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■オリジナル作品:「百花深処」(目次

「百花深処」 <「いき」の研究>

 『「いき」の構造』九鬼周造著(岩波文庫)という本がある。「いき」という江戸時代に定立された対異性的美意識についての研究で、本のカバー表には、

(引用開始)

日本民族に独自の美意識をあらわす語「いき(粋)」とは何か。「運命によって<諦め>を得た<媚態>が<意気地>の自由に生きるのが<いき>である」――九鬼(1888−1941)は「いき」の現象をその構造と表現から明快に把えてみせたあと、こう結論する。再評価の機運高い表題作に加え『風流に関する一考察』『情緒の系図』を併収。(解説=多田道太郎)

(引用終了)

とある。カバー表にはこの文章と並び、「意気」と「野暮」、「渋味」と「甘味」をそれぞれ対格においた四辺形(上部)および「上品」と「下品」、「地味」と「派手」を対格においた四辺形(下部)による「六面直方体」の図が載っている。
img002.jpg
 <反転同居の悟り>の項で、風狂の禅師一休宗純に発する反転同居の悟りについて、それが権力に対する小乗的なうっちゃりであることを見たけれど、江戸時代に花開いた「いき」という美意識も、諦めと意気地が同居するという点で、反転同居の悟りをその根(ルーツ)に持つと考えられる。

 『九鬼周造「いきの構造」』大久保喬樹篇(角川ソフィア文庫)から、九鬼の文章の現代訳を引用しよう。

(引用開始)

「いき」は武士道の理想主義と仏教の脱俗性に対し密接な内的関係がある。運命によって「諦め」を受入れた「媚態」が「意気地」によって自由を生き抜くのが「いき」ということである。人間の運命に対して曇りのない目をもち、魂の自由に向かって悩ましい憧れを抱く民族でなければ、媚態を「いき」にまで高めることはできない。「いき」の根本的意味は、その構造を私たち日本民族の存在証明として受け取って初めて、本当に会得され、理解されるのである。

(引用終了)
<同書 154−155ページ>

禅の反転同居の悟りから、東山文化のわび・さびを経由し、箱根を越え、江戸の「いき」に辿り着く日本的美意識の系譜の一つがここにある。

 『「いき」の構造』にある六面直方体の上部四辺形は、異性とのかかわりに基づくもの(対異性的)であり、下部四辺形は人間性一般に基づくもの(対人的)である。

対異性:「意気」と「野暮」、「渋味」と「甘味」
対人的:「上品」と「下品」、「地味」と「派手」

ということで、上下の対格はそれぞれ繋がっている(例えば「意気」は「上品」と、「渋味」は「地味」と対応)。

 「いき」は武士道の理想主義と関係した対異性的美意識だから、「反転同居の悟りをもって異性と関わる男性性の美的感覚」であるといえよう。戦国武将の血を引く父と京都祇園出身の母を持ち、ヨーロッパで西洋思想を学んだ九鬼周造にしてはじめてできた定義だと思う。

 趣味それぞれの要素を拾い集め、関連を辿り、それを文化論にまで拡げる九鬼の方法論は面白い。『九鬼周造「いきの構造」』にある「九鬼周造の生涯と思想」の最後の部分を引用する。

(引用開始)

 このような実存哲学、実存主義的な裏付けのもとに媚態を意味づけ、それを軸として「いき」という文化の体系を構築していくことにより、九鬼は「いき」というものを単なる過去の特殊民族的な風俗としてではなく、民族や時代を超えて普遍的に現代人にも応用しうる文化として提示しようとするのです。
 こうして『「いき」の構造』という独創的な日本文化論は幅広い可能性をはらみ、「いき」をうみだした江戸の遊里世界からかけ離れた二十一世紀の現代社会にまで有効な思想でありつづけているということができるのです。

(引用終了)
<同書 183ページ>

 さて、ブログ『夜間飛行』「郷愁的美学」の項で、

縦軸(集団と個を繋ぐ上下のベクトル):
反重力美学(交感神経優位)と郷愁的美学(副交感神経優位)

横軸(脳と身体を繋ぐ左右のベクトル):
螺旋的遠心性(男性性)と迷宮的求心性(女性性)

という対比を纏めたが、この四つは、『「いき」の構造』にある六面直方体の四辺形の対格とそれぞれ整合している。

 九鬼の趣味の四辺形の一角は「意気」「上品」で、その対格は「野暮」「下品」である。これは複眼主義でいう、脳の働き(大脳新皮質の働き)と身体の働き(大脳旧皮質と脳幹の働き)という対比と整合する。脳は理念的で、身体は感覚的だ。「意気」「上品」は理念・理想であり、「野暮」「下品」は感覚・感情である。

 四辺形のもう一角は「渋味」「地味」で、その対格は「甘味」「派手」であるが、これは複眼主義でいう「郷愁的美学(副交感神経優位)」と「反重力美学(交感神経優位)」と整合する。渋味と地味さは副交感神経優位の落着いた好みであり、甘味と派手さは交感神経優位の動的な好みだ。

 纏めると、

@「甘味」「派手」:反重力美学(交感神経優位)
A「渋味」「地味」:郷愁的美学(副交感神経優位)

B「意気」「上品」:遠心性(男性性)
C「野暮」「下品」:求心性(女性性)

ということで、九鬼周造の六面体上下合せて四本の対角線は、複眼主義の縦軸(@上、A下)と横軸(B左、C右)とに分解・再構成できる。

 九鬼はこの趣味の六面体を使って、さび、雅、味、きざ、いろっぽさなど、様々な美意識を解き明かそうとする。たとえば「さび」は『九鬼周造「いきの構造」』によると、

(引用開始)

 「さび」とは、O(下部四辺形の対角線交差点)、上品、地味の作る三角形と、P(上部四辺形の対格線交差点)、意気、渋味の作る三角形とを両端面とする三角柱にあたる。日本民族の美意識上の特色は、この三角柱がこのバランスをしっかりと保って存在していることである。

(引用終了)
<同書 76ページ。括弧内は引用者の註>

とある。「郷愁的美学」の項で私は、わび・さびを男性性の郷愁的美学(副交感神経優位)と位置付けたが、それは九鬼のこの三角柱と整合している。縦軸(@上、A下)と横軸(B左、C右)を中央で交叉させた十字を描くと位置関係が分りやすい。
img001.jpg
「さび」は十字によってできる四つの象のうちの左下象部分。

 これからも九鬼の研究を引き継ぐべく(というと大袈裟だが)、『「いき」の構造』の方に納められた『風流に関する一考察』『情緒の系図』とも併せ、その構図を複眼主義の諸対比と見比べてゆきたい。
「百花深処」 <「いき」の研究>(2015年02月09日公開) |目次コメント(0)

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