文学(小説)の電子書籍コンテンツ・サイト「茂木賛の世界」


ここから本文です。(クリックすると本文を飛ばしてメニューに進みます)

■オリジナル作品:「あなたの中にあなたはいない」(目次

「あなたの中にあなたはいない」 最終回

 その週末、ギャラリー・空(そら)では、予定通りガラス作品展が開かれた。正式な名称は「松本近隣作家たちによる魅惑のガラス展」といった。叔父が予言していたように、作品展初日は台風一過の秋晴れとなった。かおりさんの器が遭難しかけたことを地元の新聞が報じたこともあって、作品展はいつにも増して大入りだった。「災い転じて福と成す、とはこのことだ」叔父はそういって喜んでだ。

 あの山の中で、僕が考えていたことは、大切な器のことを除けば、由美子のこと、それからお袋と親父、叔父さんなど僕が大切に思う人々のことだった。僕に中に僕はいなかった。僕の中にいたのは「あなた」だった。

 僕は企画展のために、特別手記「あなたの中にあなたはいない」を書いた。「わたしの中にわたしはいない」というかおりさんのテーマを逆転させたタイトルで、器をなくしそうになった顛末と自分のそのときの気持ちを綴った。手記の最後に僕は次のように書いた。

「あなたにとって、もっとも大切なものは何ですか?失くしてはならないものは何ですか?それはあなた自身ではなく、恩師や恋人、親や子供、同志や友達など、あなたがいつも大切に想っている人々ではないでしょうか。今はもう亡き人をも含む、大切な人々に対する想いこそが、あなたにとって最も大切な宝物のはずなのです」

 由美子と企画展を手伝いながら、僕は彼女と一緒に、流域思想についてもっと真剣に勉強しようと思った。由美子は、かおりさんの“わたしの中にわたしはいない”というシリーズが、誰か大切な人のことを想いながら作られる、という話を聴いて、それが自分の勉強している流域思想と重なると思ったという。

 由美子は以前里山研究会というセミナーに参加した。そのとき、建築家の人がこれからの街づくりについて話していた。それによると、昔の街は「三層構造」でできていたという。三層、すなわち「奥山」と「里山」、それと「家の奥」という三つが繋がって、街ができていたという。「里山」の役割は最近いろいろ研究されていて、その役割が再評価されているが、建築家によると、もっと大切なのが「奥山」と「家の奥」との繋がりだそうだ。「家の奥」とは、奥座敷や奥の間など、その家でずっと大切に守られているものを指す。昔はその「家の奥」と、「奥山」に住む神との間に、直接的な精神的繋がりがあって、それが日本の里の基本だったということらしい。山には祠があったりオオカミ信仰があったり、山から山伏が降りてきたりする。姥捨というのも、そういう聖なる山と家の奥との繋がりで解釈できるわけだ。
「水本さんは器を作るときに、自分の中にいるこれまでに会った特別な人たちの想いを籠めながらつくる、と言っているでしょう。それをこの三層構造に当て嵌めて考えると、“特別な人たち”というのが“奥山”に住まう神々のことで、水本さんの心が“家の奥”に相当して、この二つが直接繋がるのよ」
「“わたしの中にわたしはいない”というのは、“わたしの中にはあなたがいる”ということで、その“あなた”というのが、なんと日本古来の山岳信仰に連なるということだな」
「そう、そしてガラスという素材を造形して作る“器”が、自然物に人の手が加わったところの“里山”に相当するというわけ」
「そういえば、彼女の弟さんは山で行方不明になっている」
「水本さんの“わたしの中にわたしはいない”というのは、とても今日的なテーマなのよ」
 僕たちはそんな話をした。その建築家のいっていることは、たしかにかおりさんの言うことと通じるものがある。そして、それは由美子のいう流域思想とも繋がる。

 山と海を繋ぐ河川を中にした流域は、食料や生産物の通う道として古くから経済の中心であり、文化的には、奥山と里山、そして家の奥とを繋ぐ物語の重心だったのだ。しかし、かおりさんから話を聴いた時の僕は、その三層構造でいえば、自分というものがなければ里山も作れないし、里山がなければ、家の奥も山奥も存在しないと考えていた。自分が生まれてきたのは、自分のやりたいことをするためだと考えていた。まず大切な自分がいて、その次に自分が大切に思う人がいればそれでいいではないかと思っていた。“不変項”などという言葉を知ってはいても、かおりさんのいう、自分にとって大切なのは自分ではなく“あなた”だ、という意味がよく分かっていなかった。あの夜、そのことが起こるまでは!

 今の時代の街づくりにおいても、さまざまな新しい価値を繋ぐ地域社会の価値として、流域が生み出す価値ほど相応しいものはないのではないだろうか。流域の価値は、山奥の水源を起点に、分散型エネルギーを生み出す力の纏まりとなり得る。このことは資源循環が大切になるこれからの時代に極めて重要だ。文化的には、山岳信仰のような古くからの価値と、かおりさんの作り出す器のような新しい価値とを繋ぐだろう。中小様々な河川に生まれる多様な流域価値は、その流域の新しい価値によって豊に育ちながら、フラクタルな入れ子構造となって他の流域価値と積層し、やがて中小の河川が大河に流れ込むように、天竜川のような大河流域価値を形成するだろう。

 僕は、旅館豊屋を継ぐことを前向きに考えてみようと思った。この松本と安曇野という大きな流域において、豊屋という老舗旅館が果たす役割は大きいはずだ。家族経営の弊害や老舗のしがらみはどんどん打ち破っていけばいい。新しい経営理念を打ち立てればいい。僕はやっと中途半端な生き方から脱却できるかもしれないと思い始めていた。

 後日、僕は由美子と一緒に、改めてかおりさんの工房を訪れた。由美子とかおりさんは、あの日以来、流域思想の話などですっかり仲良くなっていた。由美子は、かおりさんの弟の名前が「亮(たすく)」だということを聞いて、必ず彼が助けてくれると思った、という話をそのとき始めてかおりさんにした。
「あの器はやはり弟の変化(へんげ)なのかもしれないわね」かおりさんはしみじみとした表情でそういった。「それにしても竜さんは最後まであの器を守ろうとしてくれた。感謝しています」
「いいえ、道に迷った挙句、作品を道端に忘れるなんてドジを踏んでしまって」僕はそういいながらも、たしかにあの器が僕を守ってくれたのだと思った。
「鏡はものを映すだけでなく祖先の霊を映すといいますから」由美子がいった。
 僕はかおりさんに「ギャラリー・空(そら)の作品展は、あの器のお陰で大入り満員になりました」と礼をいった。

「そういえば、弟は建築を専攻していたのだけれど、大学を出ると、コミュニティ・デザインの仕事を始めようとしていたのよ」かおりさんがいった。「東京の小平でね、友達二人と小さな会社を作って。町の商店街の賑わいをどうしたら取り戻せるかなんて、地元の商工会議所の人たちとよく夜遅くまで話し合っていたわ。わたしもときどき彼らの打ち合わせに同席させられた。弟は山が好きだったから、きっと流域の大切さもわかっていたのではないかしら。一緒に会社を作ったお友達のうちの一人が登山仲間で、あのとき一緒に槍ヶ岳に行く予定だったのだけれど、そのお友達だけどうしても外せない会議が入ってしまって、それでやむを得ず弟は一人で出かけたの。弟は亡くなってしまったけれど、そのお友達は、きっと弟が自分の身代わりのなってくれたのだと言っていたわ。彼らは今もその会社を続けているから、今度あなた達に紹介するわね。こうして、弟が始めたこととあなた達との間に繋がりができれば、それはそれで素晴らしいことね」

 その帰途、僕は由美子と一緒に、山道を辿って土砂崩れの現場に行ってみた。その日は豊屋の軽自動車を借りていたから、馬力はないものの、狭い道を行くのはあの日よりも楽だった。見覚えのある山道を僕はゆっくりと車を走らせた。舗装道路が途切れ、砂利道が始まった。蜂の巣箱の脇を通る。やがて車は土砂崩れがあった現場に到着した。現場は暫定的に土嚢で補強されていたが、山の斜面はまだあのときの傷跡を残していた。僕らはそこで車を降りた。由美子を残して、僕は慎重に布袋があった谷底へ下りていった。袋が引っかかっていた枝のところにたどり着くと、僕はあたりの地面を丁寧に探した。しかしいくら探しても、やはりあの日僕が作った花瓶の包みは見つからなかった。

(おわり)
「あなたの中にあなたはいない」 最終回(2014年07月21日公開) |目次コメント(0)

コメント

コメントを書く

お名前(必須)
メールアドレス:
ホームページアドレス:
コメント(必須)

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。


茂木賛の世界 / World of San Motegi

  • 茂木賛の世界について
  • 著者プロフィール
Copyright © San Motegi Research Inc. All rights reserved.

このページはここまでです。(クリックするとこのページの先頭に戻ります)