老人ホームとは違うけど、そんなに老人のニーズがあるんだったら、こっちは生活費も安いから、東京の半値で入居できる老人ホームを売り込むのさ。特養の話が進む前にあの校舎の使い道が決まってしまえば、簡単には取り壊せなくなるだろ」
「ええ…」さつきは半信半疑の体で石田の話を聞いている。

「ほら、町ではじめた例の宅幼老所があるだろ、託児所とデイサービス一緒にしたやつ。あれをやっている井上君が老人ホームの経営にも興味を持っているんだ。でもあの校舎じゃ大きすぎるし、杉浦の、分割して整備するって話も立ち消えになっていたから、どこかもっと小さいところを探していたんだ。でも瀬田のニーズを取り込めば、全部は無理でも校舎の半分が埋まるくらいの人は集まると思うんだ。まかないは宅幼老所の分と一緒にできれば効率もいい。俺の知っているグループホームなんかでも、週に一二回食事の用意を頼めるところを探しているから、それも請け負えればなおいい」

「宅幼老所のまかない施設だったら、県からの補助も期待できますね」さつきにもすこし話がみえてきた。
「そう、県だって施設を少し大きく作るんだったら、そんなにコストも違わないし、営利の老人ホームが半分使うけど、そっちはあとでお金を返すっていえば通るんじゃないか」
「でも、だれが東京のご老人たちに営業を掛けるんですか?」
「俺の娘も東京にいるし、君だって田宮君だって手伝えばいいんだ」
「ええ!」
「あの助役に次の町長になって欲しいんかい?」
「いいえ」さつきは臼井の禿頭を遠目に見ながらきっぱりといった。

「だったらやってみようぜ。空き家登録制度のときに作った町の宣伝パンフレットや、学校の写真なんかそのまま残っているだろ、あれを手直しして使えばいい。俺も手伝うよ。前の会社の同僚で、瀬田美術館で学芸員をしている娘さんがおるやつがいる。おれの娘は別の美術館だが、同じ仕事だということで、幾度か四人で食事をしたことがあるんだ。さっき同僚に電話で確認したらそのお嬢さん、まだ勤めているらしい。俺が彼女にその話をして、瀬田美術館のネットワークなんかを使わせてもらおうと思う」
「わかりました!」さつきはちょっと声が上ずってきた。臼井がこっちを向いたような気がした。さつきはあわてて机の前に立て並べたファイルの後ろに身を隠した。
「勿論老人ホームに入居するのは瀬田区の人だけじゃなくてもいい。おれたちがこれまで空き家登録制度で集めた他の所の情報も活用しよう」
「了解です。係長に伝えてその旨の返事を出します。なにかあったら折り返しお電話します」さつきはそういって携帯電話を切った。<続く>
「古い校舎に陽が昇る」 第2回(2016年03月16日公開) |目次コメント(0)

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