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■オリジナル作品:「百花深処 I」(目次

「百花深処」 <華やかなもの II>

 『光る源氏の物語(上)(下)』大野晋・丸谷才一共著(中公文庫)によると、紫式部『源氏物語』の前半は、「a系、b系」という二系列に分かれるという。「a系、b系」とは、『源氏物語』の各帖のうち、a系すなわち、

1  桐 壺
5  若 紫
7  紅葉賀
8  花 宴
9  葵
10 賢 木
11 花散里
12 須 磨
13 明 石
14 澪 標
17 絵 合
18 松 風
19 薄 雲
20 朝 顔
21 少 女
32 梅 枝
33 藤裏葉

が最初に続けて書かれ、b系すなわち、

2  箒 木
3  空 蝉
4  夕 顔
6  末摘花
15 蓬 生
16 関 屋
22 玉 鬘
23 初 音
24 胡 蝶
25 蛍
26 常 夏
27 篝 火
28 野 分
29 行 幸
30 藤 袴
31 真木柱

は、後から挿入されたのではないかというかなり信憑性のある仮説である(数字は『源氏物語』全体としての通し番号)。

 同書によるとまた、「桐壺」のすぐあとに、別の「輝く日の宮」という帖があったかもしれないという。以前『夜間飛行』「虚の透明性とモダニズム文学」の項で、この帖をテーマにした『輝く日の宮』丸谷才一著(講談社文庫)を紹介したことがあるのでお読みいただきたいが、この帖がないと、光源氏と藤壺の関係をはじめ、a系の筋立てが鮮明に見えてこないのだ。

 『源氏物語』を普通に冒頭の「桐壺」から「箒木」へと読み進むと、「雨夜の品定め」のあたりでストーリーが停滞する。それは、「桐壺」のあとにあったはずの「輝く日の宮」がなくなっていること、「箒木」は別系列の初めの帖だったこと、という二つの理由によるものらしい。だから、『源氏物語』をスムーズに読むためには、まずa系を読み、そのあとにb系を読むべきということになる。

 a系は、光源氏の生誕から年代順に話が進み、「藤裏葉」に至ってその栄華が極まるところで終わる。それに対してb系は、空蝉、夕顔、末摘花、玉鬘という四人の女性をめぐる光源氏の恋愛失敗譚である。前者が年代記とすれば後者は列伝という感じで、紫式部は前者を書き終えた後、年代記をさらに華やかなものにするために後者を挿入したのだろうと考えられる。

 「a系、b系」を読んで思うのは、前者a系が年代記、後者b系が列伝という違いはあるが、どちらも本当の主人公は光源氏ではなく、彼を取り巻く女性たちではないかということである。紫の上をはじめ、明石の御方、藤壺、葵の上、六条の御息所、空蝉、夕顔、朝顔、末摘花、朧月夜、花散里、秋好中宮、花鬘といった女性たちは、まるでジグソーパズルの断片のように様々な特性を帯びていて、光源氏が能動的に働きかけることによってはじめて輝き出す。それらの断片が集まって一枚の絵が完成する。<宇治十帖>で述べたこととの対比でいえば、複眼主義美学でいうところの女性性の「華やかさ」、それを紫式部はこの「a系、b系」で存分に描きたかったのではないだろうか。

 『光る源氏の物語(上)(下)』によると、a系「藤裏葉」のあと、『源氏物語』の後半はさらに「c系、d系」に分かれるらしい。c系すなわち、

34 若 菜
35 柏 木
36 横 笛
37 鈴 虫
38 夕 霧
39 御 法
40 幻
41 雲 隠
42 匂 宮
43 紅 梅
44 竹 河

は「a系、b系」完成後間もなく書かれたけれど、d系すなわち、

45 橋 姫
46 椎 本
47 総 角
48 早 蕨
49 宿 木
50 東 屋
51 浮 舟
52 蜻 蛉
53 手 習
54 夢浮橋

はしばらく経ってから書かれたという(正確にいうと42「匂宮」43「紅梅」44「竹河」の三帖はc系といってもまたさらに別立てのようだが)。『源氏物語』はc系に至りいよいよ佳境に入る。このあたりのことはまた別途書いてみよう。

参考:

宇治十帖
六条院の庭
「百花深処」 <華やかなもの II>(2015年09月09日公開) |目次コメント(0)

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